第八話 行動目的

 部屋から出て、そして気がついた。喘息という事は、ひょっとして話をするのも苦しいのではないかと。

 歩きながら聞いてみる。


「もし辛いなら無理して話さなくていいです。必要なら俺からイエスノーでわかるように聞きますから」


 西島さんは俺に向けて頷いた。


「大丈夫です。確かに動いたり話したりすると発作が出やすいです。でも先程の薬が効いている筈です。これで二時間くらいは普通に話したりこのフロアを歩いたりする程度までは大丈夫な筈です」


 効いている筈、大丈夫な筈。この辺なかなか怪しい。でも本人がそう言うならある程度は信用して行動しよう。勿論少しでも負担がかかりそうな事は避ける方針で。


「銃はやっぱり警察署から持ってきたんですか」


 彼女から話しかけてきた。俺は頷いて返答する。


「ええ。警察署から持ってきました」


 ホルスターに突っ込んでいる銃を見せる。


「今までに撃った事があるんですか?」


「いえ、こうなってからです」


 会話しながら俺が来た階段とは逆方向へ。廊下が十字に交差した少し先右側にトイレがあった。スマホの反応はない。


「一応大丈夫だとは思いますけれど、念のため中を一緒に見てもらっていいですか? 魔物が潜んでいると怖いので」


「それはそうですね」


 一応スマホに警告は出ていない。けれど念のためだ。

 ここで出逢うと接近戦になる。なら銃より警棒の方がいいだろう。俺はベルトにつけている警棒を出して伸ばす。

 

 シャキン。ちょっと伸びて六十センチちょい位になった。ゴブリンの爪よりは長いけれど若干心許ない長さだ。重量感はそれなりにあるから威力はあるだろうけれど。


 女子トイレに女子と入るというのは怪しいシチュエーションだな普通なら。そんな事を思いつつ中へ。

 見た限りは誰もいない。妙な音もしない。念の為個室を一つずつ確認する。大丈夫、何もいない。


「大丈夫そうです。それじゃ廊下で待っています」


「わかりました。ありがとうございます」


 廊下に出てスマホを確認。今は特に何も表示されていない。魔物は近くにいないし、俺からの疑問や質問も無いからだろう。


 そこでふと思い出した。彼女が先程使っていた薬は何なのだろうかと。

 スマホの画面がさっと変化した。


『サルタノール:喘息発作時の呼吸困難を改善する薬剤です。発作が起こった際、及び発作の予兆がある際に使用します。使用は一日四回までで使用間隔は三時間以上空ける必要があります』

 

 トイレへ行ったり薬を取りに行ったりする関係上、念の為にというところだろうか。


『他に心因的な原因で発作が起きる場合があります。また発作が起こると身動きが取れなくなります。それを防ぐため、使用したものと思われます』


 なるほど。何せ入院している位だ。良くない状態なのは間違いない。


 そこまで考えてふと思った。レベルアップで俺は腕力が増えたし魔法が使える様にもなった。なら彼女の病気もレベルアップする事で何とかならないだろうかと。


『レベル二になる事で病状はかなり改善されます。階段を一階分上り下りする程度では発作は出なくなるでしょう。レベル三になれば炎症もかなり治まり、デスクワーク主体の一般人と同程度の運動強度なら問題無くなります。


 またレベル二以上で覚える簡易回復で発作は二時間程度抑える事が可能です。レベル十以上で使用出来る可能性がある完全治療を使用すれば、ほぼ完治状態にする事が可能になります』


 魔法は薬の代わりになる。レベルアップすれば身体は大分楽になる。そして習得魔法によっては完治も可能。思った以上に今の状況、彼女にとっては使えるようだ。

 ならどうするか。レベルが充分に上がるまで此処を拠点とするか。


 実のところ俺自身に何をしようとか何をしたいという目的はない。死ぬのは怖いし苦しそうだから生き延びよう。その程度だ。


 なら彼女の病気治療を第一目的にしてもいいだろう。

 別に彼女に惚れたとか同情したとかではない。彼女の為でもない。彼女自身が生きることを望んでいるかわからないから。


 理由はそれが俺にとって手頃な行動目的だからだ。目的はないよりある方が楽でいい。どう行動するかを考える基準として。


 俺自身、どうしても元の世界に戻りたいなんて思っていない。世界が滅びても実は構わない。

 ただそれでは多分何処かで動けなくなる。何をすればいいかわからなくなって。


 だから行動目的を作る。そこいらによくあるRPGのように。

 ただ世界を救うなんて目的では気分がのらない。だから彼女の存在を使わせて貰う。見た目かわいいしちょっと儚げだしちょうどいい。


 ならその目的の為にはどうするべきか。此処へ留まるか、何処かへ行くか。なら何処かとはどんな場所か。

 以前スマホで表示された、魔物の出現程度についての説明を思い出す。


『魔物は歪みが大きい場所に発生します。また一般に人口密度が高い方が歪みは大きくなります。この世界では複製前の世界の人口百名につきレベル一の魔物一匹が出現すると思って下さい。あくまで目安ですが。


 これは三十五日間、合計の値となります。またレベルが高ければその分多くの歪みが必要となります』


 全部思い出す前にスマホに表示された。なかなか便利だ。その上、更に補足情報まで追加される。


『この病院を中心とする一平方キロメートル内の人口は凡そ七千人程度です』


 つまりレベル一の魔物なら七十体分だ。三十五日毎日発生するとすると、一日あたりレベル一が二匹ずつ。これではレベルアップを続ける事は難しい。


『複製直前の水都市の人口は二十六万人でした』

 

 ならば水都市全体でレベル一の魔物二六〇〇匹。一日あたりレベル一の魔物七十四匹ちょい。

 こちらのレベルが低いうちは問題無い。しかしレベル十以上になったら出現数はかなり減るだろう。

 そうなると此処だけでレベルアップする事は難しい。結論として、ここからはいずれ移動する必要がある。


 なら次に考えるべきは何処へ行くべきかだ。魔物は歪みが大きい場所に発生しやすいと前に読んだ気がする。ならやはり都会を目指すべきなのだろうか。


 そこまで考えたところで水音、そして扉が開く音がした。トイレ終了というところだろう。俺はスマホから目を離す。

 手洗いをしているらしい水の音の後、足音が近づいてきた。


「すみません。お待たせしました」


「それじゃ次はナースステーションだっけか」


 彼女は頷く。


「ええ、いざという時用の薬がある程度ある筈なんです。一階の薬局の方が数はあると思いますけれど、エレベーターを使うのは怖いですし、階段は出来るだけ使いたくないので」


 階段を使いたくないか。先程のスマホの説明でも階段が出てきたなと気づく。つまり普段なら階段を使うと発作を起こしかねないという事だ。


 ならば……

 性急かもしれない。しかし今俺が考えた通りに動くとしたらナースステーションへ行く行動は無駄になる。

 なら無駄に動かないうちに話をするべきだろう。俺はそう判断した。文章を考えつつ口に出す。


「それなのですけれど、先にさっきの部屋に戻って話をしていいですか? 俺からのお願いというか話があるので」


 そう言いつつ、俺は全力で考える。レベルアップの為に此処を出て他の場所へ行こう。その思いつきをどう自然に伝えて誘おうかと。

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