第五六話 長槍を作成して……

 夕食の後、西島さんは部屋についている露天風呂を調査というか堪能。そして俺は槍の作成にとりかかる。


 部屋は広い。しかし柄が三メートルの槍となると斜め目一杯に使わないと作業が出来ない。

 もしこれ以上長い槍を作るなら広い部屋を選ぶ必要があるようだ。それも和室がいい。床というか畳で作業をやりやすいから。


 そういう意味でこの部屋は正解だ。そう思いつつ棒の端部分を削る。前に一・八メートルの柄で作った見本があるから形や大きさはわかっている。ただ棒が長いから取り回しが不便なだけで。


 削ってあわせての五回目くらいでしっくり入る状態になった。なら次は固定ボルト用の穴開けだ。

 これはそう難しくない。フクロナガサに差し込んだ状態のまま、柄にある穴を使って電気ドリルで穴をあけてやればいい。


 一度穴を開けた後、ナガサから引っこ抜いて、太いドリルで穴を大きくする。いい感じの太さになったらまたナガサに差し込んで、開けた穴にボルトを通す。


 ボルトはダブルナットでがっちり固定した。更に本来はパイプを固定する金具をナガサの柄の終わり部分と棒との間に取り付けネジとボルトで固定。

 これは固定と言うより刺さりすぎを防ぐためもの。


 いい槍が出来た。今度魔物が出た時に試してみよう。そう思ったところで。


「田谷さん、こっちは最高です。一緒にどうですか?」


 悪魔のお誘いが来た。


「こっちでもう少しやる事があるからいいや」


 西島さんはあくまで好意で言っているのだろう。しかしやはり精神衛生上良くないお誘いなので断らせて貰う。


 先ほどの二時間近い入浴で悟りを開けたとは思っている。しかし凡夫の悟りなんて所詮一時的なものだ。

 だから安全策を取るのは正しい。多分きっと。


 さて、それではネットで明日のルート確認をしておこう。出来ればその先、明後日以降も。


 そういえば西島さんが言っていた。SNSである程度活動がわかると。ならばこの先の状況等について何かわかるかもしれない。


 前に載っていると教わったSNSのΧを表示させる。しかし期待した内容は出てこない。世界が変わる前の下らない記事ばかりだ。


 とりあえず地名を入れて検索してみる。#福縞だと氷山で殺したあの男のしか出ない。


 なら明後日に行くだろう#宮義では? 出た。船台から発信しているアカウントがあった。どれどれ……うーん……

 何というか宗教っぽい。『これは神の試練です』とか『正しい神に祈りなさい』とか。近寄らない方が良さそうだ。


 船台くらい大きな街なら他にも人がいるかもしれない。ただ情報は無いようだ。俺の調べ方が悪いのもあるだろうが。


 まあいい。とりあえずは明日の福縞について考えよう。

 まずは拳銃やライフル銃の弾の確保。福縞へ行く途中に二軒、銃砲店があるようだ。そこは行っておこう。あと警察署も。


 他に入手する必要があるのは食料くらいだろう。昼食を食べるのに適当なイートイン付きコンビニも確認して……

 思ったより店の数があるようだ。これなら楽でいい。


 このホテルから福縞の駅前まで五〇キロ程度。途中銃砲店二軒と警察署一署に寄るから下道でいいだろう。


 その方が魔物と出遭う可能性が高い。つまり経験値に繋がる。出来れば明日はレベル一六に上げて新しい魔法を手に入れておきたい。


 どんな魔法が欲しいかと言われるとすぐには思いつかないけれど。収納と察知以外はほとんど使わないし。


 コーヒーをもう一杯いただく。このコーヒー、なかなか美味しい。夕食の時に淹れたものだけれど香りが良く酸味が少ない俺好みの味だ。


 ガラスポットの中が空になってしまった。もう二~三杯分淹れたほうがいいだろうか。それとも夜だしそろそろやめた方がいいだろうか。


 でも西島さんが飲もうと思って無かったら残念だろう。三杯分だけ淹れておこう。

 水を三杯分入れて、紙フィルターを新たにセット。中牽きで豆少なめにセット。豆少なめにしたのは寝る前だから。


 コーヒーの香りが強くなったあたりで洗面所の扉が開いた。西島さんだ。


「やっぱりコーヒー、いい香りですね。あとこの部屋のお風呂、すごく良かったですよ。木製の浴槽で庭とそのまま繋がっていて」


「どうする、コーヒー」


「寝る前だけど……いただきます」


 西島さんは湯飲みにコーヒーを半分位入れて、クリームを一カップ、砂糖をスティック半分いれてかき混ぜる。

 うーん、コーヒーというにはミルクと砂糖が多い気がする。でもまあその辺は人の好みなのでとやかく言わない。


「うん、美味しいです。あとシュークリームどうですか? 実はお風呂で一個食べちゃったんですけれど美味しかったです」


 さっき夕食を食べたばかりのような気がする。でもまあいいか。今日の夕食はいつもと比べると割とシンプルだったし。


「なら貰おうかな」


「それじゃ二個を半分ずつにしましょう。そうすれば違う味が楽しめますから」


 西島さんは緑色の袋に入った梅味とピンクの袋の桃味、二個のシュークリームを出す。


「魔物に使っていない包丁ありますか」


「これしかないけれどいいか?」


 分厚いハモ切り包丁を出す。シュークリームを切るには似合わないだろうが他に無いから仕方ない。


「うーん、明日あたり料理用に普通の包丁も入れておきます。まな板もあった方がいいですし」


 確かに刃が分厚くてシュークリームを切るには向いていない。なので一部潰れてしまったが、それでも何とか切断完了。


「それじゃいただきます」


 最初に食べたのは梅味。ざくざくとしたクッキー地のしっかりした皮と酸味のあるクリームが美味しい。 

 

「確かにコーヒーにあうな、これ」


「ええ。お風呂で食べても美味しいです」


 確かにそうかもしれないと思いつつざくざくといただく。


「そう言えば部屋で何をやっていたんですか?」


「新しい槍を作っていた。あとは明日のルート調べ」


 そこまで話して思い出す。


「そう言えばSNSにこの先の情報を載せている人がいないかと思って探したんだけれどさ。船台だと何か宗教っぽいのしか出なかったけれど、何か参考になりそうな情報はないか?」


「うーん、今のところ私も使えそうな情報は入っていないです。何も考えていないのとか宗教っぽいのとか、近づいたらいいように使われそうなのとかばかりで。

 まともに生き抜いている人はこんなの書かないのかもしれません。そうでなければ、書くことがリスクになると判断しているか」

 

 なるほど、確かにそうかもしれない。


「人口密度の低い場所で魔物に遭わないよう隠れて生きるとかも有りだものな。この事態が延々と続く訳じゃない。一ヶ月ちょっとだけなんだから」


「ええ。それに人が倒さなくても魔物は減るでしょうから。魔物同士のつぶし合いで。

 それに氷山の時のような人がいる可能性もあります。信用出来ない人間と会うよりは、と考えても不思議ではないと思います」


 確かにそうだなと思う。何せこの事態が起きて割と早いうちに『他に残っている人間も脅威になるだろう』と俺自身思ったし。


「それより明日の宿、ここを考えたんですけれどどうでしょうか。福縞から南西に一五キロ程行った場所にあるんですけれど……」

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