番外編㉓ 恭介の入院②(陽菜視点)
恭介くんが骨折して救急車で病院に運ばれてしまった時にかすり傷だけど怪我をしていた奏くんを一緒に保護して病院に連れて行った。
その後、奏くんから電話番号を聞いて奏くんのおばあちゃんの家に電話した時に電話に出たのが響ちゃんだった。
『はい、英です。今、祖母は留守にしています』
そう言って電話に出た響ちゃんの声は今考えると少し自信がなさげだった。
「あの、私はみどりの市に住んでいる姫川といいます。奏くんから番号を聞いて電話をかけています」
『えっ!? 奏から? か、奏がどうかしたんですか?』
電話越しでも分かるくらいに緊張している響ちゃん。そうだよね、その時は響ちゃんが奏くんのお姉ちゃんだってことは分かってなかったけど、弟から電話番号を聞いて電話したって言われたら心配になるよね。
「ちょっと待ってくださいね。奏くんと代わるんで……(ゴソゴソ)……『あ、お姉ちゃん……ゴメン、ちょっとジャングルジムで遊んでて落ちてケガをしちゃって、それでお兄ちゃんが骨折して』」
ああ、私の口からもっと説明してから代わればよかったと思いつつ電話をもう一度返してもらって……
「あ、でも命に別状とかないんで大丈夫ですし、奏くんはかすり傷なんで……病院の名前は『西園寺共生会病院』です。受付で名前を言って貰えれば分かるようにしておきますから」
そこまで話したところで響ちゃんは取るものもとりあえずに飛んできてくれた。
…
……
………
「でもこうして心臓移植をしている同年代の人と知り合えるなんてびっくりしたよ」
恭介くんに差し入れで持ってきていたバナナを恭介くんやクラスメイトのみんなと一緒に食べながら響ちゃんと会話する。
「でも姫川さんはすごいですよね。中学一年生で心臓移植って不安じゃなかったですか?」
響ちゃんの言葉にみんながウンウンと頷く。
「いや、恭ちゃん……恭介くんがそばにいて力づけてくれたから。響ちゃんの方こそ中学生になるまで健康でそこから急に体調を崩しちゃったなら不安になったでしょ」
響ちゃんは中学生の時まで健康でテニスを頑張っていたんだけど、中学二年生の時に『特発性拡張型心筋症』って病気で倒れてそれからは補助人工心臓の助けを受けながら高校受験、高校入学後に心臓移植手術を受けることが出来たので留年なんかはせずに済んだけどちょっと勉強についていくのが大変らしい。
学年は私たちの一学年下の高校二年生。今は夏休みだから山口県からみどりの市に住んでるおばあちゃんの家に来てるんだって。
「英さんもお見舞いに来るんだったら勉強道具を持っておいでよ。どうせ俺もこの病室で暇してるから遅れてるんだったら俺でわかる範囲だったら教えてあげることもできると思うし」
二回目にお見舞いに来た時に恭介くんが発した一言に最初は遠慮しようとした響ちゃんだけど、うちのクラスの女子も恭介くんに勉強を教えてもらっているのを見て、三回目以降のお見舞いは苦手科目の参考書を持ってきて一緒に勉強している。
「僕も夏休みの宿題頑張る~!」
奏くんが一緒に勉強するために夏休みの課題帳を持ってきてるからそっちは私も見てあげている。
高校二年生の勉強も教えられないことはないけど恭介くんの方が説明が論理的で上手だから。
「姫お姉ちゃん、この算数の問題はどう解いたらいいの?」
奏くんの質問に課題帖を覗き込む。う~ん、小学生の算数ってどうしてxとかyとか使わないで問題を解かせるんだろう。逆に難しいよぉ……
「響ちゃん、恭介くんの説明で分からないところない?」
奏くんの課題をあ~でもない、こ~でもないと2人で解決した後で響ちゃんに声をかける。
「えっと……多々良さんの説明はすごく分かりやすいです。分からないところ、つまずきやすいところが分かってるからそういう場所をしっかり説明してくれるって言うか」
「ああ、恭介くんってどっちかって言うと努力型の秀才さんだから。友達に一回教わったらそのまま全部分かるようになっちゃうしずくちゃんっていう頭のいい子がいるんだけど、恭介くんはどっちかっていうと分からなくても分かるまで努力するタイプだから
そう言いながらもしずくちゃんはさらに一周まわって分からない人がなんで分からないかまで見極めちゃうから教え方が上手いんだけどね。
「陽菜、ほめ過ぎ。英さんは手術とリハビリで大変だった頃の高校一年生の基礎でちょっと躓いてるだけだから今やってるみたいに積み上げしていけば絶対追いつくから頑張ってね」
「は、はい。頑張ります!」
むぅ、響ちゃんが恭介くんに声をかけられてちょっと赤くなってる。響ちゃんはちゃんと一線引ける子だと思うし山口に男の子の幼馴染がいるって聞いてるし大丈夫だと思うけど。
…
……
…………
それから1週間ほどして恭介くんの退院の日。この日も響ちゃんはお見舞いに来てくれた。
もうお盆が目前に迫ってきているけど響ちゃんはお盆明けに山口に帰るみたい。
私も通っている心臓移植後の定期通院はこの病院で受けられるそうで長期の滞在をしているみたい。
