第五九話 自分達ではないバイク音

 福縞の中心部だけでなく北側、井伊坂温泉やその東の立手、更にその東の保薔薇辺りまで回った。

 結果、レベル一八まであと少しというところまで到達。


 ただし午後三時になったので今日の宿に向かうことにする。


「今までで一番順調だった気がします」


「確かにそうだよな。程よく魔物が出てきた感じでさ」


 今日は昼過ぎに休憩を兼ねて食事の調達もやっている。だからあとは宿へ行くだけだ。


 東西に走る国道に出て西へ。あとは宿がある士湯温泉までまっすぐに行くだけ。宿近辺で少し道が複雑になるけれど、その辺は事前学習済み。

 

 道は片側二車線でそこそこ広く、信号等で停まっている車も発見しやすいし避けやすい。だから時速六〇キロ近い速度で順調に走る。


 高速道路へ向かう緑色看板の標識がある分岐を過ぎた所だった。


「停めて下さい、早く!」


 何だろう。俺の察知には何も引っかかっていないしスマホも警告を出していないけれど。

 そう思いつつ言われた通りスクーターを停める。


「エンジンを切って、早く」


 理由はわからないままだが言われた通りに。

 一気に周囲が静まりかえった。やや強くなってきた風に枝などが揺れ動く音しか聞こえない。


「どうした?」


「近づいてきます。多分バイクです」


 えっ。そう思いつつヘルメットを取り、耳をすます。

 何もそれらしいのは聞こえない……いや、聞こえてきた。かなり遠い。しかし近づいてきている。左、東京側からこっちへ。


 音が前、高架上の高速を通り過ぎた。そして右側へと消えていく。

 完全にバイクの音が消え去った後。 西島さんがぽつりと言った。


「私達以外にもいるんですね。移動している人が」


「そうみたいだな。今のが1人か2人かはわからないけれど。追いかけてみるか」


 その気になれば追いかける事は難しくはないだろう。高速上とは言えそこまで速くは走っていない感じだった。そして西島さんの耳があれば相当遠くても位置はわかる。


「やめておきましょう。どんな人かわかりませんから」


 確かにその通りだ。


「まあそうだよな。じゃあ行くか」


「ええ」


 雲が増え空が暗くなってきた。雨が降る前に宿に着けるだろうか。

 そんな事を思いつつヘルメットを被る。エンジンをかけ、そして発進。


 高速から先、周囲は緑が多くなった。途中倉庫や工場っぽい建物が多くなった場所でレベル四のホブゴブリンが一匹。

 そして山に入って一〇分くらい、温泉街らしき場所に出たところでレベル三のゴブリンが一匹。

 

 二人ともレベル一八になり、事前学習とスマホナビの通り、慎重に走って無事宿に到着。


「雨が降る前に着けたな」


「ええ。良かったです」


 雨がかからないよう小さな入口にくっつけるようにしてバイクを停める。


「今回はそこまで大きい宿ではないんだな」


「ええ。でもいい宿なんです。部屋とお風呂の雰囲気が」


 西島さんが風呂に重点を置いているのは充分にわかっている。それに宿の評価に料理という評価軸が無ければ、残りは立地条件、部屋、風呂だろう。


 となると部屋と風呂に重点が行くのはまあ仕方ない。なんて思いつつ中へ。


 中も昨日の宿と比べて段違いにコンパクトだ。フロントも、その前のロビー的な空間も。しかし綺麗で好感が持てる雰囲気。


「この宿は一〇部屋しかないんです。そして全室露天風呂付き。他の風呂は貸し切りで三カ所だけという造りです」


 それってカップル用か!? なんて事を思いつつフロントでいつもの通り鍵探し。


「どの部屋でも間取りや設備はそんなに変わらないんです。でもどうせなら屋上の露天風呂に近い方がいいので、この部屋かこの部屋ですね」


 キーには小さいこけしがついていた。そのこけしに部屋の名前が書いてある。

 そしてどの部屋がいいかは西島さんの頭には入っているらしい。迷わず一つを選ぶ。


「今回の目的の部屋も空いているようです。これってこの世界を複製した時に未使用の状態にしたのでしょうか。それともたまたまどの部屋も泊まっていなかったのでしょうか」


 わからない時はスマホを確認。今回は特に表示無しのようだ。


「わからないけれどさ。それはそれで便利だし良かったと思えばいいんじゃないか?」


「そうですね。それにもしこの世界が始まった時点で未使用の状態に統一したのなら、誰かが泊まった痕跡がある場合、私達以外のだれかがそこにいたという証拠にもなりますよね」


 確かにそうだ。でもさっきのバイクの音といい、他の人が気になるのだろうか。


「それじゃ部屋に行きましょう。エレベーターもありますけれど、三階だからそんなに遠くないですし、階段の方が近いので階段で」


「わかった」


 俺は割と一人で平気なタイプだと自認している。だから三五日間誰とも会わなくても多分大丈夫だろう。


 ただ西島さんがそうとは限らない。往々にして女の子って群れているようだし。

 高速を走るバイクの音を気にしたのも、他の誰かと会いたいという現れかもしれない。


 なら一応聞いてみよう。


「誰か他に仲間を探そうか?」


「田谷さんは必要だと思いますか?」


 逆にそう質問されてしまった。どう応えようか。少しだけ考えて、結局本音を言うことにする。


「いや、今のところは。戦力的には西島さんがいれば問題無いし、二人の方が行動も楽だし」


「なら今のままで、いや今のままがいいと思います。私も田谷さんと二人が安心ですから」


 わざわざ言い直した事には当然気づいた。

 ただここを勘違いしてはいけないと思う。あくまで俺と西島さんは対等な契約相手。恋人とかそういうのではない。その辺は考えない。


 そんな事を思いつつ階段を上がって三階へ。


 階段から出て廊下を左に行けばすぐ部屋の入口。西島さんが鍵を開ける。


 中は六畳間と板の間四畳くらい。宿としては大きめの二ドア式冷凍冷蔵庫、電気ポット、テレビ等が見える。


 板の間にあるのは掘りごたつなのだろう。今は夏だからこたつ布団がなく、下の足を入れるスペースが空いているのが見える。


 まずは掘りごたつの上に電子レンジとコーヒーメーカーを出す。その間に西島さんは部屋の左奥へ。


「来てみて下さい。やっぱりいい感じのお風呂です」


 どれどれ。行ってみると確かにいい感じだ。露天というか半露天で屋根がしっかりあるタイプ。石造りで八角形をしていて、竹の樋からお湯が常に流れ込んでいる。


 ただし……

 部屋との間がガラス窓で丸見え。更に言うと浴槽のサイズが二人ちょうど入れるけれど、八角形なので互いの方が見えてしまいそう。


 カップルで来るなら最高だろうけれど……

 深く考えてはいけない。今回も、きっと。

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