第323話 ⑰花束と寄せ書きとフォトスタンド

 明日高校を卒業し私たちは大学に進学する。


 ひよりとまるは高校剣道界を席巻し二人揃って隣の県の大学に剣道の推薦で進んだ。

 しずくは同じ大学の医学部へ、私は3人の通う国立大学のすぐそばにある県立大学の保健福祉学部、みおは私が通う大学と同じ市内にあるメイクの専門学校に通うことになる。


「あなたたちは見事に進学先が近くに集まってるわね。本当にあなたたちが私のクラスにいてくれて楽しかったわ。教え子が2人もインターハイで優勝するとかこんなの人生で2度とないでしょうね」

 国語準備室で谷垣先生が卒業式の前日に私たちと話をする。ちなみにインターハイで優勝したのは村上とひよりだ。まるはひよりにインターハイ決勝で負けている。


「でもね、本当にみんな凄いと思うわ。特に姫川さん。保健室で出会った頃の自信なさげでどこに行けばいいのか分からないって顔をしていた女の子はもうどこにもいないわね。

 あなたの成長には私は本当に驚かされたわ。本人にやる気があればどこまでも飛んでいけるんだって……あなたを見て知ったから。私は本当に教師になってよかった」

 そう言って私のことを抱きしめてくれる。


 昔こうやって私を抱きしめてくれた恭はもういない。もう1人抱きしめてくれた村上は進学で離れてしまうが日本で一番水泳が強い大学への推薦を決めている。オリンピック強化選手にも選ばれるそうだ。応援してやりたいと思う。


 アイツ、金メダルを獲ったらインタビューで「勝利の女神のおかげです」とか言わないだろうな? もしも「前髪の女神」とか言ったら高校関係者から絶対ばれるからそんな失言をしないようにしっかりと口止めしておかないと。


「「「「「谷垣先生、ありがとうございました」」」」」

 私たちの個人的な贈り物。花束と寄せ書きとフォトスタンド。フォトスタンドは私たちと谷垣先生で旅行に行った時のもの。だからクラスとは別に私たちだけで贈らせて貰った。


 みんなと別れた後、個人的に生徒指導室に顔を出すがそこに高田先生はいなかった。高田先生にもお礼を言いたくて職員室に移動するとそこで高田先生と会うことが出来た。私が学校に復帰できたのは高田先生と橋口先生のおかげだと今でも思っている。感謝の言葉を告げると「姫川君を卒業させてあげられることは僕の誇りだ。君のおかげで教育に対する情熱を取り戻させて貰った」とまで言って貰える。

 今日はほとんどすっぴんで来ているけど本当に化粧して来なくて良かった。何回泣いたら私の涙は止まるんだろう。


 その足で保健室を訪れる。私たち三年生はもう自由登校だから保健室に入ってきた私を見て橋口先生がびっくりしている。

「こんにちは、橋口先生。今日は卒業前に挨拶をさせていただきたくて」

 保健室には幸い他に誰もいなかった。橋口先生が私に向かって優しく微笑んでくれる。



「昔みたいでいいのよ、ヒナちゃん。ここはあなたの教室だったんだから」

 そう言って優しく私を招き入れてココアを入れてくれる橋口先生。保健室登校を終えた後も色々と相談に乗って貰った恩師の1人だ。

「はい、本当に橋口先生のおかげで学校に戻って来て卒業まで過ごせました。ありがとうございます」

 口調を崩したいのにどうしても感謝の気持ちを伝えようとすると堅苦しなってしまう。


「もう、懐いた猫がそっけなくなっちゃったみたいで寂しいから」

 そう言ってコロコロと笑う。その笑顔が嬉しくて私もエヘヘって笑ってしまう。

「いろいろあったけど、ヒナちゃんが卒業してこれから立派になるのをずっと見てるから。辛くなったらいつでも保健室に来ていいからね」

「本気で来ちゃうから。でも大丈夫! 私はもう自分の足で歩いていけるから。見ててね橋口先生」


 軽くハグさせて貰って名残を惜しむ。ちょっとふくよかな橋口先生。本当にありがとう。私が心臓移植してなくて健康な体だったら保健室の先生を目指していたかもしれないくらい憧れていた先生だった。


