ヒナアフター番外編③ 2人きり(ヒナ視点)

 3月16日おでかけの日は晴天に恵まれた。土曜日なので学校は休み。

 本来なら水泳部は冬季トレーニングで毎週土曜日の午前中は集まって筋トレやランニングに励むことになっていた。


 けど今日は月に一度の温水プールの日で、久しぶりに泳ぐために健康ランドに集合することになる。実は今まで健康ランドに関してはマネージャーとしては不参加でやってきた。

 だって、ここの健康ランドのプールに入るのにはで泳がないのにプールサイドからジャージでマネージャーをするとか施設的にはやり過ぎとしか思えなかったから。

 大体ここのプールは浅いからスタートの飛び込みも禁止だし、みんなも冬の間の泳げない期間にフォームの確認で流して泳ぐ程度らしいからマネージャーの仕事もそんなにないしね。


 とまあ、そんなこんなで今まで参加しなかった健康ランドでの部活だけど村上に誘われて初めて参加することになった。

 今日の私は部活ということもあり華美にならない程度でデニム地のスキニーパンツにグレーのニットを合わせている。

 うう、もう少し身長があればカッコよく決まるんだけど、背の低い私の場合はこういう格好をしてもちょっと可愛い系に見えてしまうのが残念でならない。


「おまたせ。あれ? 他の部のみんなは?」

 健康ランドの入り口でポツンと佇んで所在なげに待っている村上を見つけて声をかける。

 デカいガタイがちょっと縮こまって見えるんだけど? 他のメンツ男子部員は先に中に入ってるんだろうか?


「あ、姫川……それが他のメンバーが急にみんな来れないって連絡してきて」

 村上以外の男子水泳部の2年生と1年生、全部で8人が誰一人出てこないってある?

 村上が自分のスマホの男子水泳部グループラインを見せてくる。ちなみにそのグループラインは女人禁制(?)とかで私は入ってない。私も入ってるのは男女水泳部の合同グループの方だけだ。


「えっと、なになに……『起きたら頭痛が痛かった』『英検5級受けてくる』『自分探しの旅にでる』『初恋の親戚のお姉さんが寝取られて今日が結婚式』『曾曾曾祖父の百回忌を忘れてた』『急な生理で』『妹が入院した』『寝坊したから明日行く』……オイッ! ちょっと村上!? 部長としてこいつら許していいの?」

 英検5級って中学初級レベルだよ! それ以外にもあと田上! 生理ってどういうことよ!


 はぁはぁ……一通り突っ込んでちょっと一息。村上が謝ってくる。

「ゴメン、前から姫川を誘うように皆に言われてて、誘ったことを一昨日伝えたらみんな喜んでたんだけど……今日になって急に全員都合がつかなくなったみたいで」

 じっと村上の顔を覗き込んで瞳を見つめる。嘘をついている気配はない。私と2人きりになりたくて私だけを呼び出した可能性とかを深読みする程度には私だって考えるのだ。


「まあいいわ。用事があるなら仕方ないし。村上が1人でも泳ぐつもりだったらマネージャーとしてフォローするだけだし。入りましょ」

 そう言って手を差し出す。村上が手を握ってくる。あ、あれ?


「それじゃ入ろう。入場券はみんなでお金を出し合って回数券を買ってるから、10枚につき1枚多くもらえるしそれを使えばいいから今日は姫川はただでいいよ」

 いや、その回数券を受け取ろうと思って手を出したんですが?


 私がそのことを告げると村上が耳まで真っ赤になる。

「いや、いつも恭介に手を引かれてる姿をよく見てたから……勝手に手を握ってゴメン」

「いいんだけどね。うん、私もちょっと恭のことを思い出したし」

 2人揃って想い人多々良恭介のことを思い浮かべる。っと、入り口でチケットを出さないと。

「プールも利用でお願いします。回数券で2人分」

 村上が回数券を出して入場する。ここは本来は健康ランド温泉施設。家族連れや年配の方の利用が多い場所だから一見カップルに見える私たちはちょっと目立つかもしれない。


「プールだけでも施設を使開放して貰えればいいのにね」

 入浴料お風呂代も払うから頻繁に使うことが出来ないことを考えると、プール単体で安ければ冬の間ずっと毎週でも練習できるのにちょっともったいないと思ってしまう。

「そういう風に水泳部のことを考えてる姫川を見ると本当にマネージャーが板について来たなって思うよ。月一くらいだからみんなサウナとかスパとか楽しんでるからいいんじゃないか」

 村上が水泳部の部長の顔をして言う。


「まあ、誘って貰ったからにはちゃんとしないとだし。それに水泳部の男子はみんな真面目に頑張ってるいいやつばっかりだし」

 夏の間も水着に着替えもしない私にセクハラ発言1つしなかったしね。全員が「ヒナちゃんを守る会」(非公認団体)に入っているし村上が私が水泳部にいやすいように目を光らせてくれているというのはあるんだろうけど。


