第五一話 どの部分なのだろう

 ホテルに入る。スマホからの警告も察知も反応しない。だから多分大丈夫だろう。

 まずはフロントで部屋の鍵を確認。


「六階の客室の鍵が五部屋分まとまって無くなっています。多分これでしょう」


「そうだな。スペアが此処に残っていて良かった」


「自分が無くした時の為にでも残しておいたのでしょう」


 スペアキーを借りて、そして更に奥へ。エレベーターに乗って六階のボタンを押す。

 エレベータ内には各階の施設や部屋番号が書いてあった。


「大浴場、コインランドリー、電子レンジ完備ですか。確かに住むのに便利かもしれません」


「ただ街中は魔物が出やすそうな気がする。福縞で一番人口が多いのがここ氷山だろ」


「ただ二日目までをうまくこなせれば三日目以降は案外楽だったかもしれません。同じところで魔物を相手にしていれば数だって減ると思いますし。

 銃のお店が近くにあるかはわかりませんけれど」


 エレベーターを降りて六階へ。ここを根城にしていた痕跡が残っていた。


「この椅子やテーブルはバリケード代わりなんだろうな。いざという時に魔物が来るのを遅らせる為の」


 そう。廊下の所々に椅子やテーブルを並べていたのだ。勿論手でどかせば通れる。しかし時間稼ぎにはなるだろう。


「会議室があるようです。そこからこの机や椅子を持ってきたんでしょう」


 危険の反応はない。でも一応俺が前でその辺だろうと思われる南西角の部屋の前へ。鍵を開け、そして中へと踏み込む。


 部屋は散らかっていた。雑誌、弁当の食いかけ、カップラーメン、ペットボトル……

 どうやら綺麗に使うとかゴミを片付けるとかいう意思はなかったらしい。


 窓が開きっぱなしでエアコンも動いている。なのにかすかだけれど異臭がした。


「ここに住んでいたのは間違いないようです」


「ああ。でも死体も血痕もない」


 窓が開いていて、その傍らに椅子が置いてある。椅子には脱いだ服が中途半端な形でかかっている。


 その横に俺達のと似た猟銃が三丁転がっていた。その近くには空薬莢や銃弾の箱、更にはポテチやデザート等が散らばっている。


 しかし死体が無い。血痕すら無い。布団やゴミの山に隠れているという事は無さそうだ。人間が隠れられそうな大きさのものは無いから。


 逃げたという事は無いだろう。経験値が入ったという事は倒したという事だ。


「隣の部屋も見てみるか」


「そうですね。ただこの部屋から撃ったような気がするんです。窓は開いたままですし。

 それに……」


 西島さんは落ちていた銃を拾い。その銃口で椅子からずり落ちているズボンをずらす。中にトランクスが入ったままなのが見えた。

 更に椅子に半ばかかった感じのトレーナーを銃口で動かす。大穴が開いている。そして中に下着らしいTシャツが見える。


「きっとここにいたんです。でも死んで、そして消えたんです。倒された魔物が消えるのと同じように。

 この服は消える直前まで着ていたんです。本体が消えて、服だけ残された。そして死んだ際に魔法で収納していたものが出てきた結果、ここに銃弾なんかが散らかっているのではないかと」


 言われてみると確かにそんな感じだ。そして此処にいた奴が死んで魔物と同じように消えたという事は、つまり。


「私達も魔物と似たような存在なんでしょう。レベルアップに必要な経験値も倒した時の経験値も同じです」


 俺はスマホの画面を見てみる。いつもは割と饒舌なのに何も表示してこない。

 何も表示しない、つまり否定しないという事こそが肯定だ、なんて気がする。

 

