二日目 七月二九日

第六章 二日目の朝

第二五話 とんでもない目覚め

「田谷さん、田谷さん……」


 知らない声と軽く肩を叩かれた感触。何だろう。眠すぎて目を瞑ったまま少し考える。

 少し意識がはっきりして気がついた。この声は西島さんだ。そして今いるのは大新井のホテル。そして今いる世界は魔物が出る環境!


「どうした、魔物が出たか」


 飛び起きて気づく。西島さん、バスローブ姿だ。それも全裸にただ羽織っただけという感じに見える。濡れた髪と上気した感じの肌がかなりエロい。

 何だ、何でこんな格好でベッドの横から起こすんだ。朝だしエロい妄想が出てしまうぞ。


「いいえ。まもなく朝日が昇ろうとしているんです。目の前の海が綺麗だから絶対見た方がいいと思います」


 なるほど、確かにこのホテルは海沿いで、海は東側。だから太陽が海から出るのを見る事は出来るだろう。

 色々衝撃が大きかったので頭の中は完全に覚醒してしまった。あと、西島さんがバスローブのみの姿という問題はそのままだ。


 状況は想像がつく。昨日早く寝たので早めに目が覚めたのだろう。そして昨日のお風呂で話した事を思い出して、それなら風呂に入って朝日を見ようと思った。

 そんなところに違いない。


 さて、残念ながらここで起きないという選択肢は存在しない。きっとこの場を素直に収めるならこのまま窓際へ朝日を見に行くのが一番。

 仕方ない。どうにもムラムラするのは無視。


「お風呂側からの方がよく見えるんです」


 なんていう西島さんに誘われるまま部屋の右側、半露天風呂の窓際へ。

 左側の空の色が茜色になっている。陽はまだ出ていない。でも空の色からもうすぐ出るだろうとわかる。


「確かにきれいだな。もうすぐか」


「ええ。宿が若干南を向いているから、左側に見えるんです」


 そう言って西島さんはいきなりバスローブを脱いだ。何をする気だ、なんて事は勿論言わないし言えない。

 西島さんはバスローブを簡単に畳んで窓横におくと、浴槽へと入った。そのまま足をのばし、背中を右側の壁につけてもたれた姿勢になる。


「露天風呂に浸かってこっちの壁に背中持たれるとちょうどいい感じに見えるんです。なんなら一緒にどうですか? 昨日お風呂に入ったから洗わないで入っても大丈夫だと思います」


 確かに部屋の中からは見えないくらい左端側だ。だからその見方は部屋内での位置的にも角度的にも間違いなく正解。


 でもだからといっていきなりバスローブを脱いでお風呂に浸かるのはやめてほしい。いや、湯船に浸かるならバスローブを脱ぐのは正しい。でもそれを俺の前でやるのは少し考えて欲しい。


 あとこの浴槽の広さで一緒に入るのは流石に危険だ。そうで無くとも朝の男子というのは危険なのだ。なんて言っても女子にはわからないかもしれないが。


「いや、起きがけだしこのままでいい」


 そう言って誤魔化させて貰う。


 それにしても西島さん、思ったよりちゃんと胸があるんだな。なんて思って慌てて俺は目を反らした。西島さんは全然気にしている様子はないけれど。 


 今は朝日だ。意識と視界を思い切り左側、朝日ののぼりそうな方向へ。

 

 空は少しずつ明るいオレンジ色へと変わっていく。海はそれよりずっと暗く、濃い紫色。そして空と海の境目の一部に金色の点が。


 点はすぐに短い線になりそして膨らみを増す。朝日の上側だ。海にも光を反射させ、空を更に明るくしながら朝日が昇っていく。


 太陽の真下の海上が光を反射して明るい道のように見える。しかしそれもつかの間。太陽が昇りきってしまうともう消えている。代わりに全体が明るくなり、そして空の赤みが少しずつ消えていく。


「どうでした?」


「綺麗だった」


 これは本音だ。日の出は確かに綺麗だった。全裸で風呂に浸かっている西島さんの事が気になったままではあるけれど。


「良かったです。起こそうかどうか迷ったんですけれど」


「こういう場所に泊まらないと見えないからさ。起こしてくれて正解だったと思う」


 ただそれならせめてもう少し格好を気にしてくれという気がしないでもない。バスローブはまだしも、今は完全に全裸だし。見ないようにはしているけれど。


 さて、今ので完全に目が覚めてしまった。なおかつモヤモヤというかムラムラを感じてしまう。

 ここは気分転換が必要だ。よし、コーヒーでも淹れよう。


 高いお部屋だからか電気ポットでは無くコーヒーメーカーがついている。パックに小分けにされたフィルターやコーヒーの粉もある。

 風呂横の流しでお湯を汲んでコーヒーメーカーへ。フィルターをセットしコーヒーの粉を入れて電源ON。


 ここでふと思いつく。今はコーヒーメーカーでお湯を沸かしてコーヒーを淹れているけれど、このお湯を魔法で沸かすなんて事は出来るのだろうかと。


 今現在、魔法は簡易回復と灯火しか使えない。体力や腕力が上がっているけれど、魔法の方は進歩していないのだ。

 今はレベル五。確かレベル十で完全治療という魔法を覚えるかもしれないとあった。

 ならそれまで他の魔法は覚えないのだろうか。攻撃魔法とか日常に便利な魔法とか、RPG的に便利な魔法は。


 気になる事があるならスマホだ。電源を入れて見てみる。案の定、答らしいものが表示された。


『治療・回復・蘇生系統の魔法はレベル二で簡易回復、レベル六で簡易治療、レベル十以降に完全治療、レベル三十以上で蘇生系統の魔法を覚えます。


 それ以外の魔法は各人の行動によって習得可能性が変化します。どのような行動でどのような魔法を習得しやすくなるのかについては情報が公開されていません。

 ただし一般に魔法を習得するのはレベル一、レベル六、レベル十一等にレベルアップした時です。つまり五レベルごととなっています』


 つまりレベル六で次の魔法を覚える可能性が高いという事か。ただどんな魔法を使えるようになるかはわからない。そして俺と西島さんが使える魔法もおそらくは違うだろう。


『その通りです』


 ならとりあえず今日はまず、レベル六になるまで魔物狩りをしまくるとしよう。

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