第三三話 煩悩滅却の為に?
業務用電子レンジ、なかなかに恐ろしい代物だ。出力を調整できるのでどこまで出来るのだろう。横に貼ってあったあるメーカーのシール表示で確認したところ、最高一九〇〇Wなんて表示されていた。
うちの電子レンジは確か六〇〇Wだ。つまり三倍以上。
果物類は力を抑えてゆっくり解凍、ピザは最強でやったら表面のチーズが泡立ったけれどまあいいか。その他おかずも解凍や温めをした後、お皿に入れ、ラップをかけた状態でアイテムボックスに収納。
醤油やドレッシング、お箸とスプーンも失敬し、部屋に戻る。
「こうやって二人で料理を作るのも楽しかったです」
「作るというかレンチンだけだけれどさ」
あのお店は全国展開の筈だけれど、これから行く街にもあるだろうか。あればとりあえず最終日まで困らないだろう。
エレベーターに乗って部屋まで戻り、座卓の上にひととおり並べる。
「これでお風呂から上がったらすぐにご飯に出来ます。あとはお風呂で食べるフルーツとドリンクを持って行きましょう。マンゴーと桃と、ライチとジャックフルーツと。あ、でもエッグタルトも捨てがたいです」
西島さんは部屋にあったお盆の上に銀皿と割り箸を置く。銀皿にはフルーツとエッグタルト。更に紅茶のペットボトルとコーラのペットボトルを置いた。
「ここの大浴場には海が見える半露天風呂があるんです。そこでゆっくりフルーツやおやつをいただきながらのんびりするのって、考えただけでも楽しいです」
日本旅館の露天風呂で月見酒、なんてのと同じ発想だろうか。俺は風呂ってあまり得意ではないのだけれど。すぐに暑くなるから。
実はそれ以上の問題があるのだがあえて考えないようにする。避けられない災害を悩んでも仕方ない。
「それじゃ浴衣と半纏とタオルを持って、行きましょう」
浴衣、半纏、タオル、タブレット、拳銃等どっさり荷物を入れたレジ袋は結構重そうだ。だから西島さんからお盆を取り上げる。
「これは俺が収納して行く。向こうの半露天風呂においておけばいいんだろ」
「ええ、お願いします。便利でいいですね、収納魔法」
実はこれ、今思いついた作戦だ。西島さんが服を脱いでいる間にゆっくりと半露天風呂方向へ行き、荷物を置いて戻れば脱衣時間をずらす事が出来る。
昨日感じたのだけれど『既に脱いでいる』より『現在脱いでいる最中』の方がダメージが大きい。それを少しでもマシにするためのささやかな小細工。
大浴場は部屋を出て、エレベーターや階段、自販機コーナーを越えた先。なんて言っても実際は三〇歩ちょっとだ。
先に奥側の男湯を見て、それから女湯を確認。露天風呂まで確認して脱衣所に戻った後。
「どっちもほぼ同じようです。なら部屋に近い女湯でいいですね。浴用品も揃っていますから」
「ああ。それじゃ露天風呂にこれを置いてくる」
すぐに服を脱ぎだした西島さんを背に、俺は浴場へ。露天風呂の浴槽の縁にお盆を出して、改めて周囲を確認。
半露天風呂とは、要するに広いベランダに石造りの浴槽があるという代物だ。
普通のベランダなら落下防止用の手すりになっているところが金属の格子ではなく偏光ガラスになっている。だから浴槽の中からは偏光ガラスを通して外、森や海が見えるけれど外からは見えないという造り。
浴槽はそこそこ広い。偏光ガラス一枚の幅が九〇センチだとしたら長さ三六〇センチ幅一八〇センチ位。だから西島さんといっしょに入ってもそこそこ間は空けられる筈。
なお外はまだまだ明るい。確か昨日の日没が一八時四〇分位だった。だからまだ一時間以上ある。
今日も長風呂だな。適当に浴槽から出て涼みながら、スマホでも見て時間を潰そう。
さて、そろそろ西島さんは洗い場に移動しただろう。そう思って半露天スペースから中へ。
最悪のタイミングだった。西島さんがグッズを抱えて風呂場に入ってきたところだった。つまり思い切り正面から見てしまう。
いや、もちろんわざと見た訳じゃない。見えたと思った瞬間視線は別の方へ逸らした。それでも見えたものが無くなる訳じゃない。
「先に入っています」
「わかった」
とりあえずいつも通りの発音を心がけつつそう返答。そして昨日感じた事を再び思い出す。
グラビアに出てくるような巨乳とかよりちっぱいの方がむしろエロく感じるなと。よりリアルで。リアルというか
風呂に入る前に抜いておくか。しかし時間がかかって西島さんが不審に思ってはまずい。
深く考えないようにしよう。取り敢えず何も感じていない、いつも通り振る舞う事を意識して。
荷物類は魔法で収納しスマホとタオルだけを持って浴室へ。
◇◇◇
そして五分程度経過。当初の予想通り、俺の現在位置は半露天風呂の浴槽。つまり西島さんと同じ浴槽、それも一メートルも離れていない場所に浸かっているという状況になっている。
「こういう造りもいいですね。夕方で海沿いだからか風も爽やかで気持ちいいです。
あとこのデザート持ち込み、これは予想以上にいいです。お風呂なのにフルーツと紅茶ありで、エッグタルトもあって。
これは絶対普通では出来ない体験です。明日の宿もこれが出来る場所を探します」
「確かに普段じゃ出来ないよな。宿代を払っても」
贅沢だというのはわかる。俺は長湯は苦手だが、それでも気持ちいいという意見は理解出来なくもない。
ただ煩悩の塊が全てを無に帰しているだけで。
ぼーっとしてても煩悩は去らない。だから俺はスマホに集中している。後で考えよう、そう思ったいくつかの案件について調べるという名目で。
例えば警報時にいち早く戦闘可能状態にする方法とか、警察の拳銃より強い武器についてとか……
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