第三話 レベルアップの恩恵

 自転車より数段速く楽に家へと到着。スクーターを降りてスタンドを立て、そして家へ。


 駐車場に車はまだある。つまり父はまだ会社に出勤していない。しかし家の中に気配はない。父も、そして母の気配も。

 まあ予想通りだ。なにせ百万分の一。この県に二人か三人しか残っていないのだ。家の家族が残っているなんて可能性は非常に低い。


 家に入って、まずはディパックを俺の部屋へ置く。服も学生ズボンとワイシャツでは実用的ではないだろう。もう少し布地が厚くて頑丈そうなもの。それでいて今の気候でも暑くないもの。そう考えてチノパンと長袖ダンガリーシャツを選択。


 あとは武器が欲しい。ゴブリンの爪の範囲より遠くから攻撃出来る武器が。ただ家は普通の家だから槍とか刀なんてある筈ない。


 少し考えてモップの柄で我慢する。こんな棒でもアルミ製でそこそこ丈夫そうだ。何もないよりはましだろう。


 あ、でもこうしたらどうだ。モップの柄の先に刺身包丁をくっつけて、ガムテープでぐるぐる巻きにして止める。


 これでとりあえず槍の代わりに使えるだろう。棒のままよりはずっと武器らしい。


 あとはサバイバル用という事で父のキャンプグッズからナイフや寝袋、マットを失敬。学校用のディパックよりやや大きめで頑丈っぽいザックに入れる。


 よし、これでいいだろう。槍はスクーターで動くのには邪魔だけれど、これくらいは持ったまま走る事が出来るだろう。今更道交法だの軽犯罪法だのなんて気にする必要はない。


 さて、準備は出来たけれどこれからどうしようか。さしあたってやるべき事はレベルアップだ。次のレベルまでゴブリンを三体倒す必要がある。


 あと今日寝る場所の確保も考えなければならない。家とかだと魔物に襲われたりする可能性があるだろう。もっと頑丈で、かつ十メートル位の範囲でしっかり鍵をかけられる場所がいい。

 そうなると高級ホテルあたりがいいのだろうか。扉が頑丈で、かつ部屋がほどよく狭い。


 そこまで考えて思いついた。そう言えば武器や装備を入手できそうな場所があると。

 警察署だ。あそこなら間違いなく拳銃がある。あとは暴徒相手用みたいなプロテクターや盾なんかもあるかもしれない。


 ただ此処からだと警察署、結構遠い。でもまあスクーターなら問題はないか。

 俺は家の戸締まりを確認して、鍵をかけて、そして家を出る。スクーターにまたがり、走り出した。


 ◇◇◇

 

 警察署は高校と反対方向へ2駅行った風間市の、駅から離れた国道沿いにある。取り敢えずは線路沿いのそこそこ太い道を通って、街に入ってから国道側へ行けばいいだろう。


 ただ道路、所々で停まっている車のせいで走りにくい。この道は二車線でそこそこ程度の道幅はあるのだが、通行量もそれなりにある。結果として今は左右縫い縫いしないと通れない状態になっている訳だ。


 しかも今、左手に槍とハンドル両方持っている状態なのでなおさらだ。それに俺は免許をもっていないから、スクーターの運転そのものもまだ慣れていない。

 そんな訳でゆっくりと車を避けつつ走る。


 街に入り、そろそろ駅前という辺りだった。

 ビーッ! ビーッ! ビーッ!

 胸ポケットに入れたスマホが音を鳴らしつつ振動する。先程と同様に魔物出現だろうか。

 右手でスマホを取り出して画面を見る。


『魔物出現! 百メートル以内!』


 スロットルから手を放したのでスクーターは減速。俺はハンドルを握り直し、ブレーキをかけて止める。スタンドを出してバイクを立て、降りて周囲を伺う。


 魔物は何処だ。何処にいるのだ。周囲はそこそこ建物があって死角が多い。ぱっと目には見つけられない。

 ふと思いついた。こういう方法はどうだろう。


「おーい!」


 大声で叫んでみた。魔物が俺の声に気づいてこっちに向かってくるように。

 駅にいた魔物は俺を見ると襲ってきた。だから魔物は人間を認知すると襲おうとする習性があるに違いない。叫んだのはそう思ってだ。


 ガサガサ、左側の家の陰方向から音がした。そっちを見る。出てきた。緑色で尖った耳と口からのぞく牙、大きい手と長い爪。先程と同種のゴブリンだ。


 シャー! 敵は威嚇しつつこっちに向かってきた。二度目のせいか武器があるせいかさっきほどの怖さは感じない。モップと包丁で作った槍をやや下に構えて、そして突き出す。


 ザクッ、あっさり包丁が奴の胸に刺さった。あまりにあっさりすぎて手応えに乏しいと感じる位だ。


 そしてゴブリン、槍が突き刺さったまま更に俺へ間合いを詰めようとする。爪が俺に近づく。


 俺は槍を抜こうと引っ張る。更にゴブリンの爪が近づいた。危ない! とっさに槍の柄を上方向に放り投げる。


 思った以上に槍とゴブリンがあっさり飛んだ。まるで重さが半分以下に減った感じだ。


 刺さった状態のまま三メートル位先の路上に槍から先に落ちる。ゴブリンも槍に刺さったまま路上へ。暗緑色の体液が路上へ流れ出す。


 ゴブリンは少しだけ痙攣するように身体を震わせた。しかしすぐ動かなくなる。

 倒したのだろうか。俺は胸ポケットからスマホを取り出して画面を確認。


『ゴブリンを倒しました。経験値三を獲得。次のレベルまで、経験値は四必要です』


 今回も無事に倒したようだ。

 それにしても随分今のゴブリン、軽かった。俺はゴブリンの処へ行って槍を抜き、ついでにもう少し観察してみる。先程のゴブリンと同じだ。特に小さく軽いという感じには見えない。


 ひょっとして。俺はスマホを見てみる。


『レベルアップした事で、腕力がおよそ二倍に進化しています。ゴブリンが軽く感じたのはそのせいです。

 なおレベル一のゴブリンの体重は概ね十キログラム程です』


 なるほど、レベルアップで俺の腕力が強化されたおかげか。納得した。

 それにしてもこの槍、刺さりすぎだ。貫通して相手に近づかれては危ない。


 ただ今の戦いで槍というかモップの棒にも体液がべっちょりついている。あれに触るのは何となく嫌な感じがした。

 警察署に着けば代わりの武器くらいあるだろう。だから俺は回収せずそのままにしてスクーターに乗る。

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