第三六話 能力の理由?

 昨晩は食事の後、洗濯物を取りに行って、微妙に生乾きっぽいものは部屋内に干して、それから就寝。

 運よく下着とか面倒なものはひととおり乾いていたので、目に優しくない洗濯物が干されているという事態は避けられた。


 しかし避けられなかったのは、いや問題だったのは寝場所だ。そう、今回はベッドではなく和室なのだ。

 一〇畳の和室でも座卓を置いたまま布団を敷くとそこそこ布団の間隔が近くなる。しかもだ。


「どうせなら近くにいた方が安心できます」


 いや待て思春期男子を横に置くのはかえって危険だろう! なんて事はもちろん危険対象側からは言えない。

 そして俺自身、結構疲れている自覚はある。だから今日はそろそろ寝ておきたい。


「わかった」


 仕方なく布団を真横に寄せて敷く。窓があるのが東側で、部屋は東西に長い。だから布団は南北向きで、頭は南側。

 

「俺はこっちの布団を使うから」


 出入口側の布団をキープ。


「わかりました。ところで明日は予定通りなら内陸ですよね。なら明日も朝日が昇るのをお風呂で見ませんか。それに早起きした方が活動時間を長く取れます。お風呂に入れば目覚めもいいです」


 早起きした方が活動時間を長く取れる。それはその通りだ。風呂に入れば確かに目覚めもいいだろう。

 俺側から考えると問題点ありありなのだが、指摘する勇気はない。


「わかった」


「それじゃ私は寝ます。何か調べるなら電気は点けたままでいいです」


「いや、俺も寝よう。戸締りを確認しておく」


 今回は一部屋しかない。それに俺自身結構疲れている気がする。だから絶対寝ておいた方がいい。

 入口扉の鍵を確認して、そして俺も布団へ。リモコンで部屋の電気を常夜灯に。


「おやすみなさい」


「おやすみ」


 声がすぐ横で聞こえた事にどきりとする。そしてベッドとは違い、今回の布団は畳という同一平面上に敷かれている。

 だから当然、今まで以上に距離が近い訳だ。極端な話、寝転がったままでも西島さんの布団に移動可能。


 いや、考えてはいけない。それは禁止事項だ。俺と西島さんはそういう関係ではない。あくまで生き抜くために契約しただけ。

 そう思って、寝ようと思って目をつむっても……


 うん、ダメだ。スマホで少し明日の事とか調べてから寝よう。

 スマホの灯りを西島さんの方にやらないよう、布団で隠してスマホをON。明日行くバイク屋、銃砲店、氷山へのルート。地図や写真で確認するけれど今ひとつ頭に入ってこない。


 寝息が聞こえる。西島さん、寝付きはすごくいいようだ。

 そしてその寝息が聞こえる距離が近すぎて……


 眠れない……


 ◇◇◇


 翌日。

 眠れないと思いつついつの間にか眠っているのはお約束だ。早朝に西島さんに起こされて朝風呂というのもお約束。

 大浴場だから昨日の半露天風呂ほど危険では無い。いや、あの半露天風呂は流石に入らなかったけれど。自制して。


 電気ポットでお湯を沸かして、昨晩の残りとカップ麺で朝食。

 残りと言ってもそこそこ豪華だ。


「最近のカップ麺はなかなか美味しいんですね。麺もいかにもインスタントという感じではなくちゃんと生麺で」


「安い奴だといかにもって感じの麺だけれどさ。ただコンビニから持ってきたこの辺り、値段も結構するし」


「今みたいな時だと美味しくていいですよね。ただ麺に比べると肉や野菜がちょっとちゃちい気がします」


「その辺は冷凍やレトルトで補ってやるしかないかな」


「ですね」


 そんな事を話しながら食べて、部屋を掃除して、ごみをまとめたら出発。

 出て少し走って、森を抜けて港近くに出たところで早速スマホが警報を鳴らした。


「早いですね」


「ああ。間に合わなければ頼む」


「わかりました」


 すぐスクーターを止めて周囲を確認。西島さんが飛び降りて周囲を警戒している間に俺はスタンドを立てて、スクーターを降りる。

 警戒しながら包丁槍を出して手に取り、周囲に変わった音が聞こえないか耳を澄ます。


「道の左側前、あの平屋の向こうだと思います」


 大体五〇メートルくらい先の建物だ。勿論建物の向こう側なんて見えないからわからない。


「何か音がしたか?」


「ガサッという不自然な音がしました。あと足音が。まもなく出てきます」


 俺には聞こえない。西島さん、体力のほかに聴力も強化されたのだろうか。そう思いつつも俺はそちらを注視する。

 出てきた。レベル二のゴブリンだ。


「わかった。今回は俺がやる」


 経験値がほぼ同じになるように交互に倒すようにしている。ただ俺の方が戦闘態勢に入るのが遅くなる関係で、動きが速くレベルが高いものほど西島さんが第一撃を放つことが多くなる。


 自立出来るスクーターに乗り換えれば状況が変わるかもしれない。しかし今現在は俺の方が経験値が少ない。だから倒せるときは俺が倒そうと思っている。


 レベル二のゴブリンも慣れてしまえば結構遅い。身体が小さいから恐怖は感じない。怖いのは尖った爪くらいだ。


 近づいて、槍を突き出して一丁上がり。なお槍先は不明な緑色の液体で汚れているが、収納するときに意識すればそれらの汚れがない状態で収納される。

 つまりは割と簡単だ。


「今のすごいな。俺には全然音とか聞こえなかった」


 相当近づいても足音は聞こえなかったと思う。


「はっきり聞こえた気がしますけれど。ひょっとしたらレベルアップのおかげかもしれないです」


 拳銃を何度も撃っているのに耳が良くなるというのも凄いよな。そう思って、そしてふと気になった。


「銃を撃っているけれど耳の方は大丈夫か?」


「そういえば撃つときに意識すれば音が小さくなる感じがします。これも何かあるのでしょうか」


 わからない事はスマホだ。


『轟音を放つ武器を使用していることから、聴覚調整能力が成長しました。聴力を通常の五〇〇パーセントから五パーセントの間で調整可能です』


「何というか便利ですよね、この世界」


「確かに」


 便利だな。そう思って、ふとある可能性に気づいた。


『どんな魔法が欲しいというイメージは、次に習得する魔法にある程度の影響を与えます』


 ひょっとしたら能力もそうなのではないだろうか。体力が欲しいと思えば体力が伸びやすくなるとか。


 だったら西島さん、拳銃の音がうるさい、我慢できないと感じていたのかも知れない。それでも銃を使わないと自分は役に立たない。そう思った結果、我慢し続けたのかもしれない。

 その結果として聴覚調整能力が成長した。違うだろうか。


 スマホは何も表示していない。肯定はしていないが否定もしていない。

 ただ一応、気になるから言っておこう。


「西島さん。もし何か我慢している事とか要望とかあったら気にせず言ってくれ。まだ三〇日以上あるんだ。だから遠慮しないで」


「わかりました。でも今はこの旅、とっても楽しいんです。だから我慢している事なんて無いですよ」


 本当だろうか。しかし俺には言葉以上の事はわからなかった。

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