第2話 譲渡

帰りのホームルームが終わった。今日も色々なことがあった。特に山谷の俺への絡みが多く、対応に困ったものだ。帰りは流石に絡まれないようにとそそくさと学校から出た。


「ったく。静かに生活させてくれよ。」


まだ冷たい風を受けながら早歩きで家の方向へと向かった。春特有の新鮮な空気が肌を撫でては後ろへ流れる。まだ緑を纏わぬ木々の合間からは小鳥の囀りが飛び交う。そんな春の空気に絆され、思考放棄して歩いていた俺の肩に突然手が掛けられた。振り返るとそこには、茶色い帽子とコートを羽織った男がいた。年齢はおそらく30代後半くらいと思われる。こちらに軽く手を挙げ近づいてくる。とても怪しい。


「な、なんですか……?誰ですかあなた。」


「私は…君の可能性を広げに来た。勿論任意

の上でだよ。ま、怪しまれるのも仕方ない

と思っているからさ。会話をしよう。」


突然話しかけられたと思えば今度は俺の可能性がどうだのこうだのと述べる。とてもじゃないが信用出来ない。背を向けようとする俺に対して男がもう一度話しかける。


「…単刀直入に言うとね。君の学校、山風中学校は明日爆破されることになっている。」


続けておかしなことを言うものだ。爆破?馬鹿馬鹿しい。明日は普通に授業もある平日だ。取り壊し作業などの話も聞いていない。


「いやいや、うちの学校まだ新しいんで。取り 壊しとかは考えてないと思いますよ。」


「違う。意図的に君を攫う計画が動いてるんだよ。蝶元 遥斗君。」


「な、何故俺の名前を…!」


ふざけるのも大概にしろ。こいつは俺を拉致すると脅しているのか?だとすれば学校を巻き込む必要なんであるものか。ましてや目立つ爆発まで起こして。言っている事実が滅茶苦茶すぎる。


「ふざけんな。俺を拉致しようってならいまここでやりゃぁ、いいんじゃねぇのか?」


「はぁ…君は親に似て頑固だね。私が攫うって言ってるんじゃなくてそれを伝えて助けようとしてるの。分かるかい。」


どうやら親のことも知られているらしい。


「仮にそうだとして何故俺なんだよ。それに学校の奴らはカンケーないだろうが。」


「大量の負傷者が出れば話は有耶無耶になる。」


「は、はぁ…?意味わかんねーし。もう帰るからな。それじゃぁな。」


後ろに向きかえり歩き出そうとするも歩き出すことが出来なかった。足は上がるのだ。ただ地面を蹴ることが出来ない。まるで地面が足を引っ張るかのように前へ進ませようとさせなかったのだ。男の方をすぐに見る。男は初めて口角を上げていた。


「なんだこれ……。」


「若いもんの言葉で言うなら特殊能力って言うのかな?…フフ。ちょっと君の足の摩擦を上げただけなんだけどね。」


そういいサングラスを少し下に下ろした彼の目は薄翠色に輝いていた。


「へぇ…ありえないけど…かっけぇえ…」


俺にとってそれはとてもかっこよく見えた。それと同時に彼の言葉を信じざる得なくなってしまったわけである。


「これで嘘つきでない事くらいは伝わったかな?蝶元君。」


「爆破の件はさておきアンタが虚言癖野郎ではないと言うのはわかったよ。」


「話が早くて助かる。…君もこの力が欲しいかい?君にも力を得る素質と価値があるんだ。

だから君は狙われ、そして私は君を尋ねた。」


「へぇ…俺も力を?でもそう言うのって何か代償がいるんだろ。片目とか寿命とか…」


「…ある。それが何になるかは分からない。

世の中そんな万能なもの無いのだからね。」


知っていたさ。何かを得るのに何かを払うのなんていつの時代も同じではないか。等価交換ってやつだな。俺は正直迷う。この男が使ったような力が得られるなら勿論欲しいさ。でもその代償が払いきれないものであったらと考えるとゾッとする。


「とりあえず、これを受け取れ。」


男がそういい渡してきたものは一冊の本だった。古びておりくすんだ褐色をしている。

題名も文字も見当たらないが表紙に古代文字に紛れてそうな鳥の絵が書いてあった。


「…これはなんなんだ?」


「それはな。『人鳥伝記』だ。人の考え方や潜在能力を大幅にあげる本と言われている。」


手に受けとり見てみるとごく普通の本のように見えた。大して厚くもない。


「へ、へぇ。人鳥伝記ねぇ。とりあえず俺が持っといていいのかこれ。」


「蝶元君よ。君の父親にもその話をして話し合うんだ。」


「親と相談って……こんなこと信じて貰えるわけがないよ。」


「いや。伝わるんだ。私は君の父親を知っている。彼なら知っているはずだ。人鳥伝記を。

彼とよく話し合ってからその本を読め。そして最後のページに昆布みたいなページがあるから破って食す。これがこの本で能力を得ることについて私が知ることだ…」


「そうか…まぁ、話してみるとするよ。

アンタの名前は?」


「私か。私は健太。明日…気をつけろよ。

奴らの計画が本当に実行されれば君達は

助かる保証は無い…。」


「ったく…急に信じろとか馬鹿らしい。」


健太と遥斗は背を向けて歩き出した。


その晩、父親にあったことをそのまま話した。

信じて貰えないかと思ったが、案外呑み込みが良かった。


「…そうか。健太と会ったのか。元気そうでよかった。あと、その本。本当に必要だと思ったら読むといい。…例えどんな代償があっても受け入れる覚悟があるのなら俺は反対しない。

…それと明日そんなことがあるなら学校行かなくてもいいぞ。その判断もお前次第だがな。」


面識があるようだが、触れないようにしてることを察し、話を続けた。


「…行くよ。本読む覚悟はまだ出来てないけど彼の言葉が本当なのか確かめる義務が俺にある気がするんだ。」


「…死ぬなよ。」


普段あまり子供思いなところがない父が真剣に話をしていた。少し嬉しい気もした。部屋に戻り本の表紙を眺めて躊躇いつつもページを開いた。嫌悪感と眠気でこの日は本を閉じて寝てしまった。

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