第一一話 状況の終了

 もし魔物が同一階で近くにいればスマホが警告してくるはずだ。そう考えて、でも待てよと思い直す。


 先程西島さんと会った事で救出は終了した。スマホを操作している主がそう判断した場合、『二十メートル以内、同一階及び隣接踊り場で反応』という機能は無くなっている可能性がある。


 スマホの画面を確認。


『西島咲良がレベル三以上になり病気の影響を無視できるようになる時点までを、救出及び援護活動と見做します』


 他の人と条件が対等になるまでは面倒を見ろか。悪くない考え方だ。相手が神か観測者か超越者か、その他のファンタジーな存在なのかはわからない。それでも少し好感を持った。


 なら遠慮無くスマホの警告を信じよう。俺は二階をぐるっと周回する形で廊下を歩いて行く。途中に出ている院内マップを確認しつつ、二階の全ての場所から二十メートル以内の地点を踏むように。


 更に念の為、魔物がいたら反応するように音を出してみた。西島さんから離れてからは足音をあえて大きめにしたり、途中で『いないかなあ』とかある程度の大声で独り言を言ったり。

 もし魔物がいてこれらの音を聞いたら反応して近づこうとするだろう。そう考えて。


 しかし携帯からの警告はないし、俺以外の出す不審な物音なんてのもない。二階には敵はいないようだ。まあ予想通りではあるのだけれど。


 階段のところまで戻って、西島さんに声をかける。


「それでは三階に行ってきます」


「わかりました」


 返事が聞こえた。なんとなくほっとする。

 開けっぱなしの階段室へ。見える範囲に魔物がいない事を確認して上へ。途中の踊り場の手前で立ち止まり、スマホを取り出してから足を踏み出す。

 予想通りスマホが振動した。


『魔物確認! 二十メートル以内』


 三階建ての建物で玄関から五十メートル以内。となるとおそらくはこの階段の近くだろう。そう見当をつけていたのが当たったようだ。


 俺は更に階段を上り、三階廊下へ出る扉の前に立つ。

 扉をゆっくり開ける。いた、五メートルもない場所に。扉が開いた音がしたのか奴がこっちを振り向く。目が合う。


 俺は扉を全開にして階段へと逃げる。扉を開いた理由は、あのゴブリンの手でドアノブをひねることが可能か怪しいと感じたからだ。


 踊り場まで来て後ろを振り返る。いない。追いかけてきていないのだろうか。

 不安になった直後に扉からゴブリンが階段室へ入ってくるのが見えた。そうだった、ゴブリンは足が遅いのだった。レベルが上がればどうなるかはわからないけれど。


 ゴブリンがこっちをにらんだ。俺を認識して、階段を降りはじめる。どうやら俺はゆっくり移動して奴を誘導する必要がありそうだ。


 二階への扉の前まで来た。ゴブリンはまだ踊り場まで来ていない。奴が踊り場を回ってこっちを見てから、扉の外に移動した方がいいだろう。そう判断して奴を待つ。


 ゴブリンの緑色の腕が見えた。まだだ。俺は奴がこっちを見た事が確認出来るまで待つ。

 身体サイズから見てかなり大きめな、奴の頭がやっと見えた。目が俺を捕らえた気がする。シャー! もはやお馴染みの威嚇。


 よし。俺は奴が見逃さないようゆっくり扉の外に出た。


「三階にいました。今階段を降りています。ただ先に俺が行くから撃たないで待っていてください」


「わかりました」


 返答を確認して、もう見えている西島さんのところまでダッシュ。

 西島さんは握りしめていた拳銃を階段室方向へ向ける。


「慌てなくて大丈夫です。今回の魔物は足が遅いので、狙って撃つ余裕はあります」


 そう言いつつ俺も拳銃を取り出す。万が一西島さんが外して、次が間に合わない場合の為だ。

 ゴブリンが階段室の扉から姿を現した。きょろきょろろ周囲を見回して、そしてこちらを向いたところで動きを止める。

 シャー! 例の威嚇をしながらこっちへ向けて歩き出した。


 西島さんは拳銃をかまえている。まだ撃たない。俺が言った通りひきつけてから撃つようだ。落ち着いているなと感じる。ひょっとしたら俺よりずっと。


 そろそろ七メートルか。そう思ったところで西島さんの指がゆっくり動くのが見えた。

 バァーン! 拳銃の発射音。ゴブリンの上体が一瞬ブレる。


 更に西島さんは拳銃のスライドを引く。あくまで落ち着いた感じでもう一度引き金を引いた。

 バァーン! ゴブリンがゆっくり後ろへ向けて倒れる。


 とっさに俺はスマホを見る。何も表示されない。まだ倒れていないのか。

 そう思った次の瞬間に気づく。今回倒したのは俺では無く西島さんだ。だから俺のスマホではなく西島さんのタブレットの方に表示が出ているのだろう。


 俺はゴブリンの方を見る。仰向きに倒れて動かない。見ると胸と腹に大穴が開いている。


「万が一に備えて警戒しておきます。タブレットに倒したかどうかの表示が出ていると思いますので確認して下さい」


「ありがとうございます」


 西島さんは構え直していた拳銃を下ろし、ホルスターに仕舞う。そして病室へと入っていく。どうやらタブレットは病室に置いたままのようだ。


「倒したようです。レベルアップもしていました」


 病室内からそう声が返ってきた。これで此処での状況は終了だ。


「それじゃ着替えて、外に出ましょう。もう少し魔物を倒してレベルアップした方がいいし、安全な寝場所も探した方がいいですから」


「わかりました。着替えるので少し待っていて下さい」


 扉が開いたままだけれどいいのだろうか。勿論のぞいたりはしないけれど。

 何となくそわそわする感じのまま、俺は彼女が着替えるのを待つ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る