番外編㉒ 恭介の入院①(陽菜視点)

 恭介くんが剣道の全国大会を前にして入院することになってしまった。


 夏休みに入ってすぐの負傷。県大会2位という順位で今回の全国高校総体剣道大会への出場切符を手に入れていた恭介くんにとっては結構致命的な怪我。


 右腕の骨折と左の人差し指と中指の骨折である。


 明日の8月3日から6日までの4日間の全国大会。今の時点で岡山の病院にて入院生活を送っている恭介くんは不戦敗ということになってしまった。

 恭介くんの狙っていた剣道での推薦入学には赤信号が灯ってブレーキがかかってしまった。


「まあ仕方ないよ。竜王旗は去年と今年で優勝と準優勝だけど小烏こがらす石動いするぎさんにおんぶにだっこみたいな内容だったし、ちゃんと受験をして大学には入るから」

 そう言いながら病室の電動ベッドの背もたれ部分の角度を椅子のように立てて、ベッドをまたぐように置かれたテーブルの上の参考書を器用に左手の親指と薬指でめくっている。

 病衣を着ているがその顔はさっぱりしていて前をしっかり向いているからちょっと安心。落ち込んでるって顔はしていない。


「恭介くんの成績なら入試も心配ないと思うけど早く手が使えるようにならないと不便だよね」

 入院中の個室で果物ナイフを使ってリンゴを剥きながら私が答える。前回恭介くんが入院していたこの世界に来てすぐの頃は私はお見舞いに来れなかったのでこうやってお世話できるのがちょっと嬉しかったりする。


「でもひよりちゃんたちはインターハイに行っちゃったんでしょ? ちょっと寂しいよね」

 クラスメイトの女子の一人神谷さんが話しに入ってくる。恭介くんの病室はクラスの女子、特に2年5組だった女の子にとっては勝手知ったる病室? らしく、受験勉強を教えてもらうという名目で入れ替わり立ち代わりでいろんな女の子がやってくる。

 恭介くんのことは信じてるがいろいろ緩い部分(特に男子としてのたしなみ)が不足しているので恭介くん私の彼氏がサービスし過ぎないようにしっかりと手綱を引き締めている。


 今回の高校総体は北海道ほど遠くないので(といっても大分は近くないけど)ひよりちゃんとまるちゃんが出場してる女子剣道部はそれなりの人数が顧問の近藤先生と一緒にバスで現地に向かったそうだ。

 本来なら恭介くんも出場選手だったから私も行こうと思っていたんだけどお見舞いのため不参加、今年もみおちゃんが刀剣女士のアシスタント兼カメラマンとして大会に同行している。


 しずくちゃんも土日は予備校の模試が入っていて忙しいし、恭介くんの貞操が守れるのは私だけだから気合を入れないと。


「陽菜、大丈夫だから。うちのクラスの女子で不埒なマネをするような子はもういないから」

 私がフンスと気合を入れて手をグーにして握りこぶしを作っていると恭介くんが指を固定されて包帯を巻かれている左手でなでなでしてくれた。

 実際に入院してから早一週間、みんな恭介くんの見舞いついでに真面目に勉強している。個室の中にパイプ椅子が6つも運び込まれて誰が持ち込んだのか画版(懐かしい、小学校の頃にスケッチの時に使っていたやつだ)が何枚か立てかけられてて勉強の時の机がわりにみんなが使っている。


 トントン

「どうぞ」

 カラカラカラカラ~


 ノックの音に恭介くんが答えると小学生の小さな男の子が入ってくる。黒髪のオカッパで整った顔をした可愛い男の子。

「恭介お兄ちゃん、お見舞いに来たよ」

「「「「「きゃ~、この子がかなでくん? 噂には聞いていたけどめちゃくちゃ可愛い」」」」」

 そう言って病室にたむろして女子5人が奏くんを取り囲む。う~ん、貞操逆転してることを考えると元の世界で男子高生が小学生の女の子に群がってるみたいな状況。

 あまり望ましくない?


「いらっしゃい、奏。今日はお姉ちゃんは?」

 恭介くんが女子に絡まれている奏くんを呼び寄せて左手で頭を撫でている。なんかスマホのシャッター音が女子の方から響いてるけどまあこれは放っておこう。


「お姉ちゃんは今売店に行ってる。僕だけで先に来ちゃった。恭介お兄ちゃん、手は痛くない?」

「ああ、大丈夫。ぽっきり綺麗に折れてるらしいからもうくっつき始めてるらしいぞ。早ければ後2週間でギブスは取れるって」

 この会話はこの一週間ほぼ毎日行われていて最初は心配した奏くんが泣いちゃったりもした。

 そう、この奏くんが恭介くんの骨折の原因になった男の子なのだ。


 先週の話、他の県出身の奏くんがこの辺りに住んでいるおばあちゃんのところに遊びに来た時のことだった。

 私と恭介くんの家のすぐ近くにある公園で遊んでいた奏くん。色んな遊具で遊んでいたんだけど恭介くんが通りかかった時はジャングルジムに上って一番上で遠くを眺めたりそこから水鉄砲を撃ってどこまで届くかみたいな遊びをしてたらしい。


