第五四話 まさかそんなに多いとは……

 車道は六メートル位の一車線のみ。しかし左側には石タイルが張られたそれなりに広い歩道があり、ところどころに木も植わっている。街路樹というにはまばらだが。


 万代阿多見温泉の温泉街を街はずれ方向から走って今日の宿に向かう途中。スマホからお馴染みの警告音が響いた。

 同時に俺の察知が魔物の居場所を捉える。スクーターを停め確認。


「左側だけれどこっちに来る様子は無いな」


「歩いている音が聞こえません」


 なるほど。


「ならもう少し動いて様子をみよう」


「わかりました」


 ゆっくりスクーターで前進。五〇メートル程進んだところで気が付いた。魔物の位置が地上より高い。つまり……


「建物、それも二階か三階にいそうだ。場所はまっすぐ前より少しだけ左、五〇メートル位先」


 そっちにある建物は……カーナビ表示になったスマホで確認する。間違いない。


「今日泊まる予定のホテルですね、きっと」


 西島さんの言うとおりだ。


「ああ。大きいホテルらしいからな」


 そう、今回のホテルはかなり大きい。客室が162室もあって、11階建ての建物と10階建ての建物がツインタワーよろしく立っているという所だ。


 選んだ理由はいつもの通り。つまりは風呂。『魔物が来ないだろう二階以上にお風呂があるという条件』で検索した結果だったかな、確か。


 ホテルの入口へ。もう間違いない。この建物の二階だ。入り口前にスクーターを停めて降りる。


「魔物はどの辺ですか」


「左前方一五メートル。二階だ」


「なら部屋に行くのは倒してからの方がいいですね」


「ああ」


 入ったところは広いロビーだ。左側にカウンター入口と反対側にラウンジ、そしてその手前に左右への広い通路。

 包丁槍を取り出し前へ。魔物がいるのは左側の上。だがまっすぐ上がれそうな階段はない。


 通路を左側へ。エレベーターがある。魔物の反応はちょうど俺の真上だ。


「魔物はちょうどこの上、二階のエレベーターホールにいるようだ。ただエレベーターで行くのは危険だから階段で行く」


 少し先右側に階段が見えた。魔物との距離的にもちょうどいいだろう。

「この階段を上って近づく。基本的には俺が対処するつもりだ」


「わかりました」


 ホールとかコンベンションホール、会議室等と案内が出ている階段を注意しながら上っていく。魔物の位置を確認しながら。


 魔物の反応は基本的には先程と同じ辺り。少しは動くが階段に近づいてくる様子はない。


 階段を上り切る。喫煙コーナのある角を左に曲がって、更に正面を左に曲がったところでやっと魔物を視認出来た。

 ホブがつかないゴブリンだ。距離は一〇メートルあるかないか。これなら今の俺は問題無く倒せる。


「俺がやる」


「わかりました」


 そのやりとりでゴブリンがこっちを振り向いた。遅い!


 俺は槍を構えてダッシュする。ゴブリンの反応がゆっくりに見える。

 俺達の方へ向き直って、一歩踏み出したところに包丁槍を突き刺す。そのままあっさりと倒れた。


 スマホを確認。


『ゴブリンを倒しました。経験値三を獲得』


 なるほど、道理で弱かった訳だ。


「ゴブリン、それもレベル一だったようだ」


「最初の方で発生した魔物がまだ残っていたんですかね。他の魔物も人間もいなかったから」


「そうかもな。さて、フロントへ戻るか」


「そうですね」


 また階段で一階へ戻ってフロントで鍵探し。選んだ鍵を見て意外に感じたので聞いてみる。


「上の方の部屋じゃ無いんだ」


 西島さんが取った鍵は三階の部屋のものだ。


「てっきり上の方の階に豪華な部屋があるのかと思っていた」


「向こうの建物の九階にも露天風呂付きのいい部屋があるんですが、広すぎるんです。部屋の隅まで一〇メートル以上ある箇所があるので寝るには少し危ないかなと」


 確かに寝ている最中、同じ部屋に魔物が出現なんてしたら命に関わる。


「なるほど」


「それにこっちも結構いいお部屋みたいです。ちゃんと露天風呂もあって。

 それじゃ上に行く前に、更に売店を確認しに行きます」


 鍵を二つ持って、今度は先程と反対側にある売店へ。下手なコンビニ以上の広さがありそうだ。


「何か目的があるのか?」


「ここオリジナルのレトルトカレーとシュークリームがあるんです。確保してから部屋に行きます」


 カレーは聞いたけれどシュークリームもあるようだ。

 それにしても西島さん、宿についてかなり調べ込んでいるようだな。そう思いつつ後をついていく。


 ◇◇◇


 宿オリジナルのカレー、辛口と中辛と牛肉三種類あるうち牛肉と中辛を二パックずつ。

 辛口を選ばなかったのは『あまり辛いのは得意では無いんです』という事で。


 冷凍シュークリームがうめ、もも、いちご、さくらの四種類を二個ずつ。

 他にも一般的な土産だけれど饅頭とかチーズケーキとかあって、西島さんは散々悩んだのだけれども。


「うーん、欲しいのを全部持っていくと収納容量が足りないです。とりあえずホテルのオリジナルだけで我慢します」


 先程ゴブリンがいた方に戻ってエレベーターへ。ボタンを押すとすぐに扉が開いた。

 スマホにはもう警報は出ていない。俺の察知も一〇〇メートル以内に魔物は感知していないから、エレベーターに乗っても問題はない。


 エレベーターに乗る。西島さんが三階のボタンを押した。扉が閉まり、そして上へ。


「部屋に温泉の露天風呂があります。でも出来れば部屋のお風呂以外も回ってみたいんですけれど、いいですか?」


 部屋の露天風呂は小さいだろう。そうなると二人で入るとなかなか思うところが……

 だから俺としては広い風呂の方が良い。どうせ一緒に入る事になるのならば。


「ああ、勿論」


「良かったです」


 西島さんがそう言ったところでエレベーターが止まった。扉が開く。西島さんが先に降りて、右左と周囲を見回した。


「あ、こっちのようです」


 離れと書いてある方へ歩きながら西島さんは歩きながら再び話し出す。


「このホテル、温泉が充実しているんです。源泉四つにお風呂が三〇種類、この建物の一階と向こうの建物の一〇階にあるみたいなんです」


 えっ。そんなにあるのか。しかもそれを巡るだと……!!


 西島さんがこの宿を選んだ理由はそれが本命だ、きっと。ただ回っていいと言ってしまった以上、反対はしたくない。


 しかし三〇種類か……それを西島さんと二人で回ると。勿論水着という事はないだろう。つまり一箇所二分としても、一時間は全裸の西島さんと付き合う羽目になる訳だ。移動時間を含めるともっと。


 西島さん、どこまで俺の自制心を試すつもりなのだろう。勿論本人にその気はないのだろうけれど。

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