番外編⑦ きょーすけが風邪ひいて(後半ゆうき視点)

 年明け早々、風邪をひいて寝込んでしまった……元の世界では年単位で体調を崩した記憶がないから本当に久しぶり。

 3学期の始業式からいきなり欠席。元の世界では皆勤賞を誇っていただけにちょっと残念。いや、多分むこうでは1年生の2学期末に死んじゃってるから皆勤賞もなにもないのか。こっちに来た時点で2か月間も入院してるし。


 年明けから二年参りに姫初め、心愛ちゃんをはじめとする親戚づきあい、書初めに寒稽古、なんというかイベント尽くしだったから疲れちゃったのかもしれない。

 考えてみるとこっちの世界に来てから一年間突っ走りっぱなしで休む暇もなかったから体がそろそろ休めって言ってるのかもな。


 パチッ

 はぁはぁ、自分の部屋のベッドで寝てると熱のせいか寝苦しいし凄くイヤなイメージばかりが思い浮かんで思わず目を開く。

 始業式の日の昼間、母さんはパートに出てる時間だから部屋には誰もいないと思っていたのだけど目の前にものすごく可愛い顔があってビックリする。


「ゆ、ゆうき?……ゆうきがなんで俺の部屋に?」

 目の前にいたのは俺の親友である村上ゆうきだった。ちなみに双子みたいにそっくりなゆうかという妹がいるけど俺はゆうきのことを見間違えることはないし、俺と同じ男子の制服を着てるから確実にゆうきだ。

「きょーすけが風邪ひいて寝込んでるって聞いたからお見舞いに。うなされてるみたいだったから起こしちゃったけど大丈夫だった?」


 ゆうきの話によると今日は始業式で学校は半日で終わったんだけど、しずくは生徒会、ひよりとのどかは剣道部の初稽古、みおは卒アル委員会の追い込みで委員長として仕事をしていて看病に来れるのは陽菜とゆうきの2人だけだったらしい。

 ここで問題なのは免疫抑制剤を飲んでいる陽菜は風邪ひきの俺の看病はしないことになっている。陽菜が風邪をひくと大風邪になるのだ。普通の風邪で39℃以上の熱を平気でたたき出すのが免疫抑制剤の怖いところだ。


「きょーすけ、うなされていたけど凄い汗だよ。ちゃんと薬飲んでる? ちょっと熱を測るから」

 そういうとゆうきが自分の前髪を上に上げるようにして顔を近づけてくる。おでこ同士をコツンとして、一拍おいて離れる。ゆうきの顔が近い。まつ毛長いなぁなんてことまで思ってしまう。

「う~ん、まだまだ熱が下がってないみたいだね。顔も真っ赤だし」

 顔が真っ赤になったのは確実にゆうきのせいだと思うけど……


 着ていたスエットを脱がされて搾ったタオルで体を拭いてくれて着替えさせたうえで横にされる。今度はゆうきが真っ赤になっている。いや、男同士だからね? 何一つやましいこともイヤらしいこともしてないから。

