ヒナアフター番外編⑧ 患者会にて③(ヒナ視点)
臓器移植のネットワークを作っているNPO法人が開催した患者会は広島市の区民センターで開催された。
最初は大ホールで基調講演、ここではドナーとレシピエントのそれぞれの経験者が体験談を発表する。
最初の男性は生体腎移植の提供者なので生きていて自分の健康な腎臓のうちの1つ(腎臓は2つあるので)を提供していることになる。
ちなみに親、子、兄弟などの親族、または配偶者への移植ということになるので隣に寄り添っている奥さんが受け取り手で……温かい表情から2人が愛し合っていることが伝わってきた。
その後は肺の提供を受けた女性がそれまでずっと呼吸が苦しく、いつも呼吸器を持ち運んでいて大変だったのが今では解放されて生まれ変わったように感じているという話をして、臓器を提供してくれた亡くなった人とその遺族への感謝の言葉を述べていた。
会場には私のように移植を受けて誰かの臓器で生かして貰えた人や、これからの臓器移植を待っている移植希望者が並べられたパイプ椅子に座っていて、その表情は臓器移植という医療技術への感謝や期待が溢れていた。
基調講演や移植医療の現状などについての説明が一通り終わったあとで希望した人のために懇親会の会場として会議室が何部屋か用意されているので別れてそこに入る。
私が入室した部屋は長机が5つほどでコの字型に並べられた部屋でコの字の縦の棒の方に進行役の男性と臓器移植コーディネーターの女性が座り、コの字の上の棒側の長机に臓器移植希望の男女が4人、コの字の下の棒側に男性1人と女性3人(私を含む)が座った。
最後の私たちのグループが臓器移植を済ませたレシピエント4人になる。
ドナーの遺族や、過去に腎臓や肝臓を提供したというドナー本人はこの部屋にはいなかった。
基本的にはこちらの情報は手術した時期や部位なども含めて申し込み時点で伝えてあるので私たちの話が一番移植希望者の役に立つってことだと思う。
私は左隣の女の子をチラッと見る。私と同じようにどこかの高校の制服を着ているから高校生なんだろうなって思う。
「はい、皆さんこんにちは。今日は参加していただいてありがとうございます。司会は私、臓器移植ネットワークの事務をしております田村と……」
「臓器移植コーディネーターの皆川が務めさせていただきます。えっと……それぞれのアレルギーなんかは一応確認して準備させていただいたつもりなんですけど目の前のお菓子とペットボトルの飲み物はご自由にお飲みください」
主催側の2人が挨拶して懇親会が始まる。あくまでもフランクな雰囲気でこの空気の中忌憚ない意見を聞かせて欲しい、お互いに情報交換して欲しいってことみたい。
「肺の病気で移植希望しています、後藤です。今はこうやって呼吸器が必要で……」
自己紹介が始まって移植希望者の人から順に立ち上がって話をしていく。少し息苦しそうかなって思う。
移植希望の4人の紹介が終わり、こっちの列の一番右の男性から自己紹介。昔透析を受けていて今は家族の腎臓を一つもらって週3回の透析のから解放されて非常に生活が楽になったという話をしている。
私は個人名を除いてメモ帳に自分で重要と思うキーワードをメモしていく。自分で言うのもなんだけど、私は頭の出来は悪くない。
この世界の陽菜と入れ替わって、自分のだらしなさから姫川陽菜の体を姫川ヒナとしてないがしろにしてしまったけど、小学生の頃の陽菜が毎日日記をしっかり書いていたように頭はいいのだ。
中学までは使い方が分かっていなかったから優等生とは言い難かったけど、しずくに鍛えたられた今なら平均以上どころか優等生と言っていいと思う。
隣の女性のことをメモしながらそんなことを考えていたら自分の番が回ってきてマイクを渡されてしまった。
こういう時、本当は私は緊張しいなのでちょっと口ごもりそうになるんだけど心の中で恭の力を借りる。恭ならどう話すか、恭になりきったつもりで話すのだ。
「初めまして。姫川ヒナと言います。高校三年生で今日は岡山から来ています。私は心臓の病気で小学生の後半は半分寝たきりみたいになっていたのですが、中学1年生の時に移植して貰ったこの心臓のおかげで今は元気に生きています。
私には夢があります。大事な人が私にくれた夢です。臓器移植コーディネーターになって臓器を提供したいと思って下さる人と移植を受けたい人を繋いでいければと思います」
私が席を立ってそう発言すると周りのみんなが温かい拍手を送ってくれる。
「姫川さんは実は結構大変な経験をされて、AYA世代のガン、つまり思春期のガンになったんだよね?」
司会進行の男性、田村さんが私に質問する。私はマイクを持ったまま返事をする。
「はい、今年の話ですけど子宮頸がんになって子宮を摘出しています。これから移植を受ける人もすでに移植を受けている人も免疫抑制剤を飲んでいるのでガンなどの体調変化には気を付けて下さい。いくつかのガンに関しては発がん率が2.5倍というデータもあるそうです」
