第三九話 予定変更

「とりあえずレベル一一になるまでは慣れた拳銃を使います」


「俺も今日いっぱいは今の包丁槍で行こう。宿に着いたら今日手に入れたナイフで槍を作り直すことにして」


 実際今の出刃包丁の槍、なかなか使いやすい。取り回しが良くてよく刺さる。包丁だけどそれなりに刃の厚さもあるので不安はない。


 さて、岩鬼市中心部はそこそこ栄えているように見える。背の高いビルは少なく道も細めだが店や家は密集している。

 そして誰も魔物を狩らないまま三日目になったからか、魔物がそこそこ多い。それもレベル三が普通だ。


 ビーッ! ビーッ! ビーッ!


『魔物出現! 一〇〇メートル以内!』


 すぐにスクーターを止める。西島さんが下りたのを確認して俺も下車。包丁槍を出して周囲をうかがう。


「こっちです。あの緑の看板の近くで音がします」


「わかった。おーい!」


 大声で呼び寄せてみる。俺にもわかる音がした。いるな。包丁槍を構え、ゆっくり近づく。


 ビルの陰から黄色い魔物が現れた。ホブゴブリンだ。奴は首を動かしてこちらを見た。シャー! 威嚇音をたて、そしてこちらへ走り出す。


 ゴブリンより確かに速い。しかし問題はない。まっすぐ向かってくるだけだ。冷静に見ればそこまで無茶苦茶速い訳でもない。 


 胴の太い部分を狙って槍を突き出す。確かな手ごたえ。しっかり刺さったことを確認し、思い切り突き放す。


 ホブゴブリンはあおむけに倒れた。傷口から緑色の体液が噴き出すがすぐに止み、そして動かなくなる。


『ホブゴブリンを倒しました。経験値九を獲得。次のレベルまで、経験値は七必要です』


 そう表示が出たすぐ後にスマホが鳴る。


『魔物出現! 一〇〇メートル以内!』


「今度は西島さん、頼む」


「わかりました」


 勿論俺も注意しつつ魔物を探す。しかしやっぱり西島さんの方が見つけるのは早い。


「いました。そこの銀行の向こう側です」


 ◇◇◇


 魔物のレベルが高いと経験値も得やすい。中心街を簡単に一周しただけで西島さんがレベル一〇になった。


「HPやMPは上がっていますけれど、魔法は増えてなかったです。完全治療も出ていませんでした。やっぱり新しい魔法はレベル一一なんでしょうか」


「かもな」


 その後、二〇〇メートルもいかないところでレベル三のゴブリンが出た結果、今度は俺がレベルアップ。

 ステータスを確認。


『田谷誠司の現在のステータス。レベル:一〇。総経験値:二〇五。次のレベルまでの必要経験値:四一。HP四二/四二。MP二三/二三。

 使用可能魔法(使用回数):風撃初歩(三)。炎纏初歩(三)。完全治療初歩(一)。簡易治療(七)。簡易回復(二三)。灯火(二三)。収納初歩(常時)』


 増えている。間違いない。

 完全治療と簡易治療が増えている。


「レベルアップして完全治療が使えるようになったようだ。初歩だけれど」


「本当ですか」


 西島さんが俺のスマホをのぞき込んで確認。


「うーん。何故私より田谷さんの方が魔法使いっぽい魔法が多いんでしょうか。私には無い治療系も二つありますし。私は銃による攻撃専門って感じなのに」


「俺にもわからない」


 実際わからない。

 スマホはかつて習得する魔法についてこう説明した。


『どんな魔法が欲しいというイメージは次に習得する魔法、能力等にある程度の影響を与えます』


 この理屈通りなら西島さんの方が先に完全治療を覚えそうなものだ。

 そう思って思い直す。西島さんが実は完全治療をあまり望んでいないという可能性もあるなと。


 少し考えて、その可能性については考えないようにしようと判断。それなりに思い当たる事はある。しかし考えると真っ暗になってしまいそうだから。


 さて、完全治療の使い方について確認をしておこう。


『完全治療は先天的なものを含む身体の異常、病気、身体欠損等、全ての治療が可能です。

 ただし治療には魔法起動者のMPの他、治療対象者のHPを消費します。ですから死亡した対象を蘇生する事は出来ません。


 なお治療を行った事によるHPの減少で治療対象者が死亡するという事はありません。ですがHPが低い場合、治療に時間がかかる、あるいは治療が完全には完了しない可能性が高くなります。

 

 また完全治療初歩の場合は、病巣や身体欠損等で治療修復可能なのは身体全体の三割程度です。この場合、連続して起動する事で段階を追って完全に治療する事が可能となります』


 西島さんの場合は気管支関係が何とかなれば大丈夫だろう。ならば身体の三割なんて事は無いだろうから、一回で治療可能な筈だ。


 あとHPが必要とあるが、どれだけ必要かの記載は無い。低くても死亡する事はないとあるが、出来るだけ高い状態で治療するように心がけよう。


『また初歩の場合は魔法を発動しても即時に治療完了とはなりません。治療対象は概ね一二時間から一八時間の安静が必要となります。ただし使用可能なHPが少ない場合、それより多くかかる場合もあります。

 治療にはHPの他、体内の栄養素やエネルギーを消費します。バランスがいい食事を多めに食べた上、安全な場所で魔法を起動して下さい』


 今の時間は朝九時五六分。明日朝六時に起きるとすると一八時間を引いて今日の一二時には安静にする必要がある。ならばだ。


「今日は予定変更しよう。この後食料を手に入れて、今朝出たホテルに戻って休憩。レベル一一や氷山行きは明日で」


「私の治療が理由なら急ぐ事はないと思います。レベルが上がったので発作などの問題は出ていませんから。

 今日は予定通りにして、明日起きる時間を調整すればいいだけと思います。

 少しでも早くレベルを上げておいた方が安全です。それに早く新しい魔法を手に入れる方が作戦を考えやすいと思います。ならレベル一一になる方を優先した方がいいです」


 西島さんに反対されるだろう。そんな予感はしていた。

 それに言っている事は間違っていない。


 しかしここで先延ばしにすると何かまずいような気がした。このままなし崩し的に治療しないまま行ってしまうような気がした。

 だからここはあえて意見を変えない。


「悪い。出来る事はさっさとやっておきたいんだ。あと内陸部で昼から移動だと暑そうだしさ。だから明日も動くのは午前中からにしたい。

 それに今朝出た宿に戻るなら何処で買い出しして何処で調理すればいいか探さなくてもわかる。その分時間を節約できるしさ」


 多分早い遅い、どっちでも理由なんて考えられるのだ。だからここは意見を押し通させて貰う。


「……わかりました。今朝出た宿でいいです」


「ああ。あと昨日のスーパーにも寄っていく。バランスがいい食事なんて書いてあったし」

 

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