番外編⑫ 陽菜ちゃんが熱を出して寝込んで(ひより視点)

 学年末の試験週間が終わり、答案が返却された。私に関しては今までの試験でもっとも高い点数が取れている。

 それは苦手な英語に関しても同じで、過去には赤点ぎりぎりをとることもあった英語で平均点を越えていることに自分でも驚いている。


「おおっ、ひよりも今回は英語の点数が上がったんだな。まるとみおも赤点はしっかり回避してるし、これで全員が春休みを楽しめるってことか」

 私の後ろの席から採点された私の答案用紙を覗き込みながら恭介が話しかけてくる。自分の後ろの席に好きな男が座っているというのはなかなか油断できない。


「こら、恭介。他人の試験の点数を覗き込むのはあんまり褒められた行為じゃないぞ」

 まあ、恭介に見られる分には何も気にしないんだがな。

「ごめんごめん。点数が見えたものだから……それにしてもしずくは100点って……いや、しずくの目標レベルからしたらうちの学校のテストで満点はマストかもしれないけどさ」

 私の隣のしずくちゃんの点数は満点だったらしい。私の自慢の友達は医学部を目指している。


「今回はみんなの勉強を見てたから自分の勉強にもなったしね。そういう恭介さんだって90点も取ってるんじゃない。本当に頑張ってるわね」

 恭介が照れたように頬をかいている。先週末はみおちゃんの家に泊まり込んでしずくちゃんの指導の下、試験勉強をしていたので本当に全員揃って点数が上がっている。

 人に教えるためには自分自身がしっかり理解していないといけないからしずくちゃんにとっては教えること自体が勉強になっているのだろう。


「みんなと付き合っていくためには情けない俺じゃダメだと思うし、周りから陽菜と付き合ったから点数が落ちたとか言われたら陽菜に申し訳ないしな」

 ふぅ、相変わらず私の好きな男は努力家だな。そういう所が好きだがその一方で弱いところがあるところも知ってしまった今では愛おしさが止まらなくなりそうだ。


「試験週間が終わって今日から本格的に部活も再開される。恭介、剣道の方でも結果が出せるようにしっかりついてきてくれよ」

 冗談めかして声をかける。言わなくても真正面から付いてくる男だけど。

「ああ、いつかひよりを超えるくらい強くなれるように頑張るよ」

 恭介は軽く片目をつぶって、握りこぶしを差し出してくる。恭介がよくやるというやつだ。恭介はこれとを好んでやる。


「私に勝とうなどと百年早い。まずは剣道の基本をしっかりと身に付けるところからだな」

 コツンとこぶしをぶつけてやりながらも顔がにやけてしまいそうだ。好きな男が世界一格好良くて、しかも自分を愛してくれて目標にしてくれる。なんて幸せなことだろう。私の剣の道が恵まれすぎていて怖いくらいだ。


「ひよりがにやけてるんだよ。今回のテストの点がそんなに良かったんだよ」

 結構離れた席からのどかが声をかけている。試験の返却と答え合わせだけとはいえまだ授業中だ。あんまり大きな声は感心しない。いや、照れ隠しなどではないからな。

「のどか。そういう自分の方こそ赤点を回避して嬉しそうだぞ」

「当たり前なんだよ。しずくちんときょーちん、ひなちんに教えて貰ったらちょっとずつ勉強も楽しくなってきたんだよ。剣道もどんどん楽しくなってきてるから今日の部活ではひよりから何本とれるか楽しみなんだよ」


 のどかの才能に関してはこちらが惚れこんで成長を見守っている。将来私の好敵手として大会などでも私の前に立ちはだかる日が来るのを楽しみにしている。

 大学生の石動いするぎさんたちや、のどかという競い合える相手が出来たことも本当に楽しくて仕方ない。

「あーしも今回は赤点なし! 数学さえクリアできれば楽勝だから! 流石あーし! てんさいじゃね」

 みおちゃんが答案用紙を見せつけてくる。確かにみおちゃんは数学が一番苦手(その割にお金の計算はめっぽう強い)だから今回はだいぶ教えてあげて力になることが出来た。


 こんなふうに恭介と出会ってからたった一年足らずで私の周りは一変した。一人で頑張っていた剣の道も、悩んでいた道場の将来も……そして半ばあきらめていた恋も……全てを恭介が与えてくれた。




 そしてもう一人……


 コンコン


 恭介が部屋の扉を叩いて来訪を知らせる。中からの返事はない。寝ているのだろう。

 ガチャッ

「陽菜、入るよ。寝てるの?」

 部活終わり、今日は私が陽菜ちゃんの部屋でお泊りできる平日順番だから恭介と連れ立って陽菜ちゃんの家にやってきている。

 試験期間中はお泊りはあっても本当にほとんど勉強会で、週末の土日もみんなでみおちゃんの家に泊まり込みで勉強漬けだった。


 恭介をお預けされていたからちょっと欲求不満気味……だったのだが、テストが全部終わった時点で頑張っていた陽菜ちゃんが熱を出して寝込んでしまったので今日の私のお泊りはなしかと思ってちょっと残念に思っていたのだ。結局は陽菜ちゃんが来るように連絡してくれたのでこうして恭介と一緒に帰ってきてるわけだが。


「う、ううぅん……あ、恭ちゃん……えへへ、よく寝てたからだいぶ熱も下がったみたいだよ。ひよりちゃんもいらっしゃい」

 私たちが部屋に入って来たことで目を覚ました陽菜ちゃんが恭介相手にとろんとした目を向けている。ちょっと寝ぼけているのだろうか凄く可愛い。(←お前が言うなという意見は聞かない)


