ヒナアフター番外編④ 家族風呂にて(ヒナ視点)

  タイムを測りながら村上が一通り泳いだ後、今の私は村上に両手を引かれてバタ足している。

 ずっと隠してきたことだが私は金づちで全く泳げない。

 生まれてから中学1年生までの元の世界では体が弱く泳いだことなんてなかったし、入れ替わってからの中学時代は体育の水泳の授業なんてサボってたし高校だと体育が選択で水泳しなくてよかったし。


 こっちの世界の姫川陽菜は小学生の頃、恭に教えてもらって少しは泳げたらしい。日記にそう書いてあった。私が恭と付き合った後も部活の応援に行かなかったのはそのことに言及されるのが嫌だったせいもある。


「そう言えば姫川がプールに浸かってるの自体初めて見たな。まさか泳げないとは思わなかったけど」

「ブクブクブクブク……ぷはぁ……泳いでる最中に話しかけないで」

 集中がそがれるから質問も不可! 実は全く泳げないから今まで水着も持っていなかった。

 胸の真ん中に手術の傷があるけどそれを見られるのは私にとってはなんてことないし、足の皮膚の移植跡も気にはなるけど人に見られることを恐れるほどのことはない。


 飛び込めないって書いたようにここのプールは浅い。温水プールで水深は120㎝くらいしかない。おかげで140㎝台前半の私でも足をついて呼吸できるから溺れる不安がない。

「この調子で練習したらどのくらいで泳げるようになるの?」

 30分もバタ足の練習をすると息もえだし足がつりそうになる。

 学校のプールだと足もつかない(深いから頭まで水没する)から練習さえできないし未来永劫泳げるようになる気がしない。

「姫川のやる気次第だろ。本気で泳げるようになりたいんだったら俺が付き合うけど」

 うーん、そこまでして泳げるようになりたいわけでもないから判断を保留する。


「それじゃあ後何本か流して泳いでくるからそれが終わったら温泉に行こう」

 そういうと村上は私のところからスィーと泳ぎ去る。本当に泳ぐのが好きなんだろうな。ゴリマッチョじゃなくてカッパマッチョだったか。


 .

 ..

 ...


 カラカラカラカラッ


 脱衣室から続いているすりガラスの引き戸を開けて村上が入って来る。

 もちろん健康ランドに混浴なんてないんだけど(ある意味では温水プールは混浴か?)今私が入っているここは500円で1時間ほど貸し切れる個室になっている家族風呂なのでグループなら男女混合でも入れる。


「まさか村上が家族風呂を予約してるとは思わなかった。そこまで私の裸が見たかったの?」

 バスタオルを体に巻いて髪の毛を洗っていた私はトリートメントをシャワーで流しながら村上に話しかける。ショートボブくらいだった髪もだいぶ伸びて肩くらいまであるので髪を流すのも時間がかかる。


「ち、違うって、今日の話が決まった時点で温泉で姫川だけ女湯は寂しいから家族風呂を予約しろってみんながうるさくて。いつもは男子だけだから家族風呂なんて予約したことなかったんだけどな」

 私はどれだけ寂しがりと思われてるのか。まあ太ももの傷のこととか他の部員も知ってるから大浴場に入りにくいと思われたのかも。

 それにしても村上が顔真っ赤なのが笑える。

 シャワーの向こうの鏡には赤い顔の私も鏡に映っているけどそれは運動してから。


 流石に脱衣所で一緒に服を脱ぐわけにもいかないから私が先に入って、外で待っていた村上が後から入って来たんだけど、私が髪を洗い終わるくらいまで時間がかかったのはなんでだろう。

「いつもの感謝の気持ちを込めて背中流してあげようか? あ、私メイクも好きだけど美容師にも興味あったから髪洗うの上手いよ」

 恭で練習したシャンプーのテクニックを見せてあげよう。


 そう言ってまだ引き戸のそばから入って来ない村上に近づくと手を引く。腰にタオルを巻いてるし上半身はいつもプールで見慣れてるし、貞操逆転しててそれ男の裸がエッチに見える私にもどうということはない。


「そんなグイグイ引っ張られたら……あっ!?」

 村上の慌てた声がして腰に巻いていたタオルがハラリと落ちる。おおっ!? ラッキースケベ?