「それにしてもきょーすけってすごく筋肉質になったよね。剣道を始めてから水泳部にいた頃よりももっと筋肉がついたんじゃない?」

「あ~、ひよりにめちゃくちゃシゴかれてるから。高校2年で剣道を始めて日本一を目指せって言うんだからひよりは鬼師匠だよ」

 その上、圧倒的な才能の持ち主とはいえ後から始めたのどかにすでに勝てなくなってきてるから困る。最近では二人掛りでシゴかれる日々である(健全な意味で)。


「きょーすけ、お腹空いていない?」

「あ~、言われてみると少しお腹が空いて来たかも。そこの勉強机の上にゼリーのパックがあるから取ってくれる?」

 ゼリー飲料を母さんが置いてくてれるはず。

「えっと……姫川さんがおかゆを準備してくれてるはずだから取ってくるよ。ちょっと待っててくれる?」

 そう言うとゆうきがドアから出てトントンと階段を下りていく。

 そうか、陽菜が来てくれておかゆを作ってくれてるんだ。直接の看病が出来なくても陽菜の作ってくれたおかゆを食べればすぐに風邪なんて吹っ飛んじゃいそう。


『おかゆ作りに来てくれたんだ』

 スマホを引き寄せて寝転がったまま、ラインを打って「ありがとう」のスタンプを送る。

 すぐに「お大事に」という猫のスタンプが返ってきた。

 胸がポカポカする。陽菜とゆうきに看病して貰ってるんだから本当にすぐに治りそう。




 ガチャッ

 ドアが開いてゆうきが戻ってくる。

「本当に姫川さんは料理が上手だね。おかゆに小うどんだけど見てるだけで凄く食欲がわいてくるよ」

 丸いお盆の上におかゆのお茶碗とうどんの器が載っていて、レンゲとお箸が添えてある。ゆうきが勉強机からイスを寄せてきてベッドのすぐそばに座る。


「じゃあきょーすけ、最初はおかゆからね」

 そういうとレンゲで一口分のおかゆを掬ってフーフーと息を吹きかけて冷ましてくれて「あ~ん」とベッドに体を起こした俺の口元に手を伸ばしてくる。左手は添えるだけ。

 え~と、多分起きて食べる元気ぐらいは出てるんだけど……ここはゆうきに甘えるとしよう。


 あ~ん、と食べさせてもらう。モグモグ……おかゆは塩味でうっすらと味がついていてとろみも柔らかさもばっちりでこんなに美味しいおかゆを食べるのは初めてかも。

 陽菜って入院が長いし体調を崩すことも多いからおかゆを食べることも多くって、おかゆにはこだわりがあるらしい。病院のは重湯とか三分粥とかあるからね。今日の陽菜の全粥のバランスがバッチリ過ぎてちょっと感動するぐらい。ゆうきのフーフーで食べるとなおさらだ。


 おかゆとうどんを平らげてまた横になる。落ち着いたらお腹がくちくなって再び眠気が襲ってきた。ベッドに横になるとすぅっと意識が遠くなる。

「おやすみ。きょーすけ」

 ゆうきの声が優しく聞こえた。




(ゆうき視点)

 きょーすけがスースーと寝息を立てて眠りについた。もう少しここで教科書でも読んで勉強して帰ろうかな。

 と、その前にきょーすけが平らげたおかゆとうどんの器を載せたお盆を持って一階に降りる。台所ではソワソワしながら姫川さんが待っていた。

「きょーすけは美味しそうに全部平らげたよ。姫川さんって本当にお料理が上手だよね」

 姫川さんにお盆を手渡すとすぐに流しでお水につけている。


「そう、良かった。ありがとうね、ゆうきくん。本当は私が恭介くんの看病をしてあげたいんだけどもしも風邪がうつって私が風邪をひいちゃったら恭介くんが気にやんじゃうから」

 だからってボクを連れて看病させてくれるところが姫川さんの凄いところだと思う。恋のライバルとしてはもう勝敗がついちゃったけど……きょーすけのことを好きでいても許してくれるしこうしてきょーすけのそばにいてもいいって言ってくれるのだ。


 姫川さんは例えるなら「北風と太陽」の太陽みたいな女の子だ。ここまで信頼して任されたらおかしなことをしようなんて思うことさえ出来なくなる。いや、最初からきょーすけにおかしなことなんてしようと思っていないけど。


 ボクは男子だけどきょーすけが好きだ。今考えるとこの世界にいた元の多々良恭介のことは恋愛的な好きというのとはちょっと違うけど好きだったけど、きょーすけのことは本当に好きになってしまった。

 女の子に興味はあんまりないけど、もしも女の子を好きになるんだったら姫川さんみたいな子がいいなって思う。というか、姫川さんもきょーすけもこの世界の女の子、男の子じゃなくてここではない別の世界から入れ替わってきたちょっと特別な2人だから……


「どうしたの、ゆうきくん? あ、これゆうき君の分のおうどん作ったから食べてよ」

 洗い物を終えた姫川さんがボクの分のおうどんにお肉をのせてくれながら顔を覗きこむ。

「いや、きょーすけは幸せ者だなって思って。本当にこっちの世界に来て大変だったみたいだけど、姫川さんが一緒だったら絶対幸せになれると思う」

「えへへ、そうかな? でもしずくちゃん達もだし、ゆうきくんやゆうかちゃんもいてくれないと恭介くんは本当の意味で幸せになれないから恭介くんのことをずっと好きでいてあげてね」


 本当に敵わないなぁって思う。きょーすけと姫川さんの2人の作る輪はどんどん広がるし影響力もすごい。ボクとゆうかだって何年か前からちょっとぎくしゃくしていたのに夏の写真旅行で僕らの関係を作り直してアイドルになっちゃったし。

「きょーすけのことを嫌いになることなんて絶対ないから安心してよ。姫川さんこそきょーすけを泣かせるようなことがあったら僕がきょーすけを幸せにするから絶対にきょーすけを泣かさないようにね」

「うん、任せておいて。みんなできょーすけくんを幸せにしよう。これからもよろしくね」

 そういうと姫川さんがグーに握った右手を僕に差し出してくる。きょーすけがよくやっているフィスト・バンプ。

 ボクも右手を差し出してコツンっと2人のこぶしが合わさる。なぜだか初めてじゃないような気がして少しだけ不思議だった。


 その後、きょーすけの部屋で寝てるきょーすけの横で勉強していたらぞろぞろと学校帰りのみんながお見舞いに来て大騒ぎになった。本当にきょーすけのまわりはいつでもにぎやかで楽しいなって思う。

 -----------------------------------------------

 なにげにゆうきくんと私が沢山お話するシーンって初めてだったかも?


 明日8日は祝日なので、サポーター専用として発表したゆうきくんの短編を公開します。

 恭介くんが18歳なら成人式ネタもありだったんですけどね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る