第二話 俺は改変を認めた

 間違いない。普通では考えられない何かが起きている。そしてその手がかりとなる情報がスマホに表示されるようだ。


 スマホ画面がまた変わった。どういう制御をしているのだろう。気になるが今はそこを気にしている場合ではない。そもそも魔物のゴブリンなんて現実ではあり得ない敵と戦ったばかりだ。


『複製世界が元の世界へ復帰するには、本日から三十五日以内に歪みの総和を規定値以下まで消去する必要があります。

 この条件が達成されない場合、元世界の歪みを拡大させない為に、この複製世界は消去されます』


 消去されるとどうなるのだろう。そう思ったら更に説明が出てきた。

 ご都合主義なのかこっちの心を読まれているのか。わからないがそういった事を気にするのもあまり意味がない気がする。既に現状が充分異常だから。


『消去された世界に配置した人間及び歪みは消え去ります。消え去った世界にいた人間について、元世界でははじめからいなかったとして世界改変されます』


 なるほど。ならこの世界が条件達成できずに消去されたら俺も消え失せる訳か。


 だからと言って『なら一刻も早く歪みを消さないと』と思えない。何せ今までの人生、あまり楽しくはなかった。というか上手く行っていない事ばかり。今通っている高校だって元々は滑り止めとして受けた学校だ。


 俺が生きている理由は死ぬのが怖いから。もしくは死ぬ時の苦痛が嫌だから。あとは惰性。そんなところ。

 だからどうでもいい。それが本音だ。


 説明文が更に下へと現れた。


『歪みは魔物という形で出現します。この魔物を倒す事によって歪みを消去する事が可能です。

 魔物にはレベルがあり、レベルが高いほど高い歪みを持っています。ですから高いレベルの魔物を倒した方が歪みは多く消去可能です。


 ただし魔物はレベルが高い程強くなります。レベル一なら大抵の成人は倒せます。しかしレベル三の魔物をレベル一の一般人が倒すのは難しいでしょう』


 先程ゴブリンを倒した後、俺がレベルアップしたという表示があった。つまり今後もああやって俺のレベルを上げないと危険という事だ。


 今戦ったゴブリンはレベル一。それでも結構危険な敵だった。ならレベルが上がった魔物なら……考えたくない。 


『毎日レベル一つ分ずつ、出現する魔物のレベル上限が開放されていきます。一日目にはレベル一の魔物しか出現しません。ですが二日目にはレベル二までの魔物が出現し、三日目ならレベル三までの魔物が出現する訳です。

 つまり三十五日目には最大でレベル三十五の魔物が出現します』


 つまり最低でも毎日一レベルは上げておかないと酷い目に遭うという事だろうか。


『魔物は出現後ある程度の時間が経つと周囲の歪みを吸収してレベルアップします。概ね一日でレベル一つ分レベルアップすると思って下さい。

 更に魔物も人間同様、敵を倒すことによりレベルアップします。敵を倒すことによってレベルアップした魔物は、出現する魔物のレベル最大値を超える可能性が高くなります』


 前に思った事を訂正。毎日レベルを一ずつ上げる程度では対応出来ない敵が出る可能性があるようだ。

 更に見つけた魔物はできる限り早いうちに倒す必要がある。そうしないとレベルアップして手がつけられなくなる可能性があるから。


『魔物の出現場所は決まっていません。ですが一般的には歪みの多い場所に出現します。

 ただし人がいる十メートル以内には出現しません。また周囲に一定以上の魔物がいる場合も出現しません』


 十メートル以内には出現しないという事なら、頑丈な狭い部屋に水と食料を蓄えて引きこもればいいのだろうか。

 しかしそんな便利な部屋の心当たりはない。それにレベルが高い魔物ならばそんな部屋すら壊されてしまう可能性だってある。


『人も魔物と同様、敵を倒すと経験値を得ます。一定の経験値になるとレベルアップして能力が向上します。体力が向上する他、場合によっては魔法の使用も可能となります』


 これは今し方俺が経験した事だ。つまり強くなるには敵を倒す必要がある。しかもレベルアップすると魔法なんてものが使えるようにらしい。


 普段の俺なら現実に魔法が使えるなんて事は信じない。しかし今は明らかに普段とか普通とか、いわゆる現実とはかけ離れた状態。

 何せゴブリンなんて化け物が出てくるのだ。なら魔法が使える可能性だって無いとは言い切れない。


 ただ魔法が使えるかどうか、どうすればわかるのだろう。俺はスマホ画面を確認する。


『田谷誠司の現在のステータス。レベル:二。総経験値:三。次のレベルまでの必要経験値:七。HP一〇/一〇。MP一/一。

 使用可能魔法(使用回数):簡易回復(一)。灯火(一)』


 既に魔法が二種類使えるようだ。使用回数一だから試しに使うわけにはいかないだろうけれど。いざ必要な場合に困るから。

 そして次のレベルになる為には、今のゴブリンならあと三体倒す必要があるようだ。


 さて、それでは行動にうつろう。世界が変容した事を認めて。このまま待っても電車は来ないだろうし、来ても学校に通う意味はない。そもそもスマホの表示が確かなら学校に人はいない筈。


 まずは家に戻ろう。ディパックが破けてしまった。このままでは教科書その他の荷物を持ち運ぶのすら面倒だ。

 それにどうせならこの状況にあった服装や装備で出直した方がいい。何せ魔物が出る世界なのだ。対策は必要だろう。


 俺はディパックを中身が出ないように抱え、改札口に向かった。誰もいない駅でそれでも動いている自動改札に定期券をタッチして、そして外へ。


 出てなるほどと思った。先程の轟音の原因はこれかと。自動車事故だ。二台が正面衝突に近い形でぶつかっている。


 止まった車の中をのぞいてみる。どっちの車にも誰もいない。いや、いなくなったから事故が起きたのだろう。運転手がいなくなって、惰性で走ったままの車がぶつかった。それがこの事故の原因だ。


 なら家まで自転車ではなく車を調達するのもありかもしれない。そう思って道路の方を見て、そして諦める。


 道のあちこちに自動車が止まったままになっていた。どうやら

 ① 運転手がいなくなり

 ② 惰性で進んで衝突しそうになった時点で

 ③ 自動車の衝突事故防止ブレーキが働いて自動停止した

という状態なのだろう。

 中にはブレーキが間に合わず道路脇やら他の車やらと衝突している車もある。


 つまり道路上は障害物と化した車だらけだ。自動車がすいすいと走れるような空間はない。

 でもバイクなら何とかなるだろう。後で手に入るか探してみよう。そう思いつつ俺は自転車置き場へ。

 

 微妙なところに路上に出たままのスクーターがあった。しかも鍵が刺しっぱなしだ。

 きっとスクーターを止めてヘルメット等を収納した後、押して駐輪場に入れようとする寸前に運転手が消えたのだろう。


 ちょうどいい。俺はシートをあげ、メットイン部分に荷物を入れて、そしてスクーターにまたがる。


 俺は免許は持っていない。しかしこれくらいなら動かせる。スタンドを上げて、キーをONの位置へ。

 スターターボタンを押すとエンジンは簡単にかかった。ゆっくりとスロットルをひねる。

 スクーターはあっさりと前へと走り始めた。

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