第七話 接触完了
扉を音がしないようゆっくり、細めに開ける。周囲に他の音はしない。そして扉の細い隙間から見える視界内に魔物の姿は見当たらない。
もう少し扉を開く。音はしない。視界内に魔物はまだ見えない。
よし。俺は覚悟を決め、拳銃を両手で下に向けて持つ。扉に寄りかかるようにして体重をかけて一気に開き拳銃を構えた。
いた。右側の廊下、十メートルちょいのところだ。大きさは幼稚園児程度、緑色の肌で全裸。身体に不釣り合いに大きい手と鋭利な爪。
奴は俺から見て左の方を向いている。そちらに何かあるのだろうか。左側の壁に並んでいる扉のひとつを見ているように見える。
ふと思った。ひょっとしてあの扉が籠城している病室だろうか。
「扉から出ないで下さい。廊下に魔物がいます」
もしかしたらあの扉の向こう側にいるかもしれない誰かに向け、そう注意して気づく。もし扉の中が子供で俺の言葉を理解出来なかったら……
拳銃を使うのはまずいかもしれない。万が一廊下に出てきて当たったりしたら洒落にならない。
ゴブリンがこっちを向く。今の俺の声でやっと気づいたようだ。こちらへ向きなおり歩き出す。小さいから速度は遅い。
「もういちど言います。廊下に魔物がいます。扉を閉めて部屋から出ないでください。これから魔物を倒します。倒したとこっちが言うまでそのまま部屋から出ないでください」
俺はそう言いながら拳銃をゴブリンに向ける。万が一の事を考えて、出来るだけ近くまで引き寄せてから撃つことにしよう。
拳銃をまっすぐ構えて狙いを定めて、そして気づいた。まだ撃鉄を起こしていない。あわてて起こして構え直す。
ゴブリンが近づいてきていた。部屋の扉二つ分、五メートル程度。俺は引き金を引いた。轟音と重い手応え、少し遅れて火薬の匂い。
ゴブリンは一瞬ふらついたように見えた。それでも更に一歩前進。俺の三メートル前で前のめりに倒れた。見ると左肩部分がごっそり無くなっている。
これで完全に倒せただろうか。俺は胸ポケットからスマホを出して表示を確認。
『ゴブリンを倒しました。経験値三を獲得』
倒したようだ。しかしまだ油断は出来ない。この建物内にあと一匹いる筈だから。
スマホには魔物についての表示は出ない。すぐ近くにはいないのだろう。なら先に目的の病室に向かうとしよう。
でもその前に、先程注意した分の結果報告。
「この廊下にいた魔物は倒しました。もう一度言います。この廊下にいた魔物は倒しました」
これで聞こえていれば少しは安心するだろう。
さて目的の病室は何処だ。そう思うとスマホがまた矢印表示になった。真っ直ぐ前、ゴブリンが最初にいた方向を示している。
俺は再びスマホと拳銃両方を持った状態で歩き出す。倒れているゴブリンの横を通り先へ。
どうやら左側に並んだ扉は病室らしい。それぞれの扉の横に部屋の番号と患者名を書いた名札が出ている。
スマホ画面に『B二〇一号室』と表示された。そして今いる真横の部屋の表示は『B二〇五号室』。B二〇四号室が無いと仮定するとゴブリンが最初にいた辺りがちょうどB二〇一号室だ。
B二〇三号室の前まで来た。スマホには魔物接近の表示はない。俺は拳銃をホルスターにしまい深呼吸する。
さて、籠城しているのはどんな人だろう。こども病院だし、多分子供だろう。そう思った時だった。
「来てくれてありがとうございます。これから扉を開けます」
声の調子からすると女の子のようだ。先程の俺の言葉と足音で気づいたのだろう。
あと割としっかりしている感じがする。小学生だとしても高学年か、もしくは中学生か。
「わかった。ありがとう」
ガチャ。鍵を開けたような音がした後、二つ先の部屋の扉がゆっくり開いた。
中から姿をのぞかせたのはパジャマ姿の女の子だ。見た目は先程の声の印象と同じ、小学生なら六年、中学生なら一~二年くらいに見える。
顔は結構可愛い方だろう。胸は全然無い感じだけれど年齢的に仕方ない。
「来てくれてありがとうございます。
雰囲気はしっかりしている。やはり中学生くらいだろう。こども病院にいたのは病気の種類によるものだろうか。
「
肩書きが高校生くらいしか思い浮かばなかった。実際俺の高校はここから五キロほど東。だから近くの高校生で間違いはない。
それにしても部屋の中に女の子と二人だけというのは落ち着かない。しかも相手はパジャマという薄着だ。ずっと年下だし露出も全然ないけれど。なんて事を思ってしまう。
「なら魔物を倒して頂いたのに申し訳ありませんが、田谷さんにお願いがあります。これからトイレに行って、そしてナースステーションで薬の追加と、あと水を取ってきたいんです」
確かにそれは必要だろう。特にトイレは。切羽詰まっているとまずい。
「わかりました。行きましょう」
「ありがとうございます。あ、ちょっと待って下さい」
西島さんは一度病室の中に入った。なので俺は扉を押さえて待つ。
中はカーテンで仕切れるタイプの二人部屋。カーテンの柄とテレビが備え付けられている棚のパステールカラーがこども用病院という事を感じさせる。
彼女は棚から事務用のスティックのりくらいの大きさの何かを出した。数回振った後、蓋をとって口にくわえる。そのままゆっくり息を吸って、そして口を離し、更に息をゆっくり吐いて吸ってを繰り返す。
使ったスティックのりっぽいものを棚に置き、もう一つ同じ物を引き出しから出してポケットにしまった。
更にベッドの枕元から八インチくらいのタブレットを手に取る。
「これで少しは大丈夫だと思います。それではお願いします」
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