ヒナアフター番外編① ホワイトデー(ヒナ視点)

 碧野高校こっちの世界の学校で今年のバレンタインデーに一番たくさんチョコレートを貰った男子は誰か? 意外でもなんでないかもしれないが村上だった。

 去年までチョコレートが集中して数を稼いでいたサッカー部は西田先輩が学校をやめ、多数の休学者・退学者を出して活動休止。

 そんな人たちにチョコレートをあげる人間もいないわけですっかり忘れ去られた存在になっている。


 一方で女子で一番チョコ友チョコを貰っているのがなんと私だったりする。一昨年中学3年は夜の街を遊び歩き学校に友達と言える子なんて一人もいなくて、去年高校1年は事故の後で保健室登校だったことを思えばあまりの状況の違いに自分でも戸惑いを覚えるほどだ。

 もっとも私のは男子といろいろあったことに関する感謝のチョコだったり、例の「守る会」の女子からの友チョコなので貰った女子には友チョコをお返ししておいた。思えばあの男子とのトラブルレイプ未遂もこのくらいの時期だったなぁ。時が過ぎるのは早い。


「しかし、どうしてヒナは友を贈り合うのが正解で、私はにお返しするのが正解なのだ? 私だって女の子だから友のやり取りでいいではないか」

 なんてことをひよりがブツブツ言っているが、周りがひよりに期待していることを考えると友チョコでのお返しよりもホワイトデーにひよりからクッキーの一枚でも貰える方がひよりにチョコを贈ったファンの子は嬉しいだろう。


 しずくたちと一緒にチョコレートづくりをして義理チョコを配りまくったバレンタインデーからあっという間に1か月。

 ホワイトデーがやって来て、生徒会や水泳部、2年5組のクラスメイトといった面々からそれぞれお返しが返ってくる。3倍返しって言葉もあるくらいだけど私たちは本命不在宣言をしっかりして義理チョコとして渡したので、チャンスとばかりに告白までしようとする男子はほとんどいなかった。


 まあ、「義理チョコだよ」って渡されて本気の告白をホワイトデーに返したらドン引きされる上に本人が赤っ恥なのでそこまでのチャレンジャーは流石にこっちの世界にもいないらしい。



 それはそれとして村上である。バレンタインデー当日、冬場の部活のトレーニングに現れた村上は大きな紙袋を2つ手に提げていた。

 昼休みにも呼び出されてチョコを渡されていたのは見ていたが放課後も受け取りまくっていたらしい。

 もっとも、村上がモテるようになった理由の一つが私のお節介で夏のインターハイ前に村上を除毛させたツルツルにしたせいだったりする。あれで村上の格好良さにみんなが気付いた感じ。水泳部部長でインターハイにも出場、マッチョだけど私たちに対する態度を見てれば紳士で優しいのも分かるし。

 いや、毛深くても村上はカッコいいしイイ男だったろうって私なんかは思うけど。


「姫川、ホワイトデーのお返しなんだけどバレンタインに水泳部男子あてに受け取ったチョコも結構あるから部としてお返しして回るからマネージャーとして付き合ってくれないか?」

 ホワイトデー当日に村上から声を掛けられて荷物持ちをさせられる。おい、どう見ても村上個人で貰ったチョコのお返しも入ってるだろ!?

「村上? 何を考えてるか分からないけど私を弾避けにしようと思ってるなら無理だと思うんだけど」

「そんなことないだろ? 姫川ってモテるし……あれだけファンがいる女神様だもんな。なんにせよ姫川のせいで無駄にモテて困ってるんだから協力してくれよ」

 う~ん、入学当時は女好きを公言していた村上が今となってはモテても困るって言ってるんだから不思議なものだ。


 各クラスを回ってチョコレートのお返しに当たり障りのないクッキーを返していく。私は手提げ袋から「クッキーの小袋」を村上に渡す係。卒業式が終わっている3年生も今日ホワイトデーのために登校してきてる人がちらほら。男女ともに在校生とやりとりしたい人は出てきてるみたい。


 今は1年5組の教室。村上の目の前には2人の女の子。1人は黒髪を頭の後ろでお団子にまとめた大人しそうな女の子でその隣にはちょっと茶色い髪の毛をセミロングに伸ばした可愛い女の子。村上が2人にクッキーの小袋を手渡す。

「わぁ、祐樹先輩。ホワイトデーのクッキーありがとうございます」

「杏奈ちゃんにはいつも妹のゆうかがお世話になってるから。ほんの気持ちだけど受け取って」

「なに言ってるの? 私が杏奈ちゃんのお世話をしてるんだからね、お兄ちゃん。で、世界一可愛い妹の私にまで義理クッキーなわけ?」

「はいはい、ゆうかが迷惑をかけてるのは分かってるから……大体お前は俺が貰ったチョコを片っ端から持っていって食ってただろ」


 ん!? ひょっとしてこっちのセミロングの子って……村上の妹? 妹がいるなんて聞いてないんだけど。

 それ以前に杏奈ちゃんって呼ばれたお団子にしてる子は村上との距離が近くない? それに祐樹先輩って……確かに村上は村上祐樹だから呼び方としてはおかしくないけどほとんどの女子から村上って呼ばれてる村上を下の名前で呼んでる。

 ん? 私なにか気にしちゃってる!?


「あ、姫川先輩ですよね? 私お兄ちゃんの妹で村上ゆうかって言います。いつもお兄ちゃんがお世話になっています。お兄ちゃんったら家ではいつも姫川先輩の話ばっかりで……」

 村上の妹のゆうかちゃんが人懐っこい笑顔を浮かべながら私に話しかける。その後ろで杏奈ちゃんの方は少し難しそうな顔をしてる。

「へ、へ~、そうなんだ……どうせ私の悪口とか無理矢理除毛された話とかの愚痴ばっかりなんでしょ?」

 ダメだ……私無意識に顔がニヤけてないか?