 実はこのジャングルジム、上から二段目の横棒が一か所折れて脱落していて、そこをきちんと削って危なくないようにしてそのままになっていたんだけど奏くんはそのことを知らなかった。

 地元の子たちは二段目に大きな隙間があるからそこから中に入って遊んだりするためのエスケープゾーンみたいな使い方をしたりしていたんだけど奏くんは遠くから来て一人で遊んでいたからそんなことは当然知らない。


 恭介くんと私が小さい頃からそうだった(不思議なことに元の世界でも貞操逆転世界でもそうなっていた)から地元の子には申し送り事項みたいになってて当然知られてる話だし、そもそも地元の子はジャングルジムは落ちると危ないので一人では遊ばないというルールが徹底されていた。


 その日高校の剣道部で部活をして帰り道の恭介くんはいつものようにショートカットとして公園を抜けようとしたそうだ。そう言えばヒナちゃんと恭介くんが付き合うようになったあの雨の日も公園をショートカットしようとしたって言っていたっけ?


 なんとなく横目でジャングルジムで一人で遊ぶ男の子を見て危ないなぁって思った恭介くん。その瞬間、あっという声を出すと二段目にあるはずの横棒を踏み外して体勢を崩して空中に投げ出される奏くん。


「危なっ……」

 とっさの判断力と瞬発力で前に飛び込むようにして奏くんを抱きとめた恭介くんだけど自分の勢いが強すぎてその勢いを殺すために腕をジャングルジムに絡め、指で地面を突いた……その結果としての右腕骨折と左手の人差し指と中指骨折となってしまった。

 奏くんにほんのかすり傷しかなかったのは本当に凄いけど、激痛による恭介くんの叫び声を家の裏の公園から聞かされて救急車を呼んだときは生きた心地がしなかったよ。


 その後入院して一週間。看護師の若山あさかさんもいるし、クラスメイトも来るし私もほぼ付きっきりだから恭介くん的には遅れてた受験勉強を取り戻す機会くらいにしか思っていなさそう。

「大丈夫だよ。こう見えて恭介お兄ちゃんは成績もいいから」

「そうそう、お世話になってます」

「恭介くんに教えてもらうとやる気が出るから」

「私たちも夏休みにこんなに勉強するとは思わなかった」

「これだと志望校のランクが一つアップ出来ちゃうかも!?」

「大学ランクアップしたら男の子ナンパしても勝率絶対上がるよね? 勝ったなガハハ」

 恭介くんの言葉にクラスのみんなが答えてる。もう、調子いいんだから。


「あ、お姉ちゃん!」

「し、失礼します。多々良さん、何か困っていることはないですか?」

 カラカラと静かに音を立てないようにしながら病室の扉が開いて黒髪をショートカットにした元気そうな女の子、奏くんのお姉さんのはなぶさひびきちゃんが入ってきた。


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こちらでの英響ちゃんとの出会いの話です。


ちょっとした小話

(クラスの女子5人による噂話)

「恭介くんが入院してるでしょ」

「うん、個室だよね? 私も何回かお見舞いと称して遊びに行ったよ」

「せめて受験勉強しに行ったってカモフラージュしなさい」

「まあそれはそれとして恭介くんがどうしたの?」

「両手ケガしてるからおしっこが自分で出来ないらしいんだよね」

「「「「まっ!?」」」」

「ちょっ!? 姫ちゃんっておしっこの世話までしてるの?」

「う~ん、恋人同士だしあれだけ病室に入り浸ってるからね……下の世話全般とか」

「うわぁ……ちょっと羨ましいような引くような……」

「でもあの2人ならそういう大変なのも乗り越えちゃんだろうなって信頼感みたいなのはあるよね」

「「「「はぁ~」」」」

「ため息ついてても幸せが逃げるだけらしいから頑張って大学行っていい男見つけよう!」

「「「「お~!」」」」


ちょっとした小話2

(病室にて)

恭介「ねぇ陽菜? なんで最近クラスの女子から『姫ちゃん』って呼ばれてるの?」

陽菜「え!? な、なんでだろうね? 私の苗字が姫川だからとかそんなことじゃないのかな」

恭介「ふ~ん、そんなものかな」

陽菜(い、言えない……恭介くんにお姫様扱いされてるからみんなから『姫ちゃんって呼ばれるようになったんて……)


というわけで実は恭介は三年生の全国大会は出られてなかったのでした。

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