 と、思ったが村上はタオルの下に水着を着てた。黒のブーメラン水着だからそれはそれで眼福というべきか。

「なにお風呂に水着きて入ってるのよ。もっと堂々としなさいよ」

 私なんて裸見られても平気だよ。ほらほら、胸元で留めていたバスタオルの結び目を解いてハラリと落とす。


 ビシャッ


 髪の毛を洗ったときに水を吸っていたのか意外と重たい音がしてバスタオルが落ちた。

「ちょっ、待って、姫川ッ」

 村上が悲鳴みたいな声をあげて手で顔を覆う。指の間からチラチラ見てるのがバレバレだよ。

「アハハハハ、村上焦りすぎ。ほら、ちゃんと水着着てるから。ほれほれ」

 ドッキリさせようと思って水着の肩のストラップを外した上からバスタオルを巻いてイタズラしたのだが効果はバツグンだ。

 ちょっと胸を強調するようにしてFカップおっぱいをタプンと揺らす。肩ひもしてないとよく揺れるなぁ。


「もうヤダ。なんで俺が辱められてるの?」

 真っ赤になった村上がかがみ込んで顔を覆っている。ちらっと見えたけどブーメラン水着だとガチガチになった股間がはみ出しそうになっている。水着の肩ひもを直し結びながら村上に謝る。

「ごめんごめん。本当に髪の毛洗って背中流すからこっちに座って」

 村上に洗い場のケロリンと書かれたイスを勧めながら心の中で腕まくりした。


 2人で湯船に浸かる。イタズラを仕掛けるためにパレオはしてなかったけど村上にならこの太ももの傷跡も見られてもいいと思う。

「あ〜、いい湯だね〜生き返る〜」

「こっちは生きた心地がしなかったよ。明日絶対部員から聞かれるのになんで答えればいいんだよ」

「私と2人っきりで家族風呂入ったって言えばいいでしょ? 何もやましいことないんだし。私たち友達でしょ」

 村上がちょっと黙り込む。


「姫川確認したいんだけどバレンタインデーのチョコ、なんで俺だけ他の部員と違ったの?」

「えっ、それはせっかくだから村上に美味しいチョコを食べさせてやろうと思って」

 ザッハトルテと一緒に作った失敗作試作零号機を村上に持って行った話をする。


 ブクブクブクブク……


 話を聞き終わった村上が力が抜けたように頭まで沈み込んでお湯の中であぶくを出している。

「ちょっと、どうしたの?」

 慌てて村上をお湯から引っ張り上げる。

「姫川は今後男子部員との混浴禁止な」

「なんで?」

 抗議の声、しかし村上は非情だった。

「風紀が乱れる……あと今でさえゴニョゴニョ惚れられてるのにこれ以上はやめろ」

 むぅ、途中よく聞こえなかったけど私のことを痴女みたいに。確かに一年半前はヤリマン以外の何者でもなかったかもしれないけど。


「まあいいよ、村上は特別だからいうこと聞いてあげる」

「特別?」

「うん、特別。村上だってマカロンくれたし私が特別なんでしょ?」

 村上が変な顔をしてるけどそこは見て見ぬフリをする。私のバレンタインの凡ミスで村上には迷惑かけ余計な心配させちゃったし。


「ああ、姫川は俺の特別だから。これからもよろしくな、あとはしておけよ」

 そういうと村上が握った右手を私に突き出す。コツンと私の小さな拳をぶつけて宣言する。私は答える。

「恭よりイイ男になって見せたらね」


 その後は2人で健康ランドのお食事処でお蕎麦とカツ丼を食べて帰った。村上が分けてくれたカツはサクサクして美味しかった。


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ちょっとした小話①

田上(水泳部1年)「で、部長。土曜日は結局どうだったんですか? ヒナ先輩に告白できたんですか?」

村上「告白もなにも……俺と姫川はそう言う関係じゃないから」

田上「え~、俺たちがヒナ先輩とプールに行くのを我慢してまで譲ってあげたのに……」

ガシッ

村上「へぇ~、ところで田上……『俺たち』ってどういう事かな?」

他男子部員 ((((((あのバカ! なにばらしてるんだよ))))))

この後、村上の恋を成就させるために2人きりになるように仕込んだのがバレて男子水泳部員全員正座させられた。


ちょっとした小話②

みお「で、ヒナっち。土曜日は結局どうだったの? マカロンの君からは告白された?」

ヒナ「へ、村上は告白なんてしてこないよ。私のチョコで誤解が生まれそうになってたから家族風呂で混浴して誤解を解いてきた」

しずく「ヒナちゃんって本当に小悪魔って言うより悪魔だよね」

みお「うん、あまりにひどすぎて同情しかしない」

ひより「そんなことより混浴って!? 風紀を乱しすぎだろう? ヒナは大丈夫だったのか? 今から男子水泳部に抗議に行ってくる。行くぞ、のどか」

まる「ひよりとまるで『悪即斬!』なんだよ」

ヒナ「誤解だから! 何もなかったから!!」

という女子のやり取りがあったとかなかったとか。


なんだか久しぶりにラブコメを書いた気がします。

ヒナアフター番外編は今回で終了です。この二か月後に村上はヒナから彼女が子宮頸がんで手術をして、恋愛出来ないと告げられることになります。

(ヒナアフター⑯参照)

それでも2人はずっとお互いを特別な存在として生きていくと思います。


次回は4月14日更新。貞操逆転世界の恋愛についての番外編ラブコメです。

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