番外編⑳ 女子剣道四天王合宿②恭介と陽菜の守破離

「恭っち、せっかくの集合写真なんだから男子も一緒に入ってよ」

 みおに呼ばれて女子が並んでる隣に立つ。


 石動さんと石川さんが来てくれて女子剣道部と男子剣道部の稽古を見てくれてたんだけど、卒アル委員の腕章をつけたみおがやって来て写真を撮ってくれることになった。

 ひよりのインスタ用の写真も撮れるしこういう所がみおは本当に抜かりがない。


「ほら、もっとこっちに寄れよ」

 石動さんに掴まってぐいっと肩を抱かれて引き寄せられる。

「なにをしているんだ? 石動さん。恭介が嫌がっているだろう、男子とはきちんと適切に距離を開けて……」

 ひよりが風紀委員らしいことを言っているけど嫉妬してくれてるのかな?

 ちなみに石動さんに関してはいやらしい雰囲気や性的な手つきが一切ないので男子でもそんなに不安だったり不快になることはないと思うけど……


「多々良は気にしてないよな? 大丈夫だってさ」

 いや、大丈夫だけど石動さんのGカップが背中に当たってヤバいんだけど、主に股間方面が!? 元気いっぱいな写真になっちゃうから!


 写真撮影が終わってラストスパート……と思ったところで顧問の近藤先生と石動さんに呼ばれる。

 写真撮影のためか白袴の道着を着ていた近藤先生がいつも以上に凛々しい。教員を続けているくらいだから還暦はまだだろうけどひよりのお母さんに指導していたっていうんだから結構お歳のはず……なんて失礼なことを考えていたら石動さんが口を開いた。


「多々良、自分の欠点って分かってるか? 正直お前はもっと伸びるけど大会でも勝ちきれてないのが分かるだろう?」

 確かに、インターハイ予選ではどうにか県大会に出場できる4位に入ったものの市内で上の方の男子にも負けてしまった。


「練習量不足?」

 自分の欠点って分かりにくいからとりあえず思い付いたことを言う。

「高校生の練習量としては十分だと思うぞ。量も密度もしっかりしてるし指導者にも恵まれてる。お前の欠点は『ミニ小烏こがらす』になってることだ」

 指摘されて頭に疑問符が浮かぶ。石川さんが隣でうんうんと頷き、先に説明されていたのだろうひよりが少し深刻そうな顔をしている。


「つまりね、多々良くんが小烏さんの剣道を素直に吸収していることは素晴らしいことだけど、小烏さんは基本に忠実すぎるってことなの」

 近藤先生に指摘されるが基本に忠実すぎることのなにが悪いんだ? 水泳してた頃だって基本に忠実にするほどタイムが伸びることの方が多かったし。


「多々良って個人競技が長かったんだろ。だからよく分かっていないんだよ。近藤先生、さっきのお話お願いします」

 石川さんに言われるが確かに中一から高二の前半までずっと水泳一筋だった。そこからは剣道を少しかじって、今は剣道に全集中だけど。


 近藤先生が道着の上から防具をつけて面をかぶり俺と相対する。

「多々良くん、いつも通り打ち込んでみて下さい」

 近藤先生に言われてこちらも全力で打ち込む。が、すべていなされる。こちらの竹刀は全く届かない。事前に受け止められて流され逆に一本取られる。

 強い。今まで手合わせしたことがなかったけどここまで強いなんて。


「ふぅ、流石に動きも速いですし体力がありますね。このくらいにしましょう」

 近藤先生が俺を止めて、面を外す。多少額に汗をかいているが涼しい顔。こっちは全力で打ち込み続けて肩で息をしそうなくらいなのに。


「な、分かっただろ? 多々良の剣は素直すぎてもっとレベルが高い相手から見たら稽古してるみたいなんだよ。来るべき所に来るって感じで受けも流すのも崩すのも簡単なんだ」

 石動さんの言葉にショックを受ける。


「小烏さんは高いレベルの基本の上にフェイントや崩しといったテクニックや相手によっては強引な攻めも出来るけど、多々良くんにはその上に乗っかっている技術がありません。それは今の多々良くんの弱点であり、本来は長所です」

