ヒナアフター番外編⑨ 患者会にて④(英響視点)
今日は臓器移植の患者会ということで私こと
宇部市は有名なアニメの監督である庵野秀明さんの生まれ故郷。
私が日頃通学に使っている宇部線の駅の一つである宇部新川駅が最終作の『シン・エヴァンゲリオン』に登場したということで地元では話題になった。本当に田舎の駅(階段が木製!)だけどね。
今回は私が心臓の移植をした時に担当してくれた臓器移植コーディネーターの皆川さんから誘われて参加することにした。
久しぶりに皆川さんに会いたかったし、同じように心臓の移植手術をした高校生も参加するって聞いたから。
…
……
………
「初めまして。姫川ヒナと言います。高校三年生で今日は岡山から来ています。私は心臓の病気で小学生の最後の方は半分寝たきりみたいになっていたのですが、中学1年生の時に移植して貰ったこの心臓のおかげで今は元気に生きています。
私には夢があります。大事な人が私にくれた夢です。臓器移植コーディネーターになって臓器を提供したいと思って下さる人と移植を受けたい人を繋いでいければと思います」
隣の席のお姉さん……だよね? 背は低くいけど凄く凄くハキハキと話すしっかりした人で髪の毛はセミロングなんだけど前髪は右だけ伸ばして右目を覆っていた。
立ち居振る舞いなのかな? 背は低いのに背筋がピンと伸びていて、それだけで実際以上に大きく見えるし年上なんだなぁって思った。いや、どちらかというスレンダーな私から見るとあのおっぱいは確実に年上って感じだけど。
私の母の実家が岡山なのでそこもちょっと親近感がある。
その後続けて子宮頸がんというガンになったという話をされたのでちょっとびっくりする。
でもその目はまっすぐ未来を見据えていて美人だけど意志が強そうで……カッコいいなって思った。
次に私の自己紹介、臓器移植で貰った心臓のおかげでテニスのプレイヤーとして復帰することができた。昔お父さんがテニスの選手でその影響で小さい頃からラケットを握ってきたけど中学で心臓の病気になってもう二度とラケットを持ってコートを駆けることなんてできないと思っていたのに、移植してもらった今の心臓は凄く元気でタフで力強くて……昔以上に走れるようになったことを思うと感極まって泣いてしまった。うう、恥ずかしい。
その時だった……隣の席に座っていた姫川さんがすっと立ち上がると私のことを抱き寄せて抱きしめてくれた。私の頭を抱え込むようにされるので私はなされるがまま椅子に座り直してその胸に身をゆだねる。
柔らかく包みこまれた腕の中で、ドクンドクンと力強く響いてる姫川さんの心臓の鼓動。
そのまましばらく周り中が何も言わずにすすり泣く声や鼻をかむ音なんかが聞こえてたけどなぜか私は落ち着いて……と思ったら姫川さんが私の手をギュって掴んだ。
「ちょっとトイレに行ってメイク直してきます。お話進めておいてください」
そのまま手を引かれてお手洗いへ。私は基本ノーメイク(高校一年生でノーメイクっておかしいのかな? 私の周りの子はメイクしてる子が3割くらいって感じだけど田舎だから)なんだけど姫川さんはちょっと目の周りが黒くなってた。
「いや~、ゴメンね。結構涙もろくってさ、いつでもメイクが直せるよう一式持ってるんだよね」
そういうと姫川さんは鏡に向かってテキパキとメイク落としをしてささっとメイクを直していく。顔の右側の肌が少し色が違っているみたいでファンデーションをのせてあっという間に美人さんに戻る。
その間、私はトイレの洗面台で顔を洗って姫川さんに借りたタオルで顔を拭いてさっぱりしていた。緑のタオルに黒猫のワンポイントの刺繍が可愛い。
ちょっと目の周りが赤くなっていることを除けばいつもの見慣れた自分の顔。
友達からはテニスしてる時は凄いけどいつもは抜けてる感じだよねって言われるのほほんとした感じが漂っちゃってる。
何だろう……姫川さんといると落ち着くんだよね。
「お待たせ、って……
みたいなことを言いながら私のほっぺたを撫でてくる。
「ひ、日焼け止めくらいしてますからぁ」
あまりにもムニムニされるので思わず言ったら「日焼け止めはメイクじゃないから! ひよりみたいなこと言わないで」って返されて爆笑されちゃった。
「ふ~ん」
私の顔を見ながら姫川さんがニヤニヤしてる。
「そ、そろそろ会場に戻りましょう、姫川さん」
ちょっと不安になったのでそういうと「ヒナ」と一言返ってくる。
「ヒナって呼んで欲しいな。友達からはそう呼ばれてるし」
「じゃあ、ヒナお姉ちゃん……ってダメですよね?」
一つ年上のお姉さんで落ち着いててカッコよくって……弟が一人いるだけの私にはずっと欲しかったお姉ちゃんみたいに感じられたので聞いてみるともう一度ギュって抱きしめられる。
