第六三話 こっちにとっては第二村人

 その後一キロ程走ったところで今度はホブゴブリン、レベル五を俺が新しい長槍を使って倒す。


 しかし手応えはいまいちだ。新しい槍と、ホブゴブリンの両方とも。


「やっぱりホブゴブリンだとさっきのよりずっと楽だな」


 ホブゴブリンだと簡単に倒せてしまうのだ。慣れたせいか、それともレベルアップのせいか。


「そうですね。怖さが全然違います。あと長い槍はどうでした」


「遠くに届く分便利だけれど扱いが難しいな。今回はホブゴブリンだから問題無かったけれどバガブ相手だと厳しいかもしれない」


 長くなると突くというような長さ方向への動作が難しくなる。叩きつけるとか切るといった横方向の動きに適している感じだ。

 ただ刃部分が長くない為、横方向に薙いで切るのは割と難しい。自然、叩くという形になりやすい気がする。


 まあ、今はまだちょっと使っただけ。だから慣れればまた意見が変わるかもしれない。


 人口多めの場所をくまなく回りたいので、永町方向へまっすぐでは無く、途中から山羊山を登る住宅地方向へ向かう。


 今までの道と同じ片側二車線だけれど停まっている車が少なくて走りやすい。スクーターも三〇〇ccの排気量にものをいわせて力強く坂を上っていく。


 途中でレベル三のホブゴブリン一体を西島さんが拳銃で倒して。

 その後スマホのナビを見ながら地下鉄の駅のある通りへと右折。一度緑が多くなって、そしてまた街っぽくなってきたところで。


 バン! 何かが破裂したような音。


「聞こえました?」


「ああ」


 確かに聞こえた。ただ察知魔法には何も反応がない。


「行ってみるか」


「ええ」


 音が聞こえた方向は前を基準にして右側四五度くらい。スクーターをそっちに向ける。


「道を間違えたら教えてくれ。聞こえた大体の方向を目指す」


「わかりました。まだあと一〇〇メートル位まっすぐです」


 まっすぐ行ってコンビニのある場所を右折する。坂を速度を抑えながらやっぱり一〇〇メートルほど進んだところで。


「次の次の曲がり角を右、すぐです。敵の反応はないですが足音がします」


 俺の察知魔法には何も反応がない。つまり敵ではない。

 そしてこの世界には動物は人間しかいない。他に足音を立てそうなのは魔物だけ。


 どうする。迷っている内にスクーターは曲がり角を曲がってしまう。

 一〇メートルも行かない程度の距離に破裂した感じの黒い毛むくじゃらの痕跡。

 そしてそこから去ろうとしていた一人の女性。


 黒い毛むくじゃらはバガブだろう。

 そして女性は大学生くらいだろうか。Tシャツに膝丈までくらいのパンツという姿。

 身長は俺よりやや高く、胸はかなり大きめ。髪は大雑把なポニーテールという感じに後ろで束ねている。


 彼女がこっちを向いた。俺は五メートル位手前でスクーターを停め、エンジンを切る。

 彼女がこっちを向いて口を開いた。


「はじめまして。という事でまずは質問。『剣とパンのいずれを選ぶか?』」


 何だそりゃ。いきなりわけわからない質問だ。


「あ、わかんなかったか。正確には『われらはエフタル、風の谷の民。剣とパンのいずれを選ぶか?』なんだけれどね。

 要は敵か味方かってこと。ちなみに私自身は争う気は無いよ。というかこの世界では私にとって第一村人だからね。基本的には歓迎姿勢」


「パンを。私、敵でない」


 西島さんがヘルメットを取って、何かわからない返答をする。


「おっと。そちらの方は知っていたか。

 一応説明しておくと今のはある漫画にある台詞。有名だったけれどいささか古いから、正直通用するとは思わなかった。でも一度言ってみたかったんだ、こんな機会に」


 変な人だ。ただ悪い人では無さそうな気がする。察知魔法も敵という反応はないし。

 俺もヘルメットを取る。


「はじめまして。俺は田谷誠司といいます」


「西島咲良です。二人でこうやってバイクで旅をしています」


「どうも。私は上野台美佳。此処と言うか山向こうの大学の住民。住民票を置いているアパートはこの近くだけれど。

 さて、折角この世界で別の人間に会えたんだ。急ぎが無ければ少し情報交換しないかい」


 確かにそうした方がいいだろう。この世界、人と会える確率が非常に低い。

 実際西島さんをのぞいたら二人目。しかも一人目はいきなり銃撃なんてしてくるような輩だった。


 そして今目の前にいる上野台さんは、少なくともそんな危険な人には見えない。変人っぽい気はするけれど。

 ならここで話が出来るならしておいた方がいいだろう。多分きっと。


「西島さんはどう思う?」


「折角だから話を聞きたいです」


「わかった。それじゃどこかいい場所、ありますか?」


「私の部屋は人を招くには適さない状態なんでファミレスでいいかい? 私の元バイト先だから鍵は開けておいたし冷凍で残っている食材ならある程度調理も出来る。

 ちょっと早いけれど昼食代わりにどうかな?」


 それはありがたい。


「お願いしていいですか」


「もちろん。じゃあちょっと待ってくれ。スクーターを取ってくる」


 彼女はそういうと小走りで走り出した。なので俺達もヘルメットをかぶって、スクーターでゆっくり後を追う。


 五〇メートルもいかない場所で上野台さんは右のアパートの敷地へと入った。そこに停まっていたスクーターのハンドルを持ってよいしょと後ろ向きに引っ張り出す。


 よく酒屋の配達なんかに使われているような三輪スクーターだ。白色でそこそこ使い込んでいる感じがする。


「それじゃ私はこれで行くからさ。少し離れて後ろをついてきてくれるかい。運転の下手さヤバさには自信があるから、あまり近づかないでくれると助かる」


「わかりました」


 どんな運転だろう。そう思いつつ返答しておく。


「なら行くよ」


 彼女はスクーターのエンジンをかけ、そしてゆっくりと走り出した。

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