 翌日の卒業式、一番泣いているのは間違いなく谷垣先生と私だった。




 大学生になった私は社会福祉士になるために必死で勉強した。私たち5人は空き家になっていた郊外の一軒家を格安で借りて一緒に生活していた。

 家事能力で私とみおとまるがあまりにも役に立たないのでどうしようかと思っていたが、私のお母さんが同居するということであっさり問題は解決。

「ヒナちゃんが迷惑をかけるくらいならお母さん一緒に暮らしちゃうから。お父さんは家に残って単身赴任お願いね」

 お父さん、せっかくお母さんとやっと一緒に暮らせるって喜んでたのに本当にごめんなさい。


 結果的にお母さんがみんなのお母さん。私たちの大学生活はとても充実したものになった。

 ひよりとまるは大学の上級生の剣道部員である石動さんと石川さんと一緒に団体戦で竜王旗剣道大会という大会を制し、その後国体も優勝してしまった。もっとも国体は1チーム3人なのでまるが外されてぶーたれていたが。


 みおはいち早く専門学校を卒業して実際に働き出した。幸いこの辺りで一番有名なメイクアップアーティストの元につくことが出来たので本人はやる気いっぱいで毎日飛び回っている。

 しずくは医学部なので6年間の学生生活なのだがかなり先取りして勉強できているらしく医師国家試験は盤石っぽい。


 私は着々と社会福祉士の国家試験を受ける準備を進めている。

 本当は看護師になれたりするといいんだけど、免疫抑制剤を飲んでいて感染症に弱い私では出来ることが限られるので社会福祉士の実務経験からの臓器移植コーディネーターを目指している。




 あれ? みんなの恋愛事情についてここに書こうと思ったのにみんな恋愛してるの?

 みんな毎日うちに帰って来てお母さんの作る晩ご飯を美味しい美味しいって食べてるけど、彼氏と外食くらい行かないの?

 私は自分の恋愛を諦めちゃったからみんなの恋バナを楽しみにしていたのに。


 ある時そのことに気付いた私が夕食の最中にそのことを話題にするとみんな明後日の方向を見たり下手な口笛を吹くふりをしたり酷いものだった。

 ダメだこいつら、過去に彼氏が2人もいた私がどうにかしてやらないと……と思ったが私も恋愛で自分から動いたことがなかった!

 今気づいたけど私が本当にちゃんと恋愛できたのは恭くらいでそれも恭の方から来てくれたんだった!


 恭が死んでからもうずいぶん経つが今さら気づいた衝撃の事実だった。ひょっとしなくても私って恋愛弱者じゃん。浮気者だし。

 頭を抱えて苦悩する私をみんなが優しいような呆れたような瞳で見つめている。


「本当にヒナちゃんって見てて飽きないよね」

「ああ、どうせ多々良のことでも考えて悶絶してるんだろう。ヒナがこういう顔をするのはたいてい多々良がらみだ」

「本当にヒナっちっていいキャラになったよね。移植コーディネーターって夢がなかったらVtuberとかにしてみたらブレイクするんじゃないかと思う」

「ヒナちんはずっとこのままでいいと思うんだよ。まるにも優しいし、きっといろんな人の心を開いてくれて今よりももっと移植が出来るようになるんだよ」

 私の味方はまるだけかも。


「仕方ないわよ。だってヒナちゃんは貞操逆転世界の女の子だから」

「「「「そうですね、さちえさん」」」」

 お母さんのことをさちえさんって呼ぶの止めて~。誰かさんがそう呼んでいたのを思い出しちゃうから。


 もう、お母さんも女子大生の仲間になれたみたいな嬉しそうな顔しないの。

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 サポートいただきありがとうございます。ヒナの物語をお届けします。

 ヒナアフター第17話となります。

 高校を卒業して大学に進学しました。みんな仲良く隣の県の大学に進学。ひよりのまわりには貞操逆転世界と同じメンバーが集まっているみたいです。

 ここに来て自分が恋愛弱者であることに気付いたヒナですが、待ちの姿勢でもモテまくりなので本当は恋愛強者です。でも面白いので誰も教えてあげません。

 だってみんなヒナが可愛くて仕方ないから。

 次回2話同時公開で最終回です。ここまでお付き合いいただきありがとうございました。

 明日はハロウィンなのでおまけがあるかもしれません。

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