 近藤先生が説明してくれたが剣道を素直に文字通り読んで「剣の道」であると認識するならば素直でまっすぐ伸びるような基本に忠実な俺の剣は将来的に素晴らしいものであるということらしい。そこは素直に喜びたい。


 一方で競技として競う相手がいて勝敗のある剣道としては非常にまずいことに俺の剣は読みやすい。ひよりとの稽古により鍛えられた動体視力や動き自体は非常に高いレベルにあるのだが、動きが毎回正確でそのために一旦分かってしまえば俺の技の出掛かりを小手で攻めたり、打ってくる場所をかわしたりするのは非常に簡単らしいのだ。

 さっき俺が近藤先生に全く手も足も出なかった理由はそのせいだ。


「ついでに言うと恭介は負けに慣れ過ぎてしまった。これは私とばかり稽古していたせいだ。これに関しては気付かなくて本当に済まない」

 ひよりにまで謝られる。元々ひよりはずっと1人で稽古してきていたから俺が加わっても2人で打ち合うことが多く、その場合俺はほぼ全戦全敗の成績でそのことに疑問を抱いていなかった。


 元々がずっと続けていた水泳が個人競技で昨日の自分より今日がよくなることが上達だと思っていたから、対人戦で勝つということに関する意識が薄かったのが原因ということだった。


 みんながちょっと深刻そうなので軽く笑ってみせる。

「えっと、問題点が分かった時点で問題の9割が解決してるって言葉もあるじゃないですか? ひよりが前に教えてくれた『守破離しゅはり』だったっけ? 俺が今教えてもらっていることを忠実に型を身に着ける段階で『守』だったのが、これからいろんなことを受け入れて型を崩していく『破』の段階に進めってことでしょ? ひよりたちみたいに基本に忠実でいながら自分の道に至る『離』は程遠いけど俺もそこを目指したいんで」


「いや、私もまだとてもではないけど『離』と呼べるような領域にたどり着いてるわけじゃない。だが、恭介の覚悟は受け取った。今日から大会まで徹底的に実戦用の稽古にする」

 ひよりがなんだかすごく熱血入ってる。俺もやる気だから望むところだ。


 のどかの道着の襟首をつかんで猫みたいにぶら下げた石動さんが「こいつの方は徹底的に『守』を叩きこんだ方がいんじゃないか?」と言っているのでみんなで笑ってしまった。

「まるは避けるから守りはいらないんだよ」

 のどかが主張しているけど守破離の「守」は防御の意味の守りじゃないんだけどね。


 …

 ……

 ………


 今日はみおは自分の配信とゆうき達の配信の手伝いで忙しいから学校で別れた。


 陽菜と俺、女子剣道四天王(とそろそろ呼んでいいと思う)のみんなで電車に乗って移動する。石動さんも石川さんも免許は持っているがペーパードライバーだから隣の県まで車で来るのは止めておいたそうだ。意外なんだけど石川さんはバイク乗りでたまに石動さんとニケツして出かけたりするらしい。


「バイクカッコいいですよね。俺も免許欲しいですけど……2人しか乗れないからなぁ」

 電車の中で石川さんとバイク談義。こっちの世界の男子、あんまりバイクに興味がない。と言っても元の世界の村上をはじめとして友人のほとんどはバイクに興味なかったけど。


「大学入ったら後ろに乗せてやるよ。中型だからそんなに迫力はないけど楽しいよ」

 石川さんが嬉しそうに言うのでぜひ! とお願いしたら石動さんが「やめとけ、ラブホテルに連れ込まれる」とツッコんだのでみんなで笑う。というか冗談だよね?

