第三二話 二日目の宿到着

 レベルが九まで上がっていて良かったと思う。何故良かったかというとアイテムボックスで収納出来る容量が増えたからだ。


「冷凍のフルーツ、食べた事がないのが多いです。ライチとマンゴーは決定として、あとはベリーかジャックフルーツか……」


「お菓子の冷凍なんてのも美味しそうですよね。ホテルに多分電子レンジはあるから、エッグタルトは鉄板として……」


 こんな感じに西島さんが迷走した為だけではない。

 俺も結構多めに持ってきてしまった。本格的な見た目の点心類とかやはり本格的っぽいピザとか、ミートパイとか……


「好きなように買って良いってなると、ついテンションが上がってしまいます」


 どうやら西島さんも俺と同じ反省をしているようだ。

 一〇分くらいで宿に到着。三階建てで昨日のホテルより一回り小さい。周囲は森で東方向だけ切れていて海が見える。


 スクーターを玄関前に止めて中へ。スマホには警告は出ていない。


「警告は出ていないから多分大丈夫だと思うけれど、一応戸締りを兼ねて一階は回っておこうか」


「そうですね。あと今回宿泊予定の部屋は空いているようです」


 フロント裏側の事務室から鍵束を借りてぐるっと回る。


「ここも朝食はバイキングだったんですね。ただまる一日以上経つのに変なにおいがしないです。何故だろう……

 基本的には腐らないみたいです。時間による変質とか乾燥とかはありますけれど」


 俺のスマホにも西島さんが見たのと同じだろう説明が表示されている。


『世界複写時に細菌・微生物類についても最小限しか複写しませんでした。ですので植物及び人間の周囲以外には微生物類はほとんど存在していません。

 ただし酸化や乾燥、その他の要因によって食用に適さない状態になっている可能性はあります』


 やはりこのスマホ案内、なかなか親切だ。

 というかこの世界、魔物が出る事を除けばそれなりに親切だし快適だと思う。電気やガソリン等が問題なく使えるし。


 パニック物の小説だと食料が足りなくなったりする。コンビニやスーパー等の食品が暴力的な連中によって占拠されていたりとか。

 しかしこの世界、人が少ないからそういう事態にはなりにくい。


 魔物だって注意していればそれほど怖くはない。レベル一ならその辺の棒だのでも倒せる。それなりに装備を調えればレベル三でもそこまで怖くない。


 その上魔物が近くに出現すればスマホで警告なんて事までしてくれるのだ。

 更にはスマホでこういった解説とか案内までしてくれる。至れり尽くせりといっていい。


 勿論最初の西島さんのように身動きが取れないなんて状況はあるのかもしれない。ただあれは転送ミスだとスマホに表示されていた。結果、本来原則を外れて救援要請を出したり魔物反応探索の例外をつけたりなんて事をしてくれた。


 この事態を引き起こした存在を仮に神と呼ぶのなら、その神は割と好意的だ。そう俺は感じる。


 それとも人や状況によって違うのだろうか。例えば都会でいきなり周囲に魔物が大量出現したりして死亡、なんて感じで。


 飛行機や高速鉄道に乗った状態で乗務員が全て消えてしまった、なんて状態もあったのかもしれない。


 ただそれでも、この事態を起こした何者かなら、何か解決策は残してくれている気がする。俺や西島さんに対する扱いからそう感じるのだ。


 なんて事を考えつつ売店やトレーニングジムなんて部屋を見て1階は巡回終了。


「地下1階にコインランドリーがあるみたいです。お風呂から上がって浴衣に着替えたら洗濯したいと思うので、確認して見て良いですか」


「勿論。俺も靴下とか洗濯しておきたい」


 その気になれば店で新品を持ってくる事は出来る。ただ店が開いていなければ進入口を探さなければならない。コンビニでも靴下や下着は売っているけれど、どうにも品質的に今ひとつな感じがする。


 なら暗くなって他に行動出来ない時間帯に、今着用しているものを洗濯するというのは正しい。浴衣に着替えていれば問題はない。多分、きっと。


 エレベーターで地下一階へ。降りて廊下を少し歩くといかにもというコインランドリーがあった。洗濯・乾燥両用のドラム式洗濯機が並んでいる。


「洗剤もここで買えるから問題ないですね。ただ洗濯ネットを用意しておけば良かったです。Tシャツはいいとして、下着類は手洗いして干した方がいいかも……」


 俺は女性の下着に興味はない。あれはあくまで着用した下が気になるだけだ。下着そのものに何かを感じるという訳では無いと思う。


 しかしだからと行って俺に下着の話をするのもどうかと思う。どう返答して良いかわからない。


「でもソフトコースや低温乾燥コースがあるから、ネット無しでも今日くらいは大丈夫でしょう。お金もあまり使っていないので大丈夫だと思います」


 自己解決したようだ。そうしてくれると大変助かる。口に出さなければもっと助かるけれど。


「それでは客室とお風呂に行きましょう」


 エレベーターに戻って三階へ。出てすぐ左の部屋の扉に、西島さんはカードキーを当てる。カチャッと言う音。扉を開いて中へ。


 昨日とは違う一般的な広さの部屋だ。和室一〇畳に次の間がついていて、和室の中央に座卓がある。

 他にはテレビと金庫と冷蔵庫と……


「あっ、部屋に電子レンジはないです。これじゃ冷凍食品の調理が出来ません」


 確かにそうだ。果物類等は自然解凍すればいいし点心は今回買ったものはお湯でも大丈夫。しかしピザはきっと駄目。あとはパイなんかもレンジがあった方が……


「特別室にはあるでしょうか。無ければ調理場あたりなら」


「見に行くか」


「ええ」


 特別室のカードキーは一応持ってきてある。だから廊下をずっと行った先の扉もあっさり開く。

 こちらは広い。ベッド二つの寝室とリビングと和室。露天風呂が無い以外は昨日と似た感じの間取りだ。

 しかし……


「この部屋にも無いですね。なら調理場へ行って確認しておきましょう」


「ああ」


 先程一階を回った際、調理場を回ってはいる。ただその時はレンジの有無なんて確認しなかった。

 エレベーターで一階へ下りて、階段裏にある扉から中へ。シンクだの作業台の奥、それっぽい機械を発見。


「多分これですね。良かったです」


「それじゃ今のうちに料理をやっておくか?」


「そうですね。少し冷めても、お風呂から上がってすぐ食べられる方がいいです」


 ならばという事で先程の店から持ってきたものを作業台に並べる。


「果物はジャックフルーツとマンゴーと、ライチで、今夜はこのくらいでいいでしょうか。あとお風呂でフルーツを楽しむなんてのもありかもしれません」


 なるほど、風呂でフルーツか。美味しそうな気がする。


「いいな、それ」


 俺の方はピザ、ミートパイ、小籠包、豚肉水餃子、エビ餃子。これだけあればレトルト類やパックご飯は無くてもいいだろう。

 あとは……


「パックのサラダはどれにする?」


「田谷さんの収納、冷蔵庫みたいなものなんですよね。なら今日はゴボウサラダとポテトサラダにします。残りはラップに包んでおけば明後日くらいは大丈夫です、多分」


 近くからお皿を出して並べる。


「それじゃ最初はピザをやってみる。このレンジがどれくらいの力があるのかわからないから」


 ピザなら多少熱を加えすぎても大丈夫だろう。そう思っての判断だ。

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