第四三話 質疑応答

 拳銃整備のやりかたはネットで見た。弾倉を開いて弾を全部出し、銃口から銃身部、そして弾倉の穴に機械油を塗ってブラシで清掃&油を塗っていく。


 そうなると当然周りに機械油が飛ぶだろう。なので布団から少し離れ、テーブルの上に紙を敷いた上でやることにする。

 

 一通りブラシをかけた後、ウエスで油を拭き取る。ウエスに黒い煤がついた。もう何十発と撃ったから仕方ない。

 これからも適宜作業をしておこう。なんて思いつつ次の拳銃の弾を抜き、弾倉の穴をごしごししていたところだった。


「すみません。どうしても聞きたい事があるんですけれど、いいですか」


 何だろう。


「いいよ。何?」


「田谷さんは何で私にこんなに親切にしてくれるんですか?」


 親切にか。どういう意図で聞いたのだろう。質問の意味を少し考える。今までの会話を思い出して、返答を言語化して頭の中で組み立てて口から出す。


「親切って事はない。契約通り対等に接しているつもりだ。

 実際契約して正解だったと思う。一人だと注意が行き届かなかったり対応しきれない事態があったりするから」


「本当でしょうか」


 西島さんはそこで一呼吸置いた後、続ける。


「最初に聞いた理由は確かそうでした。それでも思うんです。どう考えても田谷さん一人の方が楽だしレベルだって早く上がったんじゃないかと。


 今だって本当は私の完全治療なんて無視した方が効率的だし後で安全な筈です。出来るだけ早くレベルを上げて魔物に対して優位に戦えるようにしておく。それが一番の安全策ですから」


 確かにその通りだ。しかし言い訳は幾つか考えてある。


「どうせ治療で時間を使うなら早いうちがいい。魔物のレベルが低い分危険が少ないから。それに明日の朝になれば出現する魔物のレベルが上がる。そうすれば休んだ分の経験値だって取り返しやすい。


 それに今は俺より西島さんの方が魔物が何処にいるか先に気づくし、離れた場所から倒す事が出来る。だからいてくれると安心だ。なら出来るだけ万全な状態でいて欲しい。

 他にも理由はあるけれど、これだけでも充分以上だろ」


「それでも私がいなければ今よりずっとレベルが上がっていた筈です。今日、このホテルへ来る途中に魔物を私に倒させていたのだってそうです。あれは私のレベル上げのためですよね。体力を上げて治療が上手くいく確率を上げるための」


 やはり気づいていたようだ。でもこれは認めても問題はない。


「まあそれはそうだけれどさ。治療が確実に早く終わる方が俺にとっても有利だ。素直にそう言わなかったのは悪いけれど」


「何というかありがたいんです。それに病院から連れ出して貰った事には感謝しています。実際あれ以降、毎日が楽しいんです。世界がこんなとんでもない状態なのに」


 そこで一息分区切って、そして続ける。


「楽しいから不安なんです。本当にこれでいいのか。田谷さんの好意に縋るだけでいいのか。何で田谷さんがこんなに親切にしてくれるのか。


 性的欲望とかならわかりやすいんです。ただ私の身体なんて小学生程度だし、田谷さんからそんな感じがした事はない。むしろそうなる事を避けようとしている感じがする。


 一目惚れというのも無いと思います。私には恋とか愛とかはいまひとつわからないですけれど、そんな感じはしないので。


 わからない。ならせめて契約した内容は完璧にやって役に立とうと思うんです。自分の分の魔物を倒したり、出来るだけ早く魔物を探したり。


 けれどそれでも不安になるんです。私は役に立っているか、邪魔じゃないか、一緒にいていいのか。

 だから聞きたいんです。何で田谷さんが私にこんなに親切にしてくれるかを」


 弱った。どう言うべきか、返答が思い浮かばない。

 ただ気になった部分がいくつかあった。だからまずはその辺りを先に話しておこう。


「契約だからって完璧にやろうとする必要はない。俺だって全然完璧じゃない。それに対等と言いつつ結構自分の意見を通しているしさ。


 それと何か苦手とか我慢している事とかあったら言って欲しい。拳銃をメインに使って貰っているけれど、ひょっとしたら発射時の音が煩くて嫌だったとかあったなら気づかなくてごめん。

