人鳥伝記
光竹
第1話 日常
暦の上ではとっくに春が来たらしい。多すぎる雪もだいぶ解けてきて、植物も活動準備を始める時期である。
俺は蝶元 遥斗(ちょうげん はると)
昨年の今頃に関東から北海道の山風中学校来た転校生だ。
中学に上がるタイミングということもあり
教室は白々しい空気であった。だから特別扱いという訳でもなくごく普通なコミュニケーションを交わし、順調に人間関係を築くことに成功した。
「蝶元君、おはよう。」
早速教室に入って数秒で話しかけられた。
彼は春山 純(はるやま じゅん)。
新学期そうそう出来た友達の1人。まだあまり多くのことは知らないが、アニメ好きなことと勉学が得意なことくらいは話していて分かった。
小柄でいつもニコニコ楽しそうに話す。私は勉学は得意では無いが彼は恐らく分け隔てなく話してくれるであろう。他にも数名、話せるくらいの仲間が出来ていた。とくに春山と共に行動していた、草田 透(くさだ とおる)はよく会話に参加する。ガタイがとても良く、髪はさっぱり刈り上げられている。彼はゲームが大好きである。ゲーム好きに、アニメ好き、俺はどちらもあまり興味がなかったため、男子3人で話す時は話がバラバラになり、理解し合うことは叶わなかったのだが、何故かそれが楽しく会話として成立しているのが現状である。
「蝶元はえーな!おはよーーん。」
そうこう考えているうちに草田も登校し俺達の会話に参加する。これがいつも通りの朝のルーティーンと化していた。朝のホームルームまでの10分と少し。この時間は朝の憂鬱さと気だるさを少し忘れさせた。
ウトウトしながらも、始まった授業を受ける。
さっきも言ったように俺は勉学が苦手だ。
特に英語なんて呪文を聞いているかのようであった。そして英語の苦痛は他にもある。
それが、ペアワークである。人を選べずに強制的に勉学を共にさせられるこの苦痛を分かるのはいわゆる"陰キャ"しか居ないのだろう。そして昨年同様始まってしまったペアワーク。
「蝶元君…だよね!よろしくね。」
先に声を発したのは隣の席の女子であった。名前を覚えられていた驚きを隠しつつ相槌を打つ。艶のある髪は肩まであり、顔の輪郭も整っている理想の可愛さを感じた。しかし、陰キャの俺に気を遣うように取り繕った笑顔。俺はこれだけは大の嫌いである。気を使わせてしまったという罪悪感と、俺に無理やり合わせようとするその笑顔に見下されたような嫌悪を感じるからである。
「うん。俺は蝶元。君は…?」
俺が釣り合いの無い陽キャの顔をいちいち覚えているはずがないのである。本来名前を聞く必要さえない所なのだが、生憎ペアワークプリントという下らない紙に、ペアの人の名を書く必要があった。
「名前まだ覚えてくれてなかったのー??
も〜うっ私の名前は、まな!」
可愛い。…じゃなくて明るい人だ。思っていたより悪い人では無いのだろうか。
「…ごめん。苗字もわかんないや…」
「ええーーー!」
山谷 愛菜(やまたに まな)。忘れないようにと何度も言われ、適当な雑談で誤魔化したりしていたらあっという間にペアワーク終了の時間となり、デタラメをプリントに無理やり書き込む。軽く山谷と目が合ったため、会釈を入れプリントを前へと渡す。この1番左の後ろから2番目という強ポジは改めて考えてみても最高だ。居眠りがバレにくいことに加え、温度調節も自由である。ただ、日光が眩しいことと、隣がよく話しかけてきてうるさいことを除いては。
給食中の山谷もよく喋る。食べてる時は話さない事や、手を洗ったあとにハンカチを使う几帳面さから、ただうるさいだけのやつでは無いとわかった。では何が気に食わないのかと言うと単純に釣り合いがない俺と山谷が会話を交わすこと自体が周りの男子の恨みを買うのだ。余計な敵は増やしたくないのである。
昼休みになるとすぐに春山と草田が俺の席に来て会話が始まった。山谷も一軍の方へと歩いていく。
──山谷は人気者で俺と話すことすら
おこがましい。なのに何故気にする。
「おーい。蝶元ー?聞いてるのか?
蝶元、山谷のこと見すぎだろ〜
好きなのか〜?お?おっ???」
草田の悪ノリだ。好き?そんな訳ないだろう。
だって、彼女と俺は住んでる世界が違……
──まただよ。また、俺は"だって"という言葉で
逃げる。自分もみんなも大嫌いだ。
ほっといてくれよ。
「はぁ。ちょっとふらついてくる。」
「はは。相変わらず分からんやつだなぁ…」
そそくさと廊下に出て突き当たりまで歩く。
そこにある空き教室は今は誰にも使われていないため、好きに使える。ここで本を読むのが俺は好きだ。誰にも干渉されないこの時間が。
五月蝿い世界とは孤立されたこの空間で本を
読む。ああ。静かで落ち着───
「いたーーーーー!こんなとこに!」
「へぇ、この子が蝶元君ねぇ、」
「こんなとこで本なんて陰キャかよw」
「は?」
誰だこいつら。何か知らんが山谷のやつが一軍連れて俺の空間に入ってきやがった。
「いやぁ、凄い勢いで歩いてたからさ。
どこ行くのかなって思ってね!」
まったくこの人の興味はもっと別の人に
向くべきだ。俺みたいな陰キャに構って勘違いさせるつもりなのだろうか。しかしこの時あまり不快に思ってなかった自分には心底驚いた。
こんな俺にも青春(?)的なものが来るとは思っていなかった。変わらない日常なんてつまらないと思っていたけど捨てたもんじゃないのかもしれないな。そんなことを呑気に考えていた。
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