「じゃあ、私はひびきって呼んでいい? いや……キョウって呼んでもイイかな?」
私は学校では「ひびっちゃん」とか「インフルちゃん」「インちゃん」(英響で『えいきょう』=『インフルエンサー』?)なんて呼ばれてるので「キョウ」っていうのは初めて呼ばれたかも。
私が頷くとヒナお姉ちゃんは私の体を放すと顔を覗き込んだ。
「もうちょっと時間はあるからこっちに来て、キョウ」
そういうとトイレの個室に連れ込まれる。洋式トイレの蓋を下ろしたままの蓋の上に座らされる。
「ちょ!? ヒナお姉ちゃん?」
「大丈夫大丈夫。かる~くナチュラルメイクするだけ……痛くないし怖くないから。本当は多目的トイレとか使えばいいんだけど、今日はほら、いろんな人が来てるからそんなに時間占有する気はないけど迷惑になったら困っちゃうでしょ?」
そういうと私のことを宝物を扱うような手つきでそれこそあっという間に私の顔にほぼ生まれて初めて(七五三とかお遊戯会? 以来)のお化粧を施していく。
「うん、出来た」
最後に姫川さんの持っていた口紅? の先端をコットンでそぎ取るように拭うと新品の刷毛を出してそれを使って私の唇に色をのせる。
そして手に持っていた口紅を私に渡してくれる。
「これは?」
「ナチュラルリップ……まあリップクリームみたいなものだから、ほら……ちょっと立って鏡見てみてよ」
言われてトイレの個室を出て鏡の中の自分を覗き込む。そこにはすごく可愛くなった女の子がいた。唇なんてツヤツヤしてて……
「すごい……」
「うん、元がいいから楽しくなっちゃった。ほら、キスしたくなるような唇でしょ」
後ろからそう言われて顎をクイッってされる。めちゃくちゃドキドキして顔が赤くなる。
「自分じゃないみたいです……」
「ひょっとしなくてもキョウって好きな男子がいるでしょ? 頑張ってみなよ。こんなに可愛いんだから」
「でも……心臓の移植してて、これから先もずっと、免疫抑制剤を飲み続けないといけないのに……好きになって、好きなままでいいのかな?」
「大丈夫! この世界にはそんなの気にしないくらいキョウのことを大切にしてくれる
私は一人の男の子……同い年で私が遅れちゃったから今は一学年上で同じ高校に通っている幼馴染を思い浮かべる。
ああ、化粧してもらったのに鏡の中の顔が真っ赤になって……心臓が、元気な私の心臓がドキドキしてるのが分かる。
「心臓が凄くドキドキしてます……なんだか嬉しいですね」
そういうとヒナお姉ちゃんは顔をくしゃっと歪めるように笑った。
「ねぇ、キョウ……一つだけお願いしてもイイ?」
「うん、もちろん……何でもはできないけど私にできることなら」
「キョウの心臓の音を聞かせて」
その時のヒナお姉ちゃんの表情は茶化すことも、断ることも考えることさえできないような切実で真剣な表情で……
「もちろんいいですよ。さっきヒナお姉ちゃんに抱きしめられた時すごく落ち着いて……心臓の音ってイイですよね」
そういうと私は両手を広げる。ヒナお姉ちゃんが飛び込むように私の胸に顔を埋めて左耳を押し当てる。私はその頭を優しく抱きかかる。
「キョウ……」
呟いたヒナお姉ちゃんの声は私ではない、どこかの誰かに向けた言葉だったような気もした。
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ちょっとした小話
ヒナ「いや~、長い中座になっちゃったね。ゴメンね、キョウ」
ヒナ「キョウが美人になり過ぎてびっくりされることはあるかも」
響「もう、ヒナお姉ちゃんのせいでしょ?」
ヒナ「あ、そうだ。キョウ、連絡先交換しない?」
響「いいですよ。ラインでいいですか?」
(スマホを取り出す響)
ヒナ「あ、キョウが良かったら電話番号と住所を教えてくれない?」
響「? いいですけど……」
ヒナ「うん、キョウに手紙を出したくて……私のワガママだけど手紙を受け取ってくれると嬉しいな」
響「めちゃくちゃ受け取ります! ヒナお姉ちゃんから手紙が来るとかすっごく嬉しいかも」
ヒナ「うん。じゃあこれから文通相手として、同じ心臓の臓器移植をした者同士仲良くやっていこうね」
響「はいっ。今日は本当に来て良かったです。皆川さんに感謝しないと」
…
……
………
これから後、姫川ヒナから英響へ「キョウ、あのね……」という書き出しで始まる手紙が届くことになった。
※読者の皆さんが気にしておられた移植された恭介の心臓のエピソードでした。
調べたらこの辺りで心臓の移植手術ができるのは九州大学なので、陽菜もヒナも響もみんな九州大学で手術したことになるんでしょうか。
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