第一二話 病院からの出発
西島さんは黒色のTシャツとアイボリーの一見スカートに見えるショートパンツという姿に着替えて出てきた。女の子という感じがして少しどきっとする。
持っているのはお馴染みのタブレットと、少しだけ膨らんだA四サイズの巾着袋だけ。
「荷物はそれだけですか?」
「服も日用品も他で手に入ると思うので。ただ薬だけは魔法で完全に何とかなるまで持って行こうと思います」
本当にこれだけのようだ。俺より思い切りがいい気がする。
「薬はナースステーションと一階の薬局でいいんでしたっけ」
「どうせ外に出るなら一階の薬局だけでいいです。前に見たので必要な薬がどの辺にあるかは大体わかります」
エレベーターで一階に降りて薬局で更に薬を確保。西島さんとスマホ情報によると、発作を抑える薬だけで無く、治療用の薬もレベルが上がるまで続けた方がいいらしい。それでも先程の巾着袋が膨れたかな程度の量だ。
そして外へ向かう途中、一階の売店前で西島さんは立ち止まった。
「すみません。実はまだ朝食を食べていないんです。少し売店で食べ物を選んでいいですか」
今回の事態は七時五〇分の電車を待っている途中で発生した。だから病院ではまだ朝食前でも不思議では無い。
もう少し早く気づけば良かったなと思いつつ、俺は頷く。
「勿論です」
ついでに俺も売店を物色。しかしあまり美味しそうなのがない。長期保存が出来るタイプのパンや魚肉ソーセージ、あとはカップラーメンや味噌汁等くらいだ。
弁当の棚もあるけれど中は空。きっとお昼前くらいに入荷するのだろう。
これならば……俺は台詞をちょっと考えて、そして口に出す。
「ここにはあまり無いみたいだから、外のコンビニに行ってみますか?」
「いいですか!」
はじめて感情が見えた感じがする。少しだけれど。なんて事を思いつつ俺は続ける。
「どうせ何処へ行くなんて目的はありません。出来るだけ魔物を倒してレベルを上げる事。安全な寝場所を確保する事。やる事はそのくらいです。
それに
後は缶詰とかレトルトが中心になるだろう。電気が持てば冷凍食品も大丈夫だけれど。
そこまで考えて気がついた。ガソリン、電気が無いとスタンドで給油出来なくなる可能性が高いと。
この辺は後で西島さんと作戦会議をしよう。彼女なりに考えて意見を言ってくれるだろうから。
「それじゃ行きましょう」
「わかりました」
西島さんと一緒に夜間出入口から外へ。もわっと夏の熱気が襲う。とっさに心配になり聞いてみる。
「大丈夫ですか?」
「夏なんですね、外は」
当たり前なのに何なんだろう。一瞬そう思ってすぐに気づく。彼女はきっと夏になる前にこの病院に来て、以来外に出ていないのだろうと。
「大丈夫です。レベルアップしたおかげかいつもよりずっと元気な気がします。本当は階段だって降りても大丈夫な感じがしたんです。万が一迷惑をかけたらと思ってエレベーターを使いましたけれど。
夏がちゃんと暑いのって気持ちいいです。病院の中は熱くも冷たくもなくて風もないですから」
ふとヨハネの黙示録の一節を思い浮かべてしまった。『熱くも冷たくもなく、なまぬるいので、わたしはあなたを口から吐き出そう』
別にキリスト教徒という訳では無い。ラノベ趣味と厨二病の基礎知識というだけだ。
ただ少し心配なので細工させて貰う。今の俺はレベル三で、スマホによると簡易回復を五回使用可能。なら一回くらいここで使ってもいいだろう。
簡易回復を西島さんに対して起動。そう念じて念の為にスマホを確認する。
『簡易回復は発動しました。これから二時間の間、一般的な範疇の運動なら行っても発作が起きる可能性はごく低くなります』
切れると同時に使うとして、三回使えば六時間は大丈夫だ。その間に魔物をあと三匹倒せば西島さん自身がレベル三になる。
そんな事を考えつつ玄関に停めたスクーターのところへ。
「このバイクでここまで来たんですか?」
そういえばその事をまだ話していなかった。
「止まっている車が多くて車では走れなそうです。それに免許がないし、車を運転する自信も無いですから」
「そういえば朝、何かがぶつかったような音が外で聞こえました。あれは運転手がいなくなった車による事故だったんですね」
すぐに理解してくれた。
さて、それでは移動する前にやっておく事がある。
「まずは拳銃に弾を補充しておきましょう。西島さんの銃も貸して下さい」
「わかりました」
シートの上に置いたままのザックから弾入りの小ケースを出す。それぞれにあう弾を出して補充。そしてオートの方はベルト付きホルスターに入れて西島さんに渡す。
「こっちの銃は持っていて下さい。まだまだ魔物が出てくると思いますから。あと良ければその荷物、後ろの荷物入れに入れます」
「わかりました。ありがとうございます」
荷物を仕舞い、そして二人乗り用のステップを起こす。
「先に乗って下さい。ハンドルを押さえていますから」
タンデムシート後ろに荷物入れがついているから足を後ろから回して乗ることができない。だから後席の人に先に乗って貰う必要がある。
「わかりました。ヘルメットはいいですか」
「本当は安全の為かぶった方がいいんでしょうけれど、持ってきていないので」
「わかりました」
西島さんが乗って、そして俺も乗る。かなり狭いのでいままでよりずっと前寄りに。それでも何か後ろに暖かい感触がするように感じる。
意識してはいけない。背中なんてそこまで細かい感覚は無い筈だ。だから気のせいだと言い聞かせつつ両足でよいしょとメインスタンドを解除。
「それではコンビニがあったら止まります」
エンジン音で聞こえにくいだろうな、そう思いつつ俺はアクセルをひねる。
スクーターはゆっくりと走り出した。
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