 ・

 ・・

 ・・・


 更衣室を出てキョロキョロしながらプールサイドに向かう。学校の更衣室(男子水泳部の部室でもある)からジャージでプールサイドに向かう時とは違う緊張感。

 屋内プールの建物の中は温水プールのせいなのか湿度が高くてちょっと塩素の独特な匂いが籠っている。


「姫川、こっちこっち~!」

 プールサイドから村上が声をかけてくる。土曜日の午前中だからかプールサイドの人影はまばらで運動に来ている年配の人たちの姿が多いように見える。

 速足で走ることなく村上のそばに向かう。村上の目が私の水着ビキニにくぎ付けになっている。


 青から黄緑にグラデーションになっているビキニの上下にさわやかな青緑のパレオを巻いている私の水着姿。胸元には恭がくれたアメジストのペンダント。

 いつもの顔の右側の皮膚の移植跡を隠しているウィッグは水の中には向かないので外したうえで、ウォータープルーフのファンデーションを塗っている。


「ど、どうかな?」

 ちょっと緊張する。そう言えば村上の前で顔の右側を見せるのってあの事故以来になるだろうか?

「す、すごく似合ってるよ。えっと……姫川のことだから他の部員が来るとしたら肌が露出しないスイムパンツとラッシュガードかなって思っていたし。そのビキニもパレオも似合ってて、ここが夏の海じゃないのがもったいないくらい」


 ちょっ!? 顔について何か言われるかと思ったら水着についてだった? いや、スタイルには自信あるし! 私が日頃肌を見せないのは足の傷皮膚移植の跡のこともあるけど元の世界からの生まれついての自分の価値観が信じられなくなっちゃったからだし。


 元の世界の価値観だと女性の裸にはあんまり価値がない。だから見られても平気だったし自分のことをある意味では安売りできた。それが中学時代の私であり高校に入って西田先輩と付き合っていた時期だ。


 でも恭は違った。恭と付き合っていた頃は私のことを陽菜と同一しているから大切にしてくれているのだとばかり思っていたけど、恭は私をヒナとして愛してくれて大切にしてくれていた。文字通り命を懸けるほどに。


「う~ん、なんていうんだろう。バカな男には見せたくないけど、あんたたち水泳部はいいやつばっかりだし。せっかくなら私ももっと水泳部で楽しめるようになりたいなって思って」

 胸にも大きな傷があるし太ももにも傷あとがあるけど少しずつこの世界の女の子としていろいろなことを楽しみたいと思う。


「そうだな。もう一年経ったんだし……恭介も姫川がいつまでも閉じこもってることを望んでないと思うよ。それじゃあタイムを計ってくれる? 飛び込めないから飛び込みなしのタイムってことで俺はみんなと違って毎月記録してるから」

 ストップウォッチとこれまでの記録が書かれたクリップボードを渡される。一番端のレーンで私たちは2人きりのトレーニングを始めるのだった。

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ちょっとした小話


隣の市のイオンモール

みお「流石にこの時期ホワイトデー直後に水着を買おうにも品揃えはちょっと寂しいね」

しずく「仕方ないよ。ヒナちゃんは去年は海にも行ってないから水着なんて持ってないんだし。今年はみんなで海に行こうよ」

ひより「海……嫌ではないのだが3人と並ぶのはちょっと……」

ヒナ「いや、大丈夫だって……ほら、こっちの青いフリンジビキニとかどう? これだったら胸のところに飾りひもがあるからパッドを入れても目立たないし」

まる「偽乳ぎにゅうなんだよ。偽乳にせちちなんだよ」

みお「こら、まるっち。今日はヒナっちの勝負水着を買いに来たんだからギニュー特戦パッド隊の話はどうでもいいんだよ」

ひより「(よく分からぬが)ひどい……」

しずく「ホワイトデーのきみに見て貰うんだもんね。競泳水着+ラッシュガードなんてつまらない選択肢はもちろんないよね」

ヒナ「いや、気持ち悪い言い方しなくていいから。村上に見せるだけだし……」

まる「水泳部男子じゃなくて村上ちんだけに見せるんだよ?」

ひより「ヒナが真っ赤になってるからそれ以上は止めてやるんだ、のどか」

みお「こっちの赤いビキニとか攻めてる感じで良くない?」


そんな感じでかしましく5人で水着を選んで、どうにか青と緑のグラデーションのビキニに落ち着いたとか落ち着かなかったとか。


ヒナと村上の話ヒナアフター外伝はもう1話で完結です。

次回更新は4/7です。

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