番外編⑥-4 師匠はおめでたかも(陽菜視点)

「で、緊急会議ってどういうこと?」

 しずくちゃんが心底不思議そうに私に尋ねる。

 今、お風呂上がりに恭介くんの部屋のパソコンを使ってZOOMでやり取りしている。しずくちゃんとみおちゃんがパソコンから、ひよりちゃんがスマホから繋がっている。

 ちなみにまるちゃんは二つ折りタイプのガラスマなため、ラインでスピーカー通話中だ。みんなの声もこっちのスマホのマイクが拾ってるから聞こえてるはず。


 あの後、恭介くんと心愛ちゃんと3人で湯船で温まり、急かすようにしてあっという間にお風呂を上がりみんなを緊急招集した。

 幸いまだ早い時間(午後8時台)だったので、ひよりちゃんも眠っていなくって全員が集まる。

 たまにみんなでラインのグループトークをすることはあるけど、ZOOMはしずくちゃんとみおちゃんと恭介くんが相談事をする時に使うって話はよく聞いていたので今日は緊急事態ということでZOOMでの招集である。まるちゃん以外は顔を見て話せるのでちょっと楽しい。楽しいのはともかくとして……


「緊急事態発生だから!

 私、気付いたらピィー㎏乙女の秘密も太っちゃって、ピィピィー㎏乙女の秘密になっちゃっていたんだけど!?」

 乙女の一大事だ。なのにみんななんだかすごくのんびりしている気がする。子供の無垢な目で私の体重増を見抜いた心愛ちゃんも後ろで恭介くんに頭を拭かれながら一緒に同じ部屋の中にいるけど、私に太ったって言った割には悪びれないし。


「それで陽菜ちゃん、太ったことの何が問題なんだ? 特に体を動かすわけでもないだろう?」

「そうそう、あーしから見てもちょっとぽっちゃりしたくらいでむしろ可愛いっていうか」

「えっと、ちょっと待っててね。今貰ったデータで計算してるから……できた! 陽菜ちゃんの体重はBMIで計算したらまだ標準体重だし陽菜ちゃんはおっぱいが大きいからこのくらいだと肥満には入らないと思うけど」

 みんなが口々に問題ないって言ってくる。あれ? 体重の増加と肥満って乙女の一大事じゃないの!? それにって何なの、しずくちゃん?


 私が頭の中を疑問符でいっぱいにしていると、心愛ちゃんの頭をドライヤーで乾かしながら恭介くんが話しかけてくる。心愛ちゃんは恭介くんのドライヤーが気持ち良くて夢見心地で私たちの話を聞いていないのでちょっと踏み込んだ話をする気になったみたいだ。

「あのね、陽菜。実は俺気付いてたんだけど……この世界の女の子って実はあんまり体重のことを気にしてないみたいなんだよね」

 へっ!? どういうこと? 体重って女の子の最重要課題じゃなかったの?


「実はこの世界に来て気になっていたのは、クラスメイトに元の世界よりもぽっちゃりした女の子が多かったことなんだよね。それで探りを入れたらこっちの世界の女の子ってあんまり体重を気にしていないっていうか、ほら、こっちの女子って胸とか見られることも元の世界ほど気にしないでしょ? それと一緒であんまり太ってるとかそういう容姿が……とかどうでもいいみたいなんだよね」

 なんだって~!!? 考えてみると中学校1年生の時にこっちの世界に入れ替わるまでは私は病気の影響もあって本当にやせっぽっちで、それでもテレビとか雑誌なんかでダイエット特集とかいっぱい見てたから太ったら恭ちゃんに嫌われちゃうんじゃないかって思いこんでた。まさかこっちの世界の女の子はダイエットをほとんど意識してなかったなんて。


「師匠はおめでたかもしれないんだよ。赤ちゃんが出来てたらカーニバルなんだよ」

 ライン通話だからパソコンの画面上で繋がっていないまるちゃんがとんでもないことを言い始めた。ちょっと待って!? ちょっと太っちゃったのは事実だけどエッチの時はちゃんとコンドームをしていたし……そもそも生理だって今月の頭にちゃんと来てるから、おめでたで赤ちゃんが出来て体重が増加し始めるのってもっと後だよね? 慌てて恭介くんを見るとちょっと心愛ちゃんの髪の毛をドライヤーで乾かす手を止めて私の顔をじっと見ている。


「そうなの? 陽菜と俺の赤ちゃん……大変かもしれないけど凄く嬉しいよ。名前考えないと」

 いや、流されないで~!? 絶対赤ちゃんじゃないと思う。ただ最近は月の半分の金曜夜からみおちゃんちのお泊りで恭介君のランニングの付き合いとかしてなかったから自転車で消費されてたカロリーも溜まっちゃって太っちゃったんだと思うよ。

 でもでも、いざってときは生まれてくる赤ちゃんを恭介くんが受け入れてくれるっていうのが今の反応から分かるからちょっと幸せだけど。


 どうすれば赤ちゃんの話から元の流れに戻せるんだろう!? そしてどうすればみんなが真面目にこの緊急事態体重増加問題に向き合ってくれるの?


