第五五話 平和な夕方?

 今日の部屋は15畳の和室と広縁、そして露天風呂がある小さな専用庭という造り。

 大きめの座卓の他マッサージチェアなんてものまで置いてある。寝場所は畳の上に布団を敷くタイプだ。


「一番良い部屋でもよかったんですけれど、こっちの方が使いやすそうだったんです。ワンフロアで広く使えますから。

 あとお風呂が良い方の部屋だと石なんですけれど、こっちの部屋は檜風呂なんてす。個人的には檜風呂の方が好きなので」


 以上、西島さんがこの部屋を選んだ理由。


「さて、帰ってきたら美味しいコーヒーが飲めるようにセットしてから行きます」


 西島さんはコーヒーメーカーを出して説明書を読みながらセット。しかし突然。

「ああっ!」

 そんな声を漏らす。


「どうかしたか?」


「このコーヒーメーカー、最初は洗浄運転をしてやらないと駄目みたいです。それじゃ結構時間がかかってしまいます」


「なら洗浄運転をセットしてから風呂へ行くか。そうすれば帰った頃には使えるようになっているだろう」


「……それしか無いですね。失敗でした。もっと早く気づいていれば」


「問題無いさ。夕食の時に淹れ立てを飲めればその方がいいんじゃないか」


「確かにそうかもしれません」


 本気で残念がっている西島さんを慰め、タオルや浴衣、半天を用意する。あと今着ている服を収納したら目一杯になりそうなので電子レンジをコーヒーメーカーの横へ出して。


「それじゃお風呂に行くか」


「そうですね。あ、でもその前に着替えておきましょう。ここの一階にコインランドリーがあるんです。行く途中に出しておけば全部終わって部屋に戻る頃には終わっています」


 確かにそれは合理的かもしれない。でも、だからと言っていきなり着替え始めるのは反則な気がする。


 いや、そんなのもう問題ないくらいに見ているだろうと言えばその通りではある。だがこちらにも心の準備というものがあるのだ。

 

 ◇◇◇


 そしてコインランドリー→一階の庭園露天風呂→反対側の建物一〇階にある展望風呂→コインランドリーと二時間近く回った結果。


 何というか……

 とりあえず思春期男子的な問題はもうどうでも良くなった。


 二人で二〇種類以上の浴槽を回ったのだ。しかも庭園露天風呂とか展望風呂とか、風呂が十幾つもあるけれど同じセクションという場所では裸で一緒に歩いたり浴槽に入ったりした。


 流石に壺風呂とか二人で入ると厳しすぎるサイズの風呂は一緒に入らなかった。

 しかしそれでももう見える見えないとかそういう問題を超越した状態。だからもう麻痺した、多分。


 そして部屋に向かう通路の途中。


「うーん、下の露天風呂もいいですけれど立ち湯も良かったですし、上の広いひのき大浴場もいいですし、その反対側の畳敷きの所に並んでいたお風呂も……

 流石にのぼせてしまって今は限界ですけれど。田谷さんはどのお風呂が良かったですか」


 確かにこの宿、凝った風呂が揃っていた。

 単に浴槽の形や材質が違うだけというのも無い訳ではない。しかしこれはいいと感じるのも結構あったのだ。

 その中だと……


「俺は上の畳敷きのところにあった、スノコのベッドが浴槽内にあった寝湯かな」


 いい加減のぼせ気味であまり長時間滞在は出来なかった。それでも木製ベッドのカーブが快適だしなかなかいいと感じたのだ。


「確かにあそこも良かったです。なら明日の朝は上の、畳敷き側のお風呂ですね」


 明日朝の早朝起床が決まってしまいそうになる。しかし西島さん、大事な事を忘れているようだ。


「まだ入っていないけれど部屋にも露天風呂がついているんだろ。そっちはどうする?」


「あ、そうでした。そっちも結構いい感じなんですよね……」


 スマホからの警報は鳴らないし、俺の魔法も反応しない。なのでのんびり平和に歩いて行く。


「確かに上のお風呂、いいんですけれど遠いですよね……」


 西島さんはまだ考えている。


「どうせこれからまだ夕食を食べて、その後も時間があるんだ。俺は槍を作る作業があるけれどさ。その間にじっくり部屋の露天風呂を確認したらどうだ?」


「あ、そうですね。ご飯を食べた後には入れますよね」


 何故にここまで風呂好きなのだろうか。理由は一応聞いたけれど、それでもここまでというのはよくわからない。


 部屋に到着。洗濯物で完全に乾いていないジーパンやショートパンツをハンガーにかけた後。


「さて、今度こそコーヒーを淹れます」


 西島さんはコーヒーメーカーのポットと水容器を外して洗面台で洗った後、今度こそという感じでフィルターと水をセット。そして西島さん厳選の豆、『有機珈琲モカブレンド』を入れる。


「今回は最初ということで、挽く細かさと濃さは中ぐらいで入れてみます」


 一気に六杯分淹れる様だ。最初は三杯分くらいの方がいいんじゃないかと個人的には思う。しかし西島さんが楽しそうなので何も言わない。


 なお砂糖とクリームは座卓上にしっかり用意してある。前回ブラックで失敗した事は忘れていない模様。


 コーヒーメーカーがガリガリと豆を挽き始めた。


「それじゃ今日の夕食も作りましょう」


 今度はカレーの準備だ。

 レトルト御飯、冷凍トンカツ三個、付け合わせ用ベーコンほうれん草をまず解凍。


 そしてカレーを深い紙皿に出して温める。なお一皿にレトルト二袋ずつ使っている。


「レトルト一袋って何か少ない感じがしませんか。やっぱりカレーはルーがたっぷりないと悲しいです。特に今回は工程の都合上ルーが別皿なので、ここはどーんと一皿にレトルト二袋で」

 

 以上、西島さんの主張だ。なお紙皿は五種類持ってきているが全部電子レンジ対応タイプ。


 一〇分位で二人分の夕食が完成した。

 それぞれ、

  ○ 御飯&トンカツの入ったやや深く広い紙皿

  ○ カレーが入った小さく深い皿

  ○ ベーコンほうれん草の入った小さく深い皿

  ○ 部屋備え付けの湯飲みに入ったコーヒー

という内容が二セット。


 なおカレーは最初は俺が中辛、西島さんが牛肉。でも適当に取ったり取られたりして食べる方式。


 カレーとコーヒーの香りが漂っている。何処かの店のようだ。

 本格派インド風カレーショップではなく、大きな駅とかにカレースタンドとかいう感じである店。今回は皿が紙皿でスプーンがプラスチックだけれど。


「それじゃ、いたきます」


「いただきます」

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