恭介くんのギブスは相変わらず右手はガチガチで肩から吊られたままだけど、左手の方が指二本をグルグル巻きにしただけの固定に変わってずいぶん軽く見える。
すっかり片付いた病室の中で最後の挨拶。
恭介くんが右手を差し出しているけど響ちゃんが「?」って感じの顔をしているので私が手をグーにして恭介くんのギブスの先っぽにコツンって当ててみせる。
「こんな感じでコツンってやればいいんだよ、響ちゃん奏くん」
恭介くんがたまにやるフィストバンプだ。ギブスだけど。響ちゃんと奏くんの順でコツン、コツンってやっている。
「そう言えば英さんって病気になるまではテニスをやっていたんだよね。これからはテニスはやらないの?」
恭介くんが響ちゃんに質問する。雑談の時にちょっとだけそんな話をしてたけどその時はクラスの女子もいたから話しにくいかなって思って
「テニスは……高校の入学祝いにおじいちゃんが送ってくれたラケットがあったんですけどその時にはもう補助人工心臓でしたから……その後おじいちゃんも亡くなってなんとなく形見みたいになっちゃいましたけど、いつか再開したいなって。
……そう思ってたんですケド……やっぱり体力がすっごく落ちちゃってて。でも、本当は好きなんです。ただ、しばらくはやる機会もなかったから出来なかったんだけど」
「そっか……だったらまたこっちに来た時に俺達にテニスを教えてよ! コートは俺が何とかするからさ! 陽菜も俺も友達もみんな素人だから……今回勉強教えたお礼ってことで。今すぐにはできないけど治したら前よりも鍛えるし」
そう言って右腕をポンって叩きながら笑う。相変わらず恭介くんだなぁって思う。
「そうですね。またラケット握りたいかもです。私の苗字って『英』の字じゃないですか。いつか全英オープンに出られたら面白いなって思って小さい頃は頑張っていたんです」
ちょっとはにかむように響ちゃんが微笑む。
「だったら僕がぜんえーおーぷんに出るぅ~」
奏くんが大きな声で叫ぶ。
響ちゃんは小学生の頃からお父さんからテニスを仕込まれていたらしいけど響ちゃんの心臓病が発症して、お父さんが忙しくなっちゃったから奏くんはテニスを教えてもらうことができなかったらしい。
「だったらお姉ちゃんと一緒にテニスする? 奏だったらいつか全英オープンに出られるかもね」
そういって奏くんの頭を撫でている響ちゃんの表情にはもう暗い影はない。どこか吹っ切れてさっぱりした顔をしていた。
「それじゃあ、約束。みんなで今度はテニスをしよう。指きりげんまん嘘ついたら針千本の~ます。指切った」
恭介くんの言葉でみんなで左手の小指を絡めて指きり。私も一緒に指切りする。
「それじゃあ姫お姉ちゃんまたね~」
奏くんがひときわ大きくブンブン手を振って病室を出ていく。元気な子だなぁ。
「はぁ……これだから陽菜は無自覚って言われるんだよ……」
恭介くんが奏くんたちの後姿を見送ってから私に話しかけてくる。
「えっ? 私?」
「うん、奏のやつも苦労すると思うよ。初恋相手が陽菜だと大変だろうなぁ」
「えっ、ええっ!?」
「まあ陽菜のことは絶対誰にも渡さないから失恋確定だし……全英オープン優勝者から求婚されても陽菜はよそ見なんてしないよね」
そう言うと恭介くんは恭ちゃんみたいないたずらっぽい顔で笑った。
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ヒナが会った英響ちゃんとこちらでの英響ちゃんは移植時期が違います。
元の世界の英響ちゃんは中学3年生の冬に恭介の心臓を移植しています。そのため受験できずに現時点で高校1年生です。
こっちの世界の英響ちゃんは高校1年で入学後に別の心臓を移植できたのですが、高校進学後に手術とリハビリが入ったために授業についていけなくなりました。
テニスについては作中で描かれた通りです。
ちょっとした小話
響ちゃんが持ってきてくれたバナナをみんなで食べながら食べ方談義。
女子1「だからこうやって下からレロォって舐めると一番気持ちいいところに当たるんだって」
女子2「そうなの? 先っぽ咥えてジュポジュポ音を立てたらいいんじゃないの?」
女子3「違うって、こうやって喉奥までツッコんで……げほっげほっ」
女子4「実際にヤッたことないくせ無理しやがって」
女子5「響ちゃんは経験あるの?」
響「え!? 経験ってバナナ食べる話じゃないんですか?」
女子ーズ「「「「「またまた、カマトトぶっちゃって、こんなに可愛いんだし。ね、陽菜ちゃん」」」」」
陽菜「バナナを食べるときは普通に口を開いてかぷって先っぽから噛み切って食べればいいと思うよ。モグモグ」
全員「「「「「「噛みちぎるの!?」」」」」」
それまで
次回、恭介くんが本格的に受験勉強をスタートします。
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