第二章 契約と旅のはじまり

第九話 契約の要請

「わかりました」


 西島さんはあっさり頷いて、そして先程までいた病室へと歩き始める。こっちを警戒する様子も特にない。


 これは警戒心が無いとみるべきなのだろうか。それとも警戒を諦めているととるべきなのだろうか。

 そんな事を思いつつ、俺は彼女と一緒に病室へ向かう。


 さて、話を持ち出す順番は……これでいいか。頭の中で何となくまとめた時、彼女が口を開いた。


「あれがさっきの魔物ですか。何か小さいですけれど」


 見ると俺が倒した時よりずっと小さくなっている。倒した時は身長が一メートルくらいはあった。しかし今は三十センチメートル程度。

 とっさにスマホを確認。


『倒された魔物は時間と共に姿を縮小し、概ね二十分でほぼ消失します。これは魔物という形で具現化されていた歪みの解消状況を示しています』 


 見ると西島さんもタブレット画面を確認している。


「消えて歪みも解消されるのですか」


 西島さんの場合はスマホでは無くあのタブレットに情報が表示されているようだ。

 確かに入院中ならスマホよりタブレットの方が便利だろう。持ち歩かないからコンパクトさは重要じゃない。なら画面が大きい方が見やすいし作業するとしてもやりやすい。


 病室へ戻ってきた。彼女はベッドに座り、俺は近くにあった見舞客用らしいパイプ椅子に腰掛ける。

 さて、説得工作だ。俺は頭の中で作成した文章を口に出す。


「まずはそのタブレットで確認して欲しい事があります。

 今の病気はレベルアップして身体を強化したら大分楽になる筈です。レベル二になるだけでも大分楽になるし、薬の代わりになる魔法を使うことも出来るようになります。

 その事を確認してから次の話をしたいと思います」


 まずは『レベルアップすればここから出ても大丈夫』とわかって貰おうという作戦だ。先程調べた限り、ここで籠城では先がない。


「ええ、レベルアップすれば身体は強化されるようです。ですが今の時点で私には魔物と戦う体力はありません」


 どうやら既に調べていたようだ。自分の身体の事だから当然だろう。

 ならばだ。俺はポケットに突っ込んでいた小型の自動拳銃をケースごと出して見せる。


「警察署から貰ってきた小型の拳銃です。これなら魔物から離れたところから、ほとんど体力を使わずに魔物を倒す事が出来ます。


 この建物内にはもう一体、魔物がいます。この一体を倒せばレベル二になります。それだけでもそこそこ動いても大丈夫になる筈です」


 論理は間違っていない筈だ。しかし西島さんは首を横に振った。


「確かにそれなら一回はレベルアップ出来るでしょう。それなりに動けるようにもなると思います。

 でもその程度では薬は必要なくなりません。レベルもすぐに魔物に追い越されます。

 ですから一回くらいレベルアップしても無駄です」


 状況は把握した気がする。先程の答は諦めきっている方だと。彼女は既に生き残る事を含め、全てを諦めていると。


 ただこうなると逆になんとかしようという意欲が湧いてくる。俺は割と天邪鬼な性格なのだ。普段はその辺を押さえ込んでいるけれど。

 俺は頭の中で用意していたシナリオを確認する。それにそった台詞の流れも確認して、そして口を開く。


「ええ。そこで俺からのお願いの説明となります。

 まず前提として、俺はこの後、何とか生き抜いて元の世界に戻るつもりです」


 実はこの時点で半分くらい嘘だ。俺には元の世界に戻りたいなんて願望はあまりない。

 死ぬのは苦しそうだから生きている。俺一人ならその程度の生存意思だ。


 なんて本音は全く言わずに、俺はシナリオに基づいて台詞を続ける。

 

「ただ一人だと注意が行き届かない部分が多々出ます。移動しながら周囲の状況を探るとか。何かを見張りつつ別の作業をするとか。


 しかしこの世界には人が百万分の一しかいません。この県にはあと一人いるかいないか。

 そして東京等人口の多い場所へ行っても、信頼できる人と接触出来るかは難しいところです。利害関係が一致するとは限りませんから」


 西島さんは見た目は中学生か小学校六年くらい。でも聡そうな感じがする。生きるのを諦めたあたり、少々考えすぎかつ悲観的になりすぎる感じはするけれど。


 こういった思考力は小学校高学年以上ならそう大人と変わらない。もちろん個人差は大きい。でも聡い奴はその位の年齢でも思考能力は下手な大人よりも上。


 だからここまで俺が言った内容は理解出来るだろうと思う。更には『利害関係が一致するとは限らない』という言葉の意味も。つまり他人こそが最も凶悪な敵になる可能性なんて事も、きっと。


 さて、それではお誘いだ。


「だからこの世界にいる間、俺と契約をしてほしいんです。

 俺は西島さんがここから出ても大丈夫なように手助けする。そのかわり西島さんは俺に協力して貰う。そういう内容で。


 もしこの契約に同意してくれるのなら。この病院内にいる魔物を西島さんが倒してレベルアップした後、薬と生活必需品を持ってここから出る事になります。

 そして以降のレベルアップや生活は俺が責任を持ちます。

 これでどうでしょうか」


 多分この条件がお互いの妥協点だろう。俺はそう判断している。

 西島さん自身はここで単独で生き残れると思っていない。なおかつ生きたいという気力もあまり無さそうな感じがする。


 だから西島さんを助けるとか救うという文言では拒否するだろう。自分にそういう手間をかけさせるメリットはない。そんな理由で。

 実際彼女自身、生きのびる事を望んでいない可能性がある。病気による苦痛か、その他俺の知らない理由で。


 だから俺サイドの理由で押し通す。その上で対等な契約という形にする。これなら西島さんも受け入れる理由もしくは言い訳が出来る。自分の為でなく、俺が必要としているからと。


 考え方が素直じゃないかもしれない。ただ俺ならそう考えるだろう。


 俺は今まで自分が生きている事に価値を見いだせていない。この世界は無理して生きるまでに値するとは思っていない。ただ死ぬのが怖い、死ぬのは苦しそう。だから生きているだけだ。


 そして西島さんも似たような感じがする。勿論そう考えるようになった理由は違うだろうけれど。

 それでも俺と同様に積極的に生き残る事を求めていないのなら、俺が考えた理由または言い訳が通用するだろう。


 俺がそう錯覚している可能性は勿論あるけれども。

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