 ただ、そうであったとしてもだ。


「それでも問題はないしやることに変更も無い。だからこそレベルアップで簡単に強くなれてるし完全治療なんて事も出来る。だから便利だ位に思っておけばいいだろ、きっと」


「あまりショックは感じていないようですね」


 それはきっと俺だけではない。


「西島さんもそうだろ」


「ええ」


 西島さんは頷いた。


「きっと魔物も人間も大差無いんです。この事態を起こした存在にとっては同じような、消去すべき歪みで」


 西島さんのごく淡々とした当たり前の事を言うような口調。


 それで俺は気づいてしまった。西島さんが人間に、そして自分自身に大した価値を認めていないだろうという事に。

 自分の生なんてどうでもいい。他人の生もどうでもいい。どうせ死んでゴミになるだけ。


 何という事はない。俺と同じだ。俺も死ぬのが面倒だから生きているという位の感覚だから。


 ただ……西島さんにはそう思って欲しくない。そんな事を俺は感じる。

 自分を棚に上げているのは確かだ。俺自身も自分や他の人間、そして人生とか人間という存在に価値とかそういったものを感じられないのだから。


 それにすぐに何か出来る訳ではない。パラダイムシフトなんてのは起きにくいからこそ唱えられる訳だろうし。


 西島さんがライフル銃や弾を見て、そして俺の方を見る。


「ライフルの弾は私達のと同じ種類です。持っていきましょう。魔法で収納出来なくてもその辺のバッグか何かに入れて持っていけば。


 近くの他の部屋も一応調べておきましょう。誰かを拉致監禁しているなんて事があると大変ですから。確率的には低いと思いますけれど」


 ライフルの弾はまあそうするとして、拉致監禁!?


「拉致監禁って、どういう事だ?」


「私達を見て言っていたんです。ちょいどいいオナホが来た。男の方は邪魔だからさっさと経験値にしようって」


 なるほど、それが西島さんを怒らせた訳か。


「わかった。それじゃ近くの部屋を見てくる」


「スペアキーしか無かった残り四部屋だけでいいと思います」


「わかった」


 俺は部屋を出て、近くの部屋を片っ端から開けて調べる。二部屋は弁当容器やペットボトル、ポテチの袋等が散らばっていた。どうやら散らかったら移動という感じで生活していたようだ。


 残り二部屋は使った様子は無かった。椅子だけ廊下に出してバリケードとして利用したという感じ。

 これから使うつもりだったのかもしれないけれど。


 とりあえず犠牲者も有用な物も無い。それを確認して部屋を出て、西島さんがいる部屋へ。


 歩きながら考える。先程思った『西島さんにはそう思って欲しくない』という事。どうすれば『そう思わなくなるか』という事について。


 西島さんが自分から考えを変えるなんて事は無いだろう。変えたいとも思っていないだろう。


 別に自分が死んでも構わない位は思っているだろう。昨日の治療しなくていい、なんてのはきっとその表れ。

 変えたいというのはあくまで俺のエゴだ。それでも……


 糸口はあるような気がする。

 西島さんが今の旅を楽しんでくれているのは事実だ、きっと。広い風呂とか好きなものの買い出しとか。レベルアップして魔法を手に入れる事とか。


 なら楽しいと思う事を楽しんでいけば。楽しいと感じる時間を増やしていけば。少しは変わってくれるかもしれない。

 楽しいと思えるという事は価値を認めているという事だから、多分。


 そこまで考えて、そしてふと別の事が気になった。西島さんがあれだけ怒ったのは何故だろうと。


 西島さん、そして俺自身も人間という存在が特別なものだとは思っていない。

『きっと魔物も人間も大差無いんです』

 この言葉は西島さん自身の意見でもあるのだろう。


 それにしては先程の西島さんは怒っていたように見えた。そんな言葉や自分すら別にどうでもいいという感じから考えられない位に。

 少なくとも俺にはそう見えたのだ。


 もし西島さんが先程口にした奴の台詞に怒りのポイントがあるなら、それはどの部分なのだろう。


『ちょいどいいオナホが来た。男の方は邪魔だからさっさと経験値にしよう』

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