第三五話 なにをしたいか

 お風呂を出た後。下のコインランドリーに行って洗濯物をセット。

「どうせならまとめて洗ってしまいましょう」


 西島さんの下着も俺の下着も同じ洗濯槽へ。横の自動販売機で購入した柔軟剤入り洗剤を入れ、洗濯・乾燥コースを押せば完了だ。


「ゆっくり食事を食べてから戻れば乾燥まで終わっている筈です。終わったまま放っておくと湿気たり皺が出来たりする事が多いので、寝る前には必ず取りに来ましょう」


 詳しいな、西島さん。


「家にこのタイプの洗濯乾燥機があったのか?」


「病院のコインランドリーがこれと同じ機械だったんです」


 しまったと思う。病院の事を思い出させてしまった。

 一見西島さんはあまり気にしている様には見えない。ただし見えないと気にしていないは同じではない。以後気ををつけないと。


 三階の部屋に戻って、夕食を開始。


「この座卓に畳というのものんびり出来ていいですね。家に和室がなかったから初めてなんですけれど」


「確かにそうだな」


 テーブルに椅子というのと比べて自由度が高い気がする。ちょっと移動なんてのも簡単だし。


 座卓の上は結構ごちゃごちゃだ。ピザ、ミートパイ、小籠包、豚肉水餃子、エビ餃子、ゴボウサラダ、ポテトサラダ、ジャックフルーツ、マンゴー、ライチ、桃缶の桃。


 何でもありだが単価が安いバイキング屋で頭の悪い取り方をしいたような感じだ。半分以上俺のせいなのだけれど。


「あ、この餃子、美味しいです。皮がむっちりつるんつるんで」


 どれどれ、食べてみる。確かに皮がちょっと違う感じだ。やや厚いけれど悪くない。そして中の餡が思い切り豚肉って感じでいい。


 点心類、サラダ、パイ、ピザ。それぞれ味と食感の方向性が違うから割とすんなり口へと入ってしまう。主食がなくともピザや点心、ポテトサラダと炭水化物が多いからしっかりお腹に入る気がするし。


 ただある程度食べてみて俺は気づいた。和室で、座卓で、宿の浴衣を着て食べる事の危険性について。

 浴衣なんて所詮紐を結んで止めているだけの服だ。だから動くと乱れやすい。座卓で正座したり足を崩したりすると、特に。


 もちろん先程の風呂で、ちらりどころではない状態も見ている。いや、意識して見ようとした訳ではないから『見ている』ではなく『見えてしまった』だ。


 ただ全部見えてしまったのとちらりとのぞいているのとではまた別の何かがあるのだ。両方知っていると相乗効果というのも。


 こういう事態は慣れていない。基本的に俺は単独行動派だったから。だから妙な事を自分が意識しないよう、適当に話題を絞り出す。

 

「明日はバイク屋寄って、それから岩鬼の中心街へ行って、銃の店に行って、魔物を倒して経験値稼ぎ。ある程度回ったら氷山こおりやままで高速を使って移動。あとは適当な時間でホテルへ移動でいいか?」


「そうですね。宿は明日までに探しておきます。氷山付近でいいですね」


「ああ。例によって三〇キロくらいは離れてていいから」

 

「今度は海が見えないからお風呂メインで選びます。温泉が多そうなので楽しみです」


 つまり明日もまた悩まされる訳か。まあきっと明日に限らずずっと悩まされるのだろうけれど。了解だ。

 あと……今がレベル九だからこんなのもあったな。


「あと明日でレベル一〇や一一以上にはなるだろう。確かレベル一〇以降で完全治療を覚えられるし、レベル一一でまた新しい魔法を覚えられる筈だよな」


「そうですね。完全治療を使って完全に治ったら、一度全力でへとへとになるまで走ってみたいです」


 変わった望みだな。そう思ってすぐに気づいた。西島さんが出来なかった事なのだ、これは。


「あとはレベル一一で収納が欲しいです。見ていて凄く便利ですから。お風呂に入るときも銃を持ち歩くなんて事をしなくてすみます。

 なんて欲しい魔法を願ったら手に入りやすくなる、なんて事はあるかも……」


 わからない事はスマホの解説。自然俺と西島さんの視線はそれぞれのスマホへ……


『どんな魔法が欲しいというイメージは次に習得する魔法にある程度の影響を与えます。ただし必ずしも望み通りになるとは限りません』


「少しは効果があるって事ですよね、これって」


「ああ」


「なら田谷さんはどんな魔法が欲しいですか?」


 どんな魔法か。

 今俺が持っている魔法はスマホによると、

『使用可能魔法(使用回数):風撃初歩(三)。炎纏初歩(三)。簡易回復(一九)。灯火(一九)。収納初歩(常時)』。

 

 炎纏と風撃を使えれば次、レベル一六くらいまでは十分対応出来るだろう。収納は初歩と言えど十分に役に立っている。レベルアップ毎に持ち歩ける容量が増えるのもなかなか便利。

 なら次に必要なのは何だろう。


「難しいな。一通り必要な魔法は持っている気がするから」

 

「確かに収納があるだけで、私よりずっとバランスがいいですよね。私の場合は拳銃による攻撃専門という感じですから」


 西島さんの魔法は『風撃初歩(五)。必中初歩(五)。貫通初歩(一〇)。簡易回復(三二)。灯火(三二)』。持っている魔法の数は俺より一つ多いのだが、確かに銃撃用に偏っている気はする。


「次できっとバランスが取れるだろ」


「収納魔法カモンと大いに期待しています。それで田谷さんは次に欲しい魔法、思いつきました?」


「いや。難しいな」


 なろう系の小説や漫画だと出てくる魔法が基本的に派手だ。だから今の俺の身の丈にあった手頃な魔法なんてのを急には思いつけない。


「目的から考えると思いつきやすいかもしれないです。何をしたいか、とか」


 何をしたいかか。難しい質問だ。そういった希望をあまり意識した事が無かったから。


 勿論俺は無欲の聖人じゃない。美味いものを食べたいなんてのは当然思うし、性欲なんてのは西島さんのおかげで抑えるのに苦労する状態。


 しかしいま西島さんが言った『なにをしたいか』はきっとそういったものとは違う種類の欲だ。

 そういう意味で何をしたいかというと……


 ひとつ、思いついた。今のこの状況を守りたい。西島さんと一緒にこうやって暮らしている今のこの状況を維持したい。

 俺は今のこの状況を気に入っているから。今までの人生で一二位を争うというか、二位を思い描けない位に。


 最長でもあと三十三日しか続かないのはわかっている。胡蝶ではなく泡沫の方の夢だとは。それでも。

 そこまで考えて思いついた。この状況が終わった後、世界が元に戻った後まで効果がある魔法というのは習得できるのだろうかと。


 スマホの画面には何も表示されなかった。

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