「陽菜のテスト結果も預かってきたから。今回は平均点が90点。過去最高だって」

 恭介がものすごく優しい目をして陽菜ちゃんの頭を撫でてあげている。本当にこの二人の結びつきと信頼関係は強い。二人が幼馴染であること、そしてこの世界にとっての異邦人であることがこの強い結びつきを産んでいるんだと理解できる。だからこそ私たちがみんなで一緒にいて支えてあげられればと思う。


「陽菜ちゃん体調は大丈夫か? でも顔色はだいぶいいみたいだな」

「うん、ひよりちゃんも……ありがとう」

 へにゃって感じで私に向けて笑いかける陽菜ちゃんの全幅の信頼を含む笑顔を見ると私まで恭介に並んで頭をなでなでしてしまう。恭介の言う世界一可愛い女の子という評価が過言じゃないと思ってしまう。

 しずくちゃんは美人で、みおちゃんは魅惑的、のどかは無垢で、私は……凛々しいあたりだろうか、それぞれいい部分はあっても陽菜ちゃんの可愛さには敵わない。いや、争う気もないんだが。


「今日は私が来て本当によかったのか? 体調が悪いなら今からでも帰るのだが」

「ううん、体調が悪いからこそ来てもらったらいいかなって思って……その、みんな我慢して一生懸命テスト勉強してたんだし私の体調に遠慮することなんてないから、恭介くんだってだろうし」

「ひ、陽菜さん!? いや、それはそうなんだけど……」

「ひ、陽菜ちゃん!? いや、私も性欲を我慢してたわけでは……いや、してました」

「ひ、ひよりさん!? お、俺もそうだけど、陽菜はそれでいいの?」

 二人揃って動揺する私たちに陽菜ちゃんが微笑む。


「だって……遠慮される方がさびしいよ。それに見てないところでよりずっといいし」

「もう、陽菜は本当に……」

 恭介が陽菜ちゃんを抱きしめて、いつもの本当に軽い口づけをする。陽菜ちゃんの体調に配慮した唇を一瞬付けるだけの優しい口づけ。大切にするための口づけ。


「とにかく陽菜も体調が回復してきてるなら一緒に晩ご飯を食べて免疫抑制剤を飲んじゃおう。ひよりとの話はその後で、ね」

 恭介がそう言ってさちえさんが作ってくれたご飯を四人で食べる。

 さちえさんがみんなと一緒にいても成績を下げなかった恭介と、恋人が出来ても成績が上がった私たちを褒めてくれる。高校総体いんたーはいに向かう車の中でも約束してたから。


 一応そういうことはしないつもりではいたのだが……結局、その夜はいろいろあって恭介に激しく愛して貰って幸せを感じながら眠りについた。抱き枕にした陽菜ちゃんの体温がちょっといつもより高くって……その熱を持った命の重さが愛おしかった。

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ちょっとした小話


恭介「まあ、陽菜も寝ちゃったことだし……俺たちも少しテストの見直しだけしたら今日は寝よう」

ひより「そ、そうだな。陽菜ちゃんは遠慮するなと言うがこの状態でするのは勢いが必要というか……難しいものだな」

2人で陽菜の部屋の脚を折りたためる座卓に向かいながらテストの答えを見直していく。2人とも成績優秀だから唯一平均点程度のひよりの英語の見直しが主になる。

「だから、ここは過去完了のhave と 『持つ』って意味のhaveだから……あ、ひよりもチョコを食べてくれ。まだバレンタインに貰ったチョコが余ってるから摘まみながら脳に糖分を送って頑張れ」

少しだけマシになったとはいえ相変わらず英語が苦手な恋人を励ましながらチョコを勧める。ひよりはチョコの1つ、銀紙を剥いて口に放り込む。

「そうだな……英語以外は恭介よりも点を取れたと思うのだが……ふむ、初めて食べる味のチョコだな、変わった風味でうまいと思うぞ」

そう言いながら2つ3つと包みを開いて口に放り込んでいく……



「きょ~すけ~、一緒に寝るのらぁ……」

ぎゅぅ……スルスル

「ちょ、ちょっと待って……ひよりさん!? なんで袈裟固めで固めた上で俺のパジャマのズボンを下ろしちゃうの? 待ってってば……」

「いいじゃないか~……きょ~すけのここだってこんなに硬くなってるのらぁ。開放してあげるのら」

むぎゅぅ

「ちょっと……ひよりさん? これ寝ぼけてるんじゃないよね? ひょっとしなくても酔ってる? まさか……」

そこにあったのはウィスキーボンボンの包み紙だった。

「ん? わらしは酔っぱらってなんかいないのら……きょ~すけはおかしなことを言うなぁ、キャハハハハ」

「だ、誰だよ。ワンチャン狙いで俺へのバレンタインチョコにウィスキーボンボン入れてたのは? もうらめぇ」

というながれで、二人で熱い夜を過ごして陽菜にバッチリ見られた。結局、翌日記憶が残ったままのひよりは死ぬほど赤面することになったのだった。


というような一夜を過ごしたとか過ごさなかったとか。


おまけ

ひより「の次はというのらな」

恭介「いや、間違ってないけど……」

ひより「ちょっと早いのらけろ、白いのほわいとでーをお返しして欲しいのらぁ~」

恭介「ひよりさん!? お酒飲むとウィスキーボンボンで人が変わるの? あ、ダメ……優しくしてぇ」

大変でした。


次回更新は3月17日になります。

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