子宮頸がんは性行為をしている女性がかかるガン(HPVウイスルという性感染するウイスルが原因)なので多分それを知っている隣の中年女性は少し驚いた顔をしていた。
今回の申込時の事前アンケートでは自分のガンにかかったという経験も含めて話せるようにそのことも書いておいた。
「ありがとうございます。大変な経験をされてその上でこの回に参加してもらえて非常にありがたいです。移植コーディネーターになりたいってことだから後でなんでも聞いてね」
移植コーディネーターの皆川さんは20代半ばの非常に綺麗な女性で優しそうな中に芯の強さが感じられた。マイクを隣の女子高生に渡す。
私より身長が高くてスレンダー(ひよりほどではない)、髪の毛をショートカットにしていて快活な雰囲気の女の子だった。
「あ、えっと、最後になりました
中学校の2年生の時に急に胸の痛みを感じて倒れて『特発性拡張型心筋症』って診断されました。それからは補助人工心臓の助けを受けながら中学生活を送っていました。中学3年生の12月に適応する心臓を提供してもらえて……そのおかげで今こうして元気に生きています」
嘘でしょ!? そんなことってあるの? 私は隣の女の子、英響さんの発言を聞きながら思わず口元を両手で隠していた。メモを取るどころではない頭の中は動揺してしまっていろんな言葉渦巻いている。
「英さんは心臓のおかげで出来るようになったことがあるんだよね。みんなに話してもらえる?」
司会の田村さんが促している。その間にも私の頭は打ち消しきれない……そしてものすごく高いその可能性を考え続け、緊張で私の移植した心臓もバクバクいっている。
「えっと……親がテニスが好きで、小学校の頃から中学まで部活でテニスをしていたんですけど2年生で心臓の病気になって……倒れちゃって、もう二度とラケットを握ることはないんだって思っていたんですけど、この心臓凄いんです。中学3年生の冬に移植したから高校受験できなくて浪人したんですけど、もう一回やっている中学3年生の間にリハビリして……今は中学生の頃よりもずっと体力もあって。心肺能力とか間違いなくこの貰った心臓のおかげでアップしちゃって……あはは、笑っちゃダメなんですけど一浪して入った高校のテニス部でも認めてもらえて……もう信じられないくらい、ううぅ……」
そう言ってその子はポロポロ涙を流し始める。テニスを上手くなりたい、もっと強くなりたいっていう夢を絶たれて梯子を外された女の子、その女の子を支えているのはずっと……私の心臓移植が成功してからずっと水泳で鍛え続けてきた恭の心臓だった。
私も英さんと同じくらい泣いてしまっているけど、周りの人たちも貰い泣きしてるから多分バレてないよね。
恭……恭の心臓、今もちゃんと動いて一人の女の子を……いや、彼女の周りも含めて沢山の人を幸せにしてるよ。
---------------------------------
ちょっとした小話
陽菜「お疲れ様、恭介くんってこっちの世界に来てからずっとトレーニング漬けだよね。はいこれ……恭介くんご注文のはちみつレモン」
恭介「ああ、ありがとう。そうだな……病院でトレーニング初めてその後は水泳部……今はこうやって剣道部と
(陽菜はちみつレモンを手渡しながら)
陽菜「でも、こっちの世界の多々良くんはトレーニングしてなかったから最初はきつかった?」
恭介「う~ん、それはそうなのかもしれないけど……それでもこっちの世界の俺も運動不足なだけで不摂生とかはしてなかったから」
ひより「そうだな、恭介が登校してきて初めて今の恭介と会った時、一番驚いたのは筋肉よりも姿勢だったから。すっと背筋を伸ばして体幹を意識した立ち居振る舞い。筋肉も気になったがそれ以上に目の奥にあった強い意思が気になったな」
恭介「ひよりはあの時いきなり人の大胸筋とか触ってきたから……ひより以外だったら痴女認定するところだった」
まる「ひよりは剣道バカだからあの頃は男のことなんて考えてなかったんだよ。今はきょーちんの竹刀も興味津々でラブラブなんだよ」
ひより「のどか!? そんなことないから! いや、恭介を愛してるのは否定しないが恭介の竹刀とは何のことだ!? いちもつか? いちもつなのか!?」
(小烏道場の中で鬼ごっこが始まる)
陽菜「もう、ひよりちゃんとまるちゃんは! 恭介くん、もう一人だけの体じゃないんだから無理しちゃダメなんだからね」
恭介「分かってるって。これからもずっと陽菜と……みんなと一緒にいたいからね」
(言いながら陽菜の頭を抱き寄せる)
ひより&まる「「道場内ではイチャイチャ禁止(なんだよ)!」」
という会話があったとかなかったとか。
※「患者会にて」は来週で完結予定です。
追記しておくと貞操逆転世界では英響ちゃんは数か月遅れで高校入学後に別の心臓を移植してもらえました。なので学年が違っています。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます