第六四話 ファミレスメニューで食事会?

 なるほど。俺は上野台さんが言った意味を理解した。


 まずスクーターがまっすぐ進んでいない。微妙に左右にふらついている。


 さらに曲がるときにハンドルをこじるだけで重心を曲がる方へかけていない。ゆっくりだから曲がれているけれど、少しでも速いと外側に倒れそうだ。


 なお最高でも時速二〇キロ以下。自分が下手だという事を理解して無理をしないのだろう。

 ただおかげでついていくのが結構しんどい。二輪車は相応の速度を出さないと安定しにくいから。


 それでも三分程度で無事店に到着。上野台さんは駐車場ではなく車道上、入り口前にスクーターを停めた。


 店は半地下っぽい部分が駐車場で、車道からは割と急な下り坂。それを下りたくないから車道に停めたのだろう。そう思いつつ俺もそのすぐ後ろにスクーターを停める。


 看板の照明が消えているけれど大丈夫なのだろうか。そう思いつつスクーターを降りてヘルメットを脱いだ。


「何とか無事到着。まあいつもは歩いているんだけれどさ」


「凄い運転でしたね」


 なんて事は流石に言わず、後を追って階段を上り店へ。

 入ると冷房が気持ちいい。中も使用跡がなく片付いている。ただ照明が店の半分だけしか灯っていない。


「どうにも貧乏性でさ。誰もいないのに電気を点けとくのはもったいない気がするんだ。別に料金かからないし、発電設備も余裕があるとわかっているんだけれど。

 という事でお席はこちらをどーぞ」


 上野台さんは窓際の4人掛けソファーの席に案内して、さらにメニューをテーブル上に置いた。


「全部は出来ないけれどさ。赤いシールが貼ってあるメニューは一応作れる。なので注文があれば出来るけれど、どれがいい?」


 どれどれ。見てみるとほとんどのメニューにシールが貼ってある。どうやら上野台さんが自分で貼ったようだ。


「こんなに出来るんですか」


「冷凍や真空パック、レトルトで材料が届くものは大丈夫。サラダの生野菜や米は無理ってところかな。

 一応生のものはこうなってから冷凍しておいた。御飯も大量に炊いて小分け冷凍してある。けれど味は大分落ちると思う。

 あと揚げ物はフライヤーの温度が上がるまでに二〇分かかる。だからちょっと時間が必要になるけれど」


 なるほど。


「うーん。この世界になってからお店で食べられなかったから嬉しいです。なら……」


 西島さんがメニューを見て悩み始めた。なので俺は上野台さんに聞いてみる。


「お勧めとかはありますか?」


「なら私が昨日一昨日と食べたベーコンカルボナーラスパゲティとカットステーキ、ハンバーグ、温野菜サラダの組み合わせはどうだい。電子レンジとグリドルで出来るから時間はあまりかからない。お茶はティーバッグで良ければ種類は結構あるし、デザートはアイスでよければフレーバー取り放題」


 なかなか魅力的なメニューだ。


「美味しそうです。ただ私一人じゃ全部は食べきれない気がします」


「なら適当に作って皆でわけるか。それで気にならないならそうするけれど」


「いいですか」


「勿論。その方が楽しいだろうしさ」


 微妙に気にならない訳ではないのだが頷いておく。

 もちろん潔癖症だから衛生的に気になるという訳ではない。女子二人と間接キスというのが気になるだけだ。

 女子二人は全く気にしていないようだから、俺も気づかないふりをするけれど。


 あとこんなお願いはどうだろう。


「どう調理するかも見てみていいですか? それがわかれば此処のレストラン以外でも同じ事が出来るかもしれませんから」


「確かにそうだな。あまり広い調理場じゃないけれど、それで良ければ」


 なので西島さんと一緒に上野台さんについていく。

 まずは銀色の巨大冷蔵庫と冷凍庫でささっと物を選択。ステーキとハンバーグと鶏ステーキ、温野菜、何かのソースといった類いだ。


「まずこのグリドルをONにして温度設定っと。そして次は……」


 ガスコンロではなく鉄板焼みたいな機械を使うようだ。上野台さんは慣れた感じで機器の幾つかを操作し、その後に皿を出したりパックから温野菜を出したりと作業を始める。


 ◇◇◇


 鉄製ステーキ皿でジュウジュウいっているカットステーキとチキンステーキ。

 別皿でハンバーグが二種類、肉々しいのとチーズ入り。

 トマトソースのシーフードパスタと小さいピザ二枚、丸っこいパンも二個。

 カボチャやブロッコリー、ジャガイモやベーコンが入った温野菜サラダ。

 ほうれん草とベーコンのソテー。

 チーズケーキとアイス三種類とマカロン。


 なんと言うか豪華な昼食だ。こういう事態になって最初の頃の弁当バイキングにも若干似ている。

 しかしこっちの方がちゃんとした皿に入っている上、明らかに作り立てで美味しそうだ。


「やっぱりレストランだと違いますね。この豪華さと味は、市販レトルトとはひと味違います」


 確かにそうだなと思いつつステーキを食べる。


「ここで長い事アルバイトをしていらっしゃったんですか?」


「敬語は使わなくていいよ。その方が私も楽だから。

 アルバイトは一年と二年の時だけ。三年からは学校が忙しくなったのでやめた。どうしても実習だの研究だので時間とられるから。


 ただ週二~三回ペースでも二年もいれば大体の事は覚える。それに今ならマニュアルみながらのんびり作るなんて事も出来るし。


 この辺大きいスーパーとか無いからさ。コンビニだとどうしても簡易的なものが多くなる。

 こういう事態になるまでは大学の食堂で食べていた。今は地下鉄動いていないから街に出るのが大変なんで、結局毎日一~二食はここの世話になってる」


 なるほど。

 ただ山向こうにあって地下鉄で行く大学というと、相当な名門だった気がする。


「ところで二人は従兄弟とかかい? 名字が違うけれど」


 どう説明しようか。少しだけ考えて、こう口にする。


「知り合ったのは世界がこうなってからです。たまたま近くにいたので」


「田谷さんが助けに来てくれたんです。私の病室の前にゴブリンが居座っていて動けない状態だったので」


「なるほどね」


 上野台さんは頷いた。

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