番外編⑩ エピソード0

 ※限定近況ノートにて公開していた1話よりも半年前、ヒナと恭介の再会のエピソードです。


(2022年6月 元の世界にて)


 雨が降っていた。梅雨の雨、しとしとと降り続ける雨を俺はあまり嫌いじゃない。

 俺は多々良恭介、ついこの間の6月6日に16歳になったばかりの高校一年生だ。

 6月の生まれだから梅雨の雨はなんとなく嫌いになれないんだと思う。傘をたたく雨の音を聞きながら足を進める。


 部活の水泳部が雨で室内のサーキットトレーニングだけになっていつもより早い帰宅時間。

 雨の中、家の近所の公園を通り抜けようとしたのはほんの気まぐれだった。

 ここは小さい頃の思い出がたくさん詰まった公園。滑り台も砂場もそしてブランコも……全てが俺と幼馴染の思い出の場所だった……


 えっ!? 園内を見渡していた俺の視線が一点で止まる。

 思い出のある陽菜と一緒に遊んだブランコには一人の少女が座ってブランコを漕ぐでもなく雨に打たれていた。

 俯いたその顔はすでに濡れそぼっていて、涙が流れているかどうかなんて分からなかったが俺の目には泣いているように見えた。


 白いブラウスは肌に張り付き、日頃はフワッと明るいボブカットの茶髪もぐっしょり濡れて彼女がどれだけの時間そこで雨に打たれ濡れ続けていたのかを俺に伝えてくる。


「ヒナ!」


 思わず声をあげて駆け寄る。そこにいたのは俺の幼馴染で今は疎遠になっていた姫川陽菜ヒナだった。

 魂が抜けたような顔をして俺のことを見上げるヒナの日焼けした顔は見たことがないほど真っ青になっており唇はリップの色で健康的に見えるのに小刻みに震えていた。いったいどれだけ……


「ヒナ、とにかく来い」

 ヒナの腕を掴むと無理矢理立ち上がらせる。俺が掴んだヒナの二の腕は柔らかく、だけどその感触を楽しんでいたいなんて思うことも出来ないほど冷え切っていて……あまりの冷たさにぞっとしてしまう。


 そのまま引きずるようにして自分の家までヒナを連れ込む。ヒナの母親のさちえさんは今日に限って遅い時間まで家にいないと言っていた。

 俺の家の方が母親もいるし安全だろう。ヒナには西田先輩というサッカー部の上級生の彼氏がいるが今はとにかくヒナの体が一番大切だ。

 あとで土下座でも何でもして謝るからヒナを家に連れ込もう。


 ヒナは全く抵抗せずに俺についてくる。


 ガチャッ


 家の玄関を乱暴に空けるとびしょ濡れのままのヒナを風呂場に押し込むようにして母さんに声をかける。


「母さん、雨にぬれたから風呂を沸かして! いや、違う、俺じゃないから。向かいのヒナだから。後、俺じゃ服を脱がせられないからとにかく手伝って」


 慌てて給湯器の準備を済ませて母親が脱衣所に来てくれたから浴室の湯船にお湯を張る。シャワーを出してお湯の温度を確認する。

 母さんがいてくれて良かった。とてもじゃないけどヒナの家でさちえさんの助けなしでお風呂に入れることはできなかっただろうし、今の冷え切ったヒナを温めるために湯船に入れることは不可能だっただろう。


「母さん、あとは任せていいか? とにかく冷え切っているか……」

 俺が脱衣所に戻った時、そこにいた母さんはヒナは濡れたブラウスのボタンを外そうと四苦八苦していた。そしてヒナは……放心した状態でなされるがままに脱がされていてその大きな胸を包んだ紫色のブラが丸見えになっているにも関わらず気にしていないようで……思わず言葉を無くした俺は慌てて目線を外して脱衣室を出る。


「ご、ゴメン……と、とにかく俺は出てるから。必要なことがあったら何でも言ってくれ」

「恭介。とにかくバスタオルとアンタ男物のパジャマでいいから着替えを準備。それと冬に使ってる布団乾燥機があるからアンタの部屋のタンスの中から冬用の掛布団を出してベッドにおいて布団乾燥機で温めておいて」


 さっき見た光景を振り払うように作業に取り組む。疎遠になった今は黒ギャルになっているヒナの褐色の胸のふくらみ、そしてその胸の中心に一本スッと走っている心臓移植の傷あと。紫色のブラで作られた谷間からその傷が覗いていて俺はもう三年も前のことなのかと思い出す。


 ブゥゥゥゥゥン……


 布団乾燥機が布団の中に温風を吹き込み始める。


 その音を聞きながら仲のいい幼馴染だった俺とヒナが決別することになったあの日のことを……中学1年生のヒナが心臓移植の手術をして、俺のことを拒絶するようになったきっかけの日のことを頭に思い出した……




(同日 貞操逆転世界にて)

 カックンッ ふぁっ!?


 恭介が公園で雨に濡れているヒナを連れ帰った日、貞操逆転世界では姫川陽菜が放課後の図書館でうたたねから覚めてキョロキョロと周りを見渡していた。


 6月の雨はしとしとと降り続き、図書館の外は暗くなってきている。

「恭ちゃんが迎えに来てくれた日の夢を見ちゃうなんて……」

 雨の中、傘をさして帰っても良かったのだけど母親が来てくれるというので迎えの車が来るまでの間、図書館で勉強ながらうたた寝してしまったらしい。

 この世界では女の子が公共の場でしていてもほとんど危険はない。寝ている女の子に手を出す積極的な男子なんていないから。


「あの日もこんな雨だったなぁ……恭ちゃんは今ごろ何をしてるかな?」

 小学6年生の頃図書館で勉強していて幼馴染の多々良恭介に迎えに来てもらった日も同じような雨だった。

 今も隣にいてくれればきっと陽菜が濡れないように一緒に帰るって言ってくれたことだろう。


 だけど入れ替わってしまった陽菜は多々良恭介がいた元の世界から貞操逆転世界に来てしまったから……陽菜は自分が手術をして幼馴染に会えなくなった日のことを思い出した……

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 ちょっと変わった番外編。前半部分が限定公開していた部分で三人称の貞操逆転世界が書下ろしです。恭介くんがヒナちゃんと付き合い始めるきっかけになった日のエピソードでその日の陽菜がどうしていたかを付け足しました。


 実はヒナビフォアとして本編1話以前の物語を書いてみようかという構想があったのですが、裏で起こっていることを知っている読者さんと恭介くんにあまりにもきつい物語になるために筆が進みにくくいったん中断してしまっています。

 単発で季節のエピソードを書くくらいがいい塩梅かもしれません。


 カクヨムコンまでは毎週1話更新を基本としていましたが、ここから先は季節のイベントのタイミングで番外編を公開する不定期更新にするか、プラスアルファで新作を進めるか、いろいろと方針を決めていきたいなと思います。

 とりあえず、ひより・しずく・みおの2人きりデート回は書きたいですね。

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