 バタンッ!


「話は聞いたわ陽菜ちゃん! こんなこともあろうかとお母さんが準備しておいた妊娠検査薬よ!」

 恭介くんのお部屋なのにうちのお母さんがドアをバンって開いて私のところまでやって来てドラッグストアで売っている妊娠検査薬のパッケージを渡してくれる。


 え”!? お母さんっていつも何手も先まで考えてるけど妊娠検査薬まで準備しちゃってたの?

「ほら、陽菜ちゃん! これにおしっこをかけて」

 いや、絶対違うから~、恭介くんもそんな期待した目で見ないで。高校生なんだよ私たち?彼氏としては普通に困惑する場面でしょ?


 トボトボと階段を下りて恭介くんのおうちのおトイレを借りる。もうパジャマを着ているので、パジャマのズボンとパンツを下ろして検査薬の棒の先におしっこをかける。

 うう、何してるんだろう……二つある窓のうち判定終了の線がでたけど、検査の方の判定窓には何の線も出ないし無反応だ。陰性ってことだよね。やっぱり妊娠じゃなくてただ太っただけ! ただ太ったってことを思い知らされるための妊娠検査だったよ!? いや、確認は大事なことだと思うけど。


 検査薬のスティックを持って恭介くんのお部屋に戻る。部屋に戻るとお母さんが私の代わりにパソコンの前に座ってみんなと談笑している。

「それでね、うちの体脂肪計って一人一人を登録しておいてずっと履歴が取れるタイプだから陽菜ちゃんのデータを取っておいてくれってしずくちゃんに頼まれてね、ずっとデータを送っていたから陽菜ちゃんの体重の推移は分かっていたのよね」

「本当にありがとうございます、さちえさん。陽菜ちゃんの主治医を目指す私としてはまずは体重の管理は健康維持のための第一歩ですから、確かに秋からの3ヵ月ぐらいで陽菜ちゃんがピィー㎏乙女の秘密太っちゃったのは事実だけど普通体重の範囲内ですから安心してください」

 わ、私の乙女の秘密ぅ~!? さっきしずくちゃんが言っていたってうちのお母さんから流出していたんだ。

 うう、久しぶりに貞操逆転世界の怖さを思い知ったよ。


「あ、陽菜。検査結果はどうだった?」

 ベッドの上で腰かけて膝の上に心愛ちゃんを乗せている恭介くんが手を差し出してくるので陰性の結果が出た陰性の検査薬を渡す。

「陰性だったよ。っていうか、なんで私の体重っていう超機密データがこんなに共有されちゃってるの?」

 もう泣きそう。そして恭介くん!? 検査薬の結果を見た後、臭い嗅ごうとしなかった!? 本当に怒るからね!慌てて取り上げる。


「陽菜ちゃんが妊娠していたら私も子種が貰えたかもしれなかったのに残念だ」

「生エッチ解禁のはずだったんだよ」

「あ~しは子供はまだいいからピル飲んで生エッチだけしたいかな~」

「ちょっと、みんな……でも私だけいい子ぶるのもちょっと……正直生エッチは私も興味あるかも」


 もうみんな、エッチのことばっかりで私の体重に興味なさすぎでしょ? 確かにひよりちゃんとまるちゃんは恭介くんも含めていつでも剣道の稽古とか運動してるし、しずくちゃんは適正体重丁度だそうだし……あれ!? よく見ると画面に映るみおちゃんなんだか昔よりぽっちゃりしてない?


「ねぇ、みおちゃんってひょっとして太った?」

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 ちょっとした小話

「え!? 恭介くんは身長が伸びたの? 体重はちょっとしか増えてないのに1年で5㎝も伸びちゃうとか絶対ズルい!」

「1年でっていうか……こっちの世界の多々良恭介の体はまだ鍛えられてなかったし身長だけはあんまり元の世界の俺と変わらなかったけど、食生活と運動習慣をガラッと変えたからいい影響があったんじゃないのかな?」

「うう、私と恭介くんの身長差がまた開いた……たまに恭介くんが無意識にしちゃう私とお話しする時にひざを屈んじゃう癖がもっとひどくなっちゃう」

「あ、ひょっとして屈まれてお話するのってイヤだった? だったらあんまりしないようにするけど」

「ち、違うの! ああやって話しかけられるとちっちゃな子に話しかけてるみたいでなんとなく悔しいはずなのに、恭介くんが正面から向き合ってくれてる感じがして……いっぱい気遣ってくれてるのが伝わっちゃって嬉しいから困ってるの」

「そ、そうなんだ……陽菜が喜んでくれるならそれでいいから」

この後2人して照れて真っ赤になった。


 今週は毎日18:00に番外編を公開予定。

 全5話の中編です。

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