 聴力を調整できるようになったはそのせいという気がするから」


「そんなの大した事じゃないんです。

 動けるようになるにはレベルを上げなければならなくて、レベルを上げるには魔物を倒さなければならない。そして私はゆっくりとしか動けないし力もない。

 なら私が魔物を倒す方法は拳銃くらいしか無いし、きっと拳銃がベストなんです」


 つまりそう判断した結果、若干無理なり我慢なりしたという事だろう。気がつかなかった。あの時は西島さんをどう連れ出すかに重点を置いていてそこまで思いつけなかった。


「だとしでも我慢させてしまった事は申し訳無い。これからは気をつけるし、何なら別の武器に持ち替えても、敵の察知専業になってもかまわない」


「それは大丈夫です。聴力を調整出来るようになりましたし、銃の発射時の衝撃も今は慣れましたから」


 さて、この時間でとりあえずの返答を思いついた。こんなのではどうだろうか。


「あと特に親切にしているつもりはない。俺は西島さんが一緒にいてくれた方がありがたい。理由は簡単だ。経緯はどうであれ現状、西島さんの方が魔物を速く発見出来るし遠くの魔物を倒せる。


 勿論明日俺がレベルアップした結果、その辺をカバーできる魔法なり能力なりを手に入れられるかもしれない。それでもバックアップ出来る誰かがいれば安心出来る。そしてそういう相手は西島さんしかいない。


 だから西島さんに一緒にいて欲しい。それも出来るだけ良い状態で。

 西島さんは契約で一緒にいてくれている。対等な契約なのだから、俺自身と同じ位の待遇にはするべきだろう。


 なら自分が西島さんならどうした方がいいと思うか。そう考えて動くのは当然だろうと思う。

 とりあえず今はそんな答でいいか?」 


 嘘では無い。全てでもないけれど。誤魔化しは勿論あるし俺自身言語化出来ない部分もあるから。


「ありがとうございます。わかりました」


 西島さん、多分納得はしていないと思う。でも今日のところはこれで引き下がってくれるようだ。俺が上手く言い表せないとか言いにくいという事を察してくれたのだろう。申し訳ないが助かる。


 あ、ついでに思いついた。この機会だ。つついていいかどうかは微妙な気がするけれど、どうしても気になる事があるので聞いてしまおう。


「それにしても性的欲求なんて理由まで考えたにしては無防備過ぎないか。一緒に風呂に入ったり同じ部屋で寝起きしたりして」


「多分大丈夫だろうと思いました。田谷さんからそういう様子を感じませんでしたし。それに発育のいい小学生にすら負けるような身体ではそういう気持ちも起こらないでしょう。

 ならばとりあえず気にしないで問題ない。それ以外のメリットや利便性を優先していい。そう判断していました。

 それに……」


 西島さんは少しだけ間を置いた後、更に続ける。


「もし私の判断が間違っていたとしても、それはそれでいいと思っていました。田谷さんが来てくれなかったらあの病室で私は終わっている。それよりは多少の事があっても今の方がずっといいですから。


 私の身体も一応はそういう事が出来る様に出来てはいる筈です。勿論それなりに痛いでしょうけれど簡易回復で何とかなる程度でしょう。

 強いて言えば問題はそれで田谷さんが気持ちよくなれるかどうか。こんな貧弱な身体ではあまり期待できない気がします。その程度です」


 ちょっと待ってくれ。つまりその辺覚悟完了していたという事か。なら……


 間違った方向に走りそうな判断をなけなしの理性で押さえ込む。今の言葉はつまり、西島さんはそういう事態を望んではいないという事でもあるだろう。


 だから間違った判断は駄目、絶対。特に今はすぐそこで西島さんが布団で横になっているという状態なのだから。

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