第一〇話 言い訳の結果

「私が役に立てるとは思いません。レベルアップしても元が私である以上、他の人よりほぼ全ての能力は劣るでしょう。ならまだ一日目のうちに東京など人口が多いところへ行って仲間を探した方がいいと思います」


 一日目のうち、というのはお互いレベルが高くないうちにという意味だろう。レベルが高くなると、『能力の優劣による上下関係』問題とか『その人間を殺して魔物以上の経験値を手に入れる』という選択肢とかが出てくるから。


 やはり西島さん、結構考えている。そして考えすぎてしまうタイプだ、きっと。


 そして西島さんがここで断る事、そして断った理由。両方とも俺の想定内。

 だから俺はシナリオ通り、次の台詞を口にする。


「ええ。元々の健康状態とそれによる運動不足とで、西島さんは決して強くはないでしょう。しかし弱いからこそ安心出来る。そういう答ではどうですか?」


 西島さんは俺より弱い。だから反乱を起こそうとしても何とか出来る。最悪の場合は反乱をおこさなくても経験値を得る為に殺すなんて選択肢だってある。そういう意味だ。


 もちろん実際にそんな事をするつもりは無い。ただの言い訳だ。しかし西島さん相手の交渉にはこういった言い訳が必要な気がする。彼女自身が生きたいという事を理由に出来ないから。


 少なくとも俺ならばそうだ。しかしこの俺の言い訳は西島さんに通用するだろうか。そして西島さん側の想定問答にもこういったやりとりが入っているだろうか。


「後悔しませんか?」


 そう来たか。いい反応だ。勿論返答は用意してある。


「後悔してもやり直せるから問題ありません」


 我ながらとんでもない返答だとは思う。いざとなったら西島さんを殺して経験値を奪うぞという意味だけではない。

 もし西島さんに俺が殺されても経験値は無駄にはならない。そういう意味を個人的には含んでいる。そこまで西島さんに通じているかはわからないけれど。


 西島さんはようやく頷いてくれた。


「わかりました。一緒に行きます」


 正直ほっとする。これ以上先までのシナリオは考えていなかったから。


「それでは、まずは病院内の魔物を倒してレベルアップするという事でいいですか?」


 俺は頷く。


「ええ、それでお願いします」


「魔物はこちらから探しに行くんでしょうか。まだ階段を降りたり上ったりする自信は無いのですけれど」


「魔物は人を見つけると向かってくる習性があるようです。だから各階で声を出して呼べば誘導は難しくないと思います。

 この誘導は俺がやります。先程の魔物と同じゴブリンなら、足が遅いから心配いりません。西島さんはこの病室前の廊下で待っていて下さい」


「拳銃、私でも使えるでしょうか」


「八メートルくらいまで近づいてから撃てばまず当たります。おびき寄せる前に撃つ練習もしておきましょう。

 弾は玄関前に停めてあるスクーターに積んであります。だから二丁分全部使っても大丈夫です」


 残りの弾は玄関前に停めたスクーターのところだ。

 しかしこの病院内に残っている敵はおそらく一匹だけ。なら練習で二~三発撃っても問題はない。


「それでは廊下で練習しましょう。的の代わりにはこの毛布を使っていいですか?」


 西島さんの隣のベッドの上にあった毛布を手で示す。


「ええ、大丈夫です」


 ならいいか。俺は毛布を手に取る。


 ◇◇◇


 拳銃に関しては俺より西島さんの方が上手だった。使用している銃が違うというのはあるかもしれない。しかし練習で撃った二射ともほぼ的の中心を打ち抜いた。


 なお的は丸めて立てた毛布。距離は俺が普通に歩いて十二歩、およそ七メートル程だ。


 あとは魔物をここへと誘導し、倒すだけ。


「それでは俺は魔物を探してきます。ただ魔物が先に此処へ来てしまうという事態が無いとは言えません。なので左右に注意していて下さい。

 なお俺が近づく時には声をかけます」


「わかりました」


「順路としては二階を一通り回って、その後は三階へ行って、それでもいなければ一階を回ります。

 三階へ行く時、三階から一階へ行く時はそれぞれ階段から声をかけます」


 そこまで言ってそして気がついた。俺も西島さんもスマホやタブレットを持っている。ならSNSで連絡を取れればもっと安心出来るだろう。


「一応非常連絡の為にSNSのIDを登録しておきましょうか。Laneは使っていますか?」


 Laneはおそらく一番メジャーなSNSソフトだ。俺も学校からのお知らせ等を受信するために使用している。


「一応は。あまり使っていませんけれど」


 二次元コードを読ませてID登録。これでいざという時はメッセージを送ったり通話が出来る。


 なおLaneソフトはこの状態でも普通に動いた。自動化されていて保守なしでも動くのだろうか。それともスマホの電池が減らなくなったように何か不可思議な力が働いているのだろうか。

 その辺はどうせ考察してもわからない。だから無視だ。


「それではまず二階を一通り回ってきます」


 魔物がいるのはおそらく三階だ。それも玄関から水平距離がそこそこ近い辺り。


 スマホは一階の正面玄関前で反応した。『魔物確認! 五十メートル以内に二体!』と。

 そしてその後、『二十メートル以内、同じ階または階段の半階分まで接近時に振動と表示で警告を通知』では反応していない。


 つまり『二十メートルから五十メートルの範囲にいる』か『別の階にいる』のだろう。

 そして一階では非常口から入ったり、階段まで歩いたりとそこそこ移動している。そしてその間に反応はない。だから一階にいるという可能性は薄い気がする。


 そして二階。俺は拳銃でゴブリンを倒したり、西島さんと話したりなんて事をしている。そして魔物は人を感知すると襲おうと近寄ってくるようだ。


 つまり二階にいるならそろそろ近くに来ているだろう。それが無いという事は、おそらく二階にも魔物はいない。


 故に三階にいる。そう俺は予想した訳だ。

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