「そんなこともないですよ。いつも姫川先輩がいてくれるおかげで部で活躍できるって言ってますし。私が姫川先輩に紹介しろって言ってもイヤだって言って……本当にガキなお兄ちゃんのお世話してくれてありがとうございます」

 なんだろう、この子に懐かれるようなことは何もしてないのに凄く懐かれてる。

 村上がちょっと焦ってる。


「こら、ゆうか……姫川も忙しいんだからあんまり引き留めるなよ」

「私は今まで紹介して貰えなかった分姫川先輩とお話したいの。お兄ちゃんは杏奈ちゃんとそっちで話してて」

 そう言ってゆうかちゃんは私の手を引いて教室の隅に連れてきた。

「えっと、何の用かな? ゆうかちゃん、私と村上はこの後水泳部の部活に戻らないといけないんだけど……」

「姫川先輩にお礼を言いたいと思って……一昨年の年末、お兄ちゃんは親友が死んじゃってから凄く落ち込んじゃって、一時は食べ物もまともに食べてくれなくてまともに寝れなくなって……これからどうなっちゃうんだろうって心配してたんです。だけどある時から『姫川が』『姫川は』って姫川先輩のことを家で話すようになってからだんだん明るくなってきて、今じゃすっかり元通りになって。

 だから姫川先輩に会えたらお礼を言おうって思っていたんです」


 凄い笑顔でそういう風に言われる。この子の笑顔はものすごく可愛くて……そこいらのアイドルなんかよりもよっぽど可愛いかも。だけどその笑顔で癒されるどころか私の心の中には重い石がのしかかってきたように重くなった。

 村上が壊れかけたのは私が恭の命を奪ったからだ。恭が生きていれば私のことなんて関係なく村上は元気に過ごしていたはずなのだ。ゆうかちゃんは勘違いしている。強いて言うならマッチポンプ。

 私が原因で私が解決したみたいな。


「ちが……」

「違くないです! 姫川先輩のおかげだからもっと自信持ってほしいんです」

 ゆうかちゃんは私の否定しようとした言葉を口に出す前にさえぎってしまう。知っていて……この子は分かっていて私に自信を持てと言っている。

「ゆうかちゃんはそれでいいの?」

「いいです。杏奈ちゃんのことも好きだけど、お兄ちゃんの気持ちも大事だと思うから」

 それは今の私にはすぐに答えられないことだった。


「なんにせよ、姫川先輩と話せてよかったです。これからよろしくお願いします。あ、ライン交換しましょう、本当にお兄ちゃんが邪魔しなければとっくに知り合いになれてたのに」

 そんな感じでゆうかちゃんと……村上の妹と友達になった。


 3年生から順にクラスを回ってきたので1年5組が終わった時点で村上と私のホワイトデーのお返し行脚も終了……のはずだったのだが紙袋の中に1つだけ、リボンのかかった箱が残っている。

「村上、お返しのクッキーが1つ余ってるみたいだよ。これだけちゃんと包装した箱に入ってるやつ」

「ああ、それは……」

 そう言いながら紙袋を受け取った村上が袋の底から箱を取り出す。


「はい、姫川のチョコのお返し。これクッキーじゃなくてこれマカロンなんだ」

 そう言って渡された綺麗に包装された箱を私は受け取る。


 え!? どういうこと?

 (次回に続く)

 -----------------------------------------------

ちょっとした小話


ゆうか「とにかく姫川先輩は自分の過去よりも今の気持ちに従って欲しいんです」

ヒナ「今の気持ちって言われても……村上は私にとって親友だし」

ゆうか「杏奈ちゃんとお兄ちゃんが会話してるのを見てなんとも思わないんですか?」

ヒナ「それは(チラッ)名前で呼び合うとか仲いいなって思うけど」

ゆうか「あの2人は幼馴染です。私の友達ですけど……私はお兄ちゃんと血が繋がった妹だから絶対告白なんて出来ないのに」

ヒナ「ひょっとしてゆうかちゃんって……」

ゆうか「だから自分の気持ちに正直になればなにも問題なんてない姫川先輩には諦めないでほしいんです」


ゆうかちゃんから真剣な目で見つめられて……私は自分の気持ちに向き合わなくてはいけないと思うのだった。


おまけ

恭介「はぁ‥…やっとバレンタインのお返しのチーズケーキを人数分配り終わったよ。流石に手作りでケーキを焼くのはみんなが手伝ってくれても大変だった」

陽菜「でも調理室のオーブンがたくさんあるから一度に一気に焼けるから。これがクッキーだともう型抜きしてる時点で何百枚だから、ケーキを切り分けた方が楽なくらいだよ」

しずく「でも陽菜ちゃんもそう言って恭介さんを上手い事チーズケーキに誘導したよね。ホワイトデーのお返しってで意味が変わるけど、から」

恭介「へー、そうなんだ。チーズケーキ以外だとどんな意味があるの?」

しずく「クッキーだと『友達でいよう』、キャンディーは『あなたのことが好き』、そしてが『』だったよね」

恭介「へぇ……そうなんだ。それじゃあみんなの分は来年はマカロンを作りたいな。大変そうだけど作り方教えてくれる?」

陽菜・しずく「「恭介くん(さん)……大好き」」


という会話が貞操逆転世界では交わされたとか交わされなかったとか。


次回更新は3/24です。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る