八月のレプリカ ~人がほとんどいない複製世界で魔物と戦いつつ二人で旅をする夏休み~

於田縫紀

一日目 七月二八日

プロローグ 世界の複製と装備の確保

第一話 突然の世界改変

 七月二十八日朝七時四八分。夏休み前、最後の登校日。

 天気は雲量三程度の晴れ。気温は測っていないが既に蒸し暑い。


 現在地は通学途中にある自宅最寄り駅のホーム。いつも通りスマホでニュースを見ながら電車を待っていた俺は、突如強い違和感を覚えた。


 スマホの画面から目を離して周囲を見る。一瞬何がおかしいのか気づかなかった。

 何だろう、この違和感は……

 周囲を見回して、そしてやっと気づく。俺以外誰もいないのだ、このホームに。


 田舎とは言え朝の通学時間帯。高校生十数名に会社員らしい大人も数名ホームにいるのが普通だ。実際ついさっきまで何人かいたように思う。

 しかし今は誰もいない。通勤通学時間帯だけ改札口にいる駅員すら見当たらない。


 おかしい、そう思った俺が改めて周囲を見回した時だった。

 ガシャーン! ガシャーン! ドーン!

 大きな音が響き渡った。車が衝突したような音、それも複数だ。


 何事が起こったのだろう。見に行くべきだろうか。

 しかしまもなく乗る予定の電車が来る。その次の電車は三十分後。乗れなければ遅刻だ。


 余分な興味は持たず電車を待つのが正しい。そうは思っても気になる。

 だいたいこの時間誰も駅にいないというのがおかしい。何かが起こっている気がする。何というか超常的な何かが。


 見に行くべきか否か。判断に困った俺は救いを求めるようにスマホの画面を見る。


 先ほどまで見ていたポータルサイトとは違う画面となっていた。何かリンクを押してしまったのだろうか。そう思って俺は画面上の文字を読む。


『世界は変容しました』


 何だこれは、今時流行らないうさんくさい宗教のサイトか?

 そう思いつつも俺は更に先へと読み進める。活字中毒の性として目の前にある文章はとにかく読んでしまうのだ。


『地球及び周辺の歪みが許容限界の九割まで達しました。崩壊を防ぐため臨時的に地球付近の空間を百万個に多重化、歪みの原因である人間及び歪みをそれぞれに分散配置する措置を取りました。


 人間以外の動物は時間停止状態で保管、それ以外の地球における自然物、人工物、植物等については多重化した空間に複製し配置されています』


 何だこの電波な文章は。そうは思うが目が離せない。確かにこの通りなら人が俺以外いなくなったのも理解できるし。


 百万個に分割して人を分散配置したのなら残っている人口は百万分の一。この県の人口だと残っているのは二人か三人。日本全体でも百人ちょいだ。


 時刻表示ではそろそろ乗る予定の電車が到着する筈。それまで、あるいは電車が来ないと確定するまで、この電波っぽい文章を追おうか。

 そう思った時だった。


 ビーッ! ビーッ! ビーッ!

 スマホがブザーのような音を鳴らしつつ振動する。

 画面背景が真っ赤に変わった。


『魔物出現! 二〇メートル以内!』


 えっ! 咄嗟に俺は周囲を見回す。


 いた。幼稚園児くらいの大きさの化け物が。一応形は人型、ただし肌の色は緑色で尖った耳と口からのぞく牙が見た目にも魔物だと訴えている。


 衣服は着ていない。武器も持っていない。しかし両手が身体と比して妙に大きく、そして指の爪が長く尖っている。


 奴はきょろきょろ周囲を見回した。俺の方を見て動きを止め、口を開く。

 シャー! これは威嚇か他の何かか? とりあえず友好的な感じでない事は確かだ。


 何なんだこれは。そう思いつつスマホ画面に目を走らせる。


『敵:ゴブリン(レベル一)。魔物を倒すか、逃げのびて下さい』


 ゲームかよ! そう思ってもどうしようもない。これは現実だ。夢を見ているので無ければ。

 

 シャー! ゴブリンは威嚇するような声を上げながら近づいてくる。向こうもこちらを敵と認めてたようだ。


 逃げるか。しかし足の速さには自信がない。それに此処は駅のホーム上。外に出るには線路上へ飛び降りるか跨線橋を渡るか。

 どう考えても追いつかれそうだ。なんて考えているうちにゴブリンはどんどん近づいてくる。


 シャッ! ゴブリンはそう吠えて手で俺を突こうとした。咄嗟に持っていたディパックで防御。

 ザッ! ディパックに穴が空いて手がめり込んだ。まずい、あの爪はかなり鋭利だ。あんなの当たったら洒落にならない。


 どうしようか。そう思って気づいた。ゴブリン、次の攻撃をかけてこない。

 見ると右手の爪がディパックに刺さったまま抜けないようだ。体操服か何かにひっかかっているらしい。


 チャンスだ。俺はディパックをそのままゴブリン側に押しつけるように投げる。ゴブリンの体勢が崩れた。こいつ、思ったより軽いようだ。


 思い切って前に踏み出してゴブリンを蹴飛ばす。空の段ボール箱を蹴飛ばしたような感触。実際に段ボール箱を蹴飛ばした事はないけれど。


 ゴブリンは仰向けで倒れた。右手はまだバッグから抜けていない。それでも威嚇しながら尖った爪があるまだ自由な左腕を振り回す。


 しかしよく見るとゴブリンの足部分まで爪は届いていない。ならばだ。俺はぎりぎりまで近づくとゴブリンの足を思い切り踏みつけた。

 ぐしゃっという感触。どうやらゴブリン、身体構造は人間より大分柔なようだ。怖いのは手の先にある鋭利な爪だけ。

 

 これでゴブリンは立ち上がれまい。しかしこれではディパックがゴブリンに引っかかったままだ。それにこのままでは危険かもしれない。仲間を呼ばれたりしたら面倒だ。


 止めを刺す必要があるのだろう。スマホにもそう書いてあった。倒すか逃げのびるかだと。

 何か周囲に武器になるものはないだろうか。俺は周囲を見回す。


 ステンレス製のゴミ箱があった。固定はしていないようだ。

 動かせるだろうか。手で持ち上げてみる。割と重いが何とかなりそうだ。


 ゴブリンの処までゴミ箱を持って行く。ゴブリンの横、ぎりぎり爪があたらない場所へと置いた後、ゴブリンの反対側からゴブリン目がけて投げつける。


 ゴミ箱がゴブリンの上に覆い被さる形で倒れた。だがまだゴブリン、動いている。しかしゴミ箱を持ち上げる程の力は無いようだ。

 ならばと俺はゴミ箱の上から思い切り下へ踏みつける。一回、二回、三回……


 ゴブリンが動かなくなった。これで倒せたのだろうか。近づいて観察してみる。動く様子は無いし声も呼吸も無い。


 俺はディパックを引っ張る。多少引っかかった感じはあるが何とか引っ張り出せた。しかし爪で空いた穴から布地が裂けかけている。このまま持ったら布地が裂けて教科書や辞書が出てきてしまいそうだ。


 スマホの表示はどうなったろう。俺はポケットからスマホを取り出す。


『ゴブリンを倒しました。経験値三を獲得。田谷誠司はレベルアップしました。現在のレベルは二です』


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