「バイクカッコいいんだよ! 石川のねーちん、推薦で大学行けたらバイクを教えて欲しいんだよ!」

 特撮のヒーローが好きなのどかが意外と食いついた。


 そんなこんなで小烏道場に到着。みんなでもうちょっと稽古する予定だけど陽菜とのどかが2人で最近作らせて貰った家庭菜園の水やりに行ったので俺もちょっと手伝いに行く。

 大学生になったらみんなで一軒家を借りて住む予定なのでその時に家庭菜園を作る練習としてやっているらしい。

 今のところ受験やなんかがひま(推薦以外の選択肢がない)なので一番よく小烏道場に来ているのどかが水やり係って感じ。


「キュウリとトマトに水をあげるんだよ。沢山飲んで早く育つんだよ」

「あ、まるちゃん。トマトはあんまり水をあげすぎないようにね」

 2人がそんな会話をしているのを後ろから見ているが、陽菜が何故か半袖の体操服に赤の体操ズボンを履いた上から白いエプロンをしていて異常に煽情的に見える。いや、俺の心が穢れてるだけだと思うけど……体操服エプロンという新たな属性に目覚めそう。


 なんだろう、エプロンなしの方が露出度は高いはずだし、いつも体育の時間に体操服は見てるんだけど……なんかちょっとエッチに感じるのは相手が陽菜だからか。


 陽菜以外のみんなは道着の袴姿のままで電車に乗って(剣道を始めたころは恥ずかしかったけど慣れた)そのままなので陽菜だけ制服から着替えたわけだけど、なんとなく合宿って感じだから体操服にしたらしい。最近はちょっと暑い日が続くから半袖半ズボンなんだけど陽菜の真っ白い二の腕と太ももが太陽の下で眩しい。


「なあ、多々良。なんでお前の彼女ってあんなにハレンチなの? 体操服着てるだけであんなにエッチな女子とか見たことないんだけど……」

 石動さんが水やりする陽菜とのどかを俺の隣で眺めながらボソッとつぶやく。そうだよね? 俺だけの気のせいじゃないよね?

 この貞操が逆転していてみんなが女子の体に興味が薄くて男子の体に興味津々、男子が奥手で女子が積極的だけど陽菜の色気というか魅力だけはヤバいと思う。中身が元の世界の女子だからなのか惚れた欲目なのか。


「本当に……本人が普通にしてるつもりなのにエッチってヤバいですよね?」

「いや、本当に……守破離でいうともはや『離』って感じで一人でエロを極めてるみたいな」

 体操服エプロンは守破を越えて離に到達してるらしい。


「ダメですよ。手を出したりしたらいくら石動さんでも許さないですかね」

「は、ばか。あたしは女子には興味ないっての! た、多々良が体操服だったらヤバかったかもしれないけど……」

 だめだ、なんで貞操逆転世界の女性は俺相手に失言を繰り返すのか!? 二人揃って真っ赤になっている俺たちを呼びに来たひよりが怪訝な顔をして、石川さんが爆笑していた。


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ちょっとした小話

(高校生組三人による総当たり稽古を見ながら)

石動「多々良! 今の動きは良かったよ。丸川! お前の動きは相変わらずトリッキーすぎ! 下手したら一本にして貰えないからね!」

石川「小烏は2人が嫌がるようにあえて動いてみて。これからはこっちも研究されてるからそういう対策もいるから」

石動「(小声で)それにしても……多々良って普段着の時よりも道着身に着けて剣道してる時の方がピシッと背筋が伸びてるというか、一本筋が通っているというかイイ感じだよね」

石川「恋する乙女は剣道男子がお好きなのかな?」

石動「(赤面しつつ)そんなのじゃねーから!」

石川「はいはい。そう言えば藤岡から聞いたんだけどさ、多々良って剣道の時は普段着のトランクスからふんどしに締め直すんだって……ってちょっと!? 石動、鼻血でてるから」

石動「ご、ゴメン、でもそれで普段の多々良と剣道場の多々良が別人みたいになるのか。褌ってすごいな……ていうか何そのエロ情報? 藤岡とそんなエロ話してるの?」

※注 男子の下着はこの世界だとトップシークレットのエロ扱い

石川「春休みに藤岡のマンションに泊まりに来たから。アイツの部屋、多分ヤリ部屋。めっちゃいいベッド置いてて部屋の隅に業務用のコンドーム置いてあったし」

石動「はぁ……女子高生って進んでるな」

石川「女子大生のアンタがいうな」

という会話があったとかなかったとか。


毎週金曜日18時に番外編公開中ですが、来週は6月6日に更新します。

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