第6話 本の力

得るものは得たという顔でMGは突き放すように蝶元の肩を押してコンテナの中に放り込む。


「おいっ!MG!…待てよ!」


「…少し静かにしてろよ。」


自分のコードネームを呼ばれ眉を少しあげ、冷酷な眼差しを向ける。御守りを片手にトラックのコンテナは閉められた。中を見渡すよう入口付近に設置された照明がコンテナ内に散らばる蝶元のバックの中身を照らし、その中にはハサミがあった。魔肝物に気を取られたMGは完全に見落としていたようだ。それを縛られた手で持ち上げ、直ぐに縄を切ってくれた春山には感謝だ。他を助けるなどではなく直ぐに縛られもせず積まれた山谷に近寄り、声をかける。


「おい、、しっかりしろ、、、山谷…!」


春山達も自分達で縄を切り、近づいた。

すぅ、すぅ、という可愛らしい寝息だけが聞こえてきて少し安心した。もう少し寝かせてあげよう。そして俺はこの状況を打破しなければならない使命がある。あの男、健太が文字通りの命懸けで作った隙でもある。彼がいなければ俺はWGに木っ端微塵にされていただろう。いや、洒落とかじゃなくてマジで。


「多分山谷は寝ているだけだ…MGってやつの力で傷も完治している、」


それでも付着している顔の血液を俺自らの袖で拭う。


「うぇえええん!大丈夫なのーー??!」


うわ、山谷の取り巻きが縄が解けたらしく来てしまった。いつも通り横にスライドするかの如く避ける。そして例の本を取りだし、開く。

直ぐに嫌悪感を覚えるものの、読めるのはここが最後と震え始めた指先に力を込め読む。


『今日、鳥飛び立つ』

『樹々抜け空裂き人の地見下す』

『空気の流れを把握せよ』

『色彩豊かな春の風』

『熱を纏いし夏の風』

『香り運びし秋の風』

『熱を奪いし冬の風』

『四季折々に風は吹き、肌に当たりし風に乗り、まだ見ぬ未知の大空へ』

『人ならざる英智を得よ』


1ページに1行しかない歪な本を読み進める。

異様な感覚は続いた。簡単な言葉の羅列が次々と頭の中に放り込まれては混ざってゆく。気持ちが悪い。ページはあまり多くないのか。それとも1ページ1ページが内容が少ないからなのか、あっという間に最後のページまで来た。

健太、あの男が言うには最後のページを食す必要があるらしい。乾燥昆布のようなページは確かにあった。どうにでもなれと、引きちぎって口に放り込む。泥のような味にシャリシャリした食感、気持ちが悪いことこの上ない。


「……ン、…ウゲ…!蝶元君!起きろ!」


「…あ?」


肩を激しくゆさり起こすのは春山だ。

俺はあの本を読んで、具合が悪くなって、寝ていた…らしい。口の中に残り続けるこの気持ち悪さが証拠だ。


「蝶元君!山谷さんが目を覚ましたみたい!」


山谷の方へ目を向けると女子の取り巻きの中心でキョトンとしている山谷の姿が確かにあった。良かった。本当に良かった。


「あの、山谷、、?大丈夫か。」


「ん、蝶元くん、災難だったね。私をお姫様抱っこして助けてくれたんだって?ありがとう。まるで王子様だね。」


取り巻きから聞いたのだろうか。恥ずかしくて目も合わせられない。


「あはは、、。とりあえず無事でよかった。

……ほんとに。」


彼女にはいつもの可愛らしい笑顔が戻っていた。もっと会話を展開したいが、何を言えばいいのか分からない。蛍光灯が落ちてきた時守れなかったことを詫びるべきか、助かったことを素直に喜び合うか、様々な思考が巡る中、山谷から話は切り出された。


「んね、蝶元くん、それとみんな。なんで私たちこんな狭いところにいるの?救急車って感じじゃないけど…」


そうであった。まだMGによって拉致された事を山谷は知らないのであった。そこは俺よりも説明適任なお幸せな連中がいる。


「そンれがさ!!急に建物爆発して、外逃げたんよォ!そしたら急にこのトラックに詰め込まれて、俺たち今拉致されてんの!」


「…拉致?!」


「でも大丈夫よ…な!縄解けたのあいつら知らないだろうし、扉開けた瞬間KOよ…!」


腕に力こぶを作ってみせる脳天気な集団を横目に、俺は自分に起きた変化について考えた。

あの本には確かに現実離れした何かがあったのだろう。読むだけで気持ち悪くなってしまうほどの何かが。しかしそれが何をもたらしたのかは分からない。違和感、と言えばほんの少しだけ身体が軽い気がした。そんなことを考えているうちにトラックが止まった。一気に俺達に緊張感が走る。扉を開けようとする音が外から聞こえる。そして扉が空くと同時に山谷と話していた奴が殴りかかった。見事その拳は黒服の男性の鼻頭に命中し、男は鼻血を上げながら吹っ飛んだ。


「へへっ、ざまぁみろ!!」


「はぁ。全員縄解いちゃった訳?」


黒服の横から屈強な男MGが顔を見せた。


「ててて、てめぇよぉ!解放しろ!」


「…そうだ。あの実験って終わってたっけ?」


俺達には目もくれず黒服と会話を始めた。そして手にはなにやらボールみたいなものを黒服から受けとった。


「それじゃ。一旦寝てもらうね。おやすみ。」


コンテナの中にMGが投げ入れたボールは、コロコロと奥まで転がり煙を上げて爆発した。


…その時だった。


「あ…えっ、え?えええええ??!」


とんでもない勢いで俺の体は外へ放り出され、回転した。目が回る。気がつくと建物の上の高さまで俺の体が飛び上がっていた。


「な、ち、蝶元を捕らえろ!!!」


「ふぉぉおあぁああ"!!」


今度は横から吹いた風に文字通り足を引っ張られ体ごと200メートルほど飛ばされた。とてつもなく早いスピードで空を舞う俺は呼吸をするので手一杯で気がついた時には黒服がどこにいるかする分からなかった。


「何が…どうなってるんだ!!?」


その後もあちらこちらに吹く風に呑まれ、海中のクラゲのように抵抗することも出来ず飛ばされた。


「うああああああぁあっ!!?」

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