第321話 ⑮HPVウイルス

「娘さんは子宮頸がんです。幸いお母様が早く病院に連れてきてくださったのでまだ初期の段階です。ただ、娘さんは免疫抑制剤を常用されているので子宮を摘出する手術を早めに行った方がいいでしょう」

 私の腹痛と体調不良から病院に連れて行ってくれたお母さんが医師からそのように告げられたのは3年生に上がってすぐのことだった。


「娘に告知は……?」

「これからの治療を進めるためにはご本人の意思が大切になると思います。今までも持病を抱えてきて大変でしょうが、我々としても最善を尽くします」



 後から聞かされたお母さんの話は私にはショックだった。ただ、子宮頸がんについて調べて私はこれは自分の過去が私を追いかけてきたのだと思ってしまった。

「ごめんなさい。お母さん……私が中学生の頃からいい加減な性行為にふけったから……そのせいで子供を残せない体になっちゃった」

「ヒナちゃん、そんな言い方しないで。中学生のアナタが移植手術を終えた後に本当の意味で寄り添ってあげられなかった私たち家族が悪いんだから」


 私は中学生で男を知った。貞操観念が逆転した世界からこの身体に入れ替わった私はこれ幸いとばかりに、気に入らない家族の元を離れて一夜の宿を提供してくれる男や金銭目的で女子を買うような男と遊び歩いた。幼い容姿にメイクをして男の好む格好をしていた私にとっては男の性欲が強いこの世界で遊ぶ相手を見つけることなんて容易いことだった。


 子宮頸がんの発症はHPVウイルスに性行為で感染することが原因となる。私は初潮が来ない間はそれをいいことに生でさせたり平気で中出しを許していた。その後も生理不順や生理の重さがいやで低用量ピルを常用し、避妊しているからと中出しをねだったりした。

 その上免疫抑制剤を飲んで免疫を落としている、そんな私の体はHPVウイルスにとってはカモ以外のなにものでもなかっただろう。


 こんな場面でも恭の思いやりを思い知る。恭はもちろん私以外との性行為なんてしたことがなかったし、性病とは無縁だったかもしれないけど私の体を思いやって常に体を清潔にしてコンドームなしのエッチは一度もしてくれなかった。

 私はどれだけ恭に愛されて大切にされていたのだろう。自宅でお母さんから病気について聞かされてから私の涙が止まることはなかった。




「お母さん、お父さん、信じられないかもしれないけど私はこの世界で生まれた姫川陽菜じゃないの」

 その夜、私は初めてこの世界の人に自分が別の世界からの入れ替わりだと話した。

 ずっと単身赴任でやっと自宅に帰ってきたのに娘が子宮頸がんの告知を受け、さらにこんな告白をされているお父さんには本当に申し訳ない。


 お父さんとお母さんは私の話を疑いもせずに信じてくれた。

 移植手術後の私はそのぐらいことがない限り納得できないくらいの違和感を与えていたのでむしろ今話を聞いてやっとあの時のことが理解できたということだった。


「1人で秘密を抱えて辛かったのによく頑張って来たね。本当によく頑張ったね……ゴメンね気付いてあげられなくて、ヒナちゃんが変わっちゃったのは分かったけどそんなことを想像も出来なくて……ゴメンねヒナちゃん、わたしお母さん失格だね」

 私を抱きしめているお母さんがボロボロ泣いている。お父さんも泣きながら私とお母さんを抱きしめてくれている。


「そんなことないよ……私お父さんとお母さんの娘だから今日までこの世界で生きて来れた。

 恭とお父さんとお母さんがいなかったら今でも中学校の頃みたいな生活を続けててどこかで野垂れ死んでいたって思う。お母さん、お母さんは絶対にお母さん失格じゃないから、私がお母さんたちの娘失格だから」

 この世界の姫川陽菜の体をむやみに傷つけ結果として子孫も残せない。本当に最低の娘だ。


「違うぞ、ヒナ。ヒナが来てくれなかったらあの移植手術の日に僕たちは娘を亡くしていたんだ。今ヒナがここにいてくれる。僕たちはそれだけでいい」

「そうよ、ヒナちゃん。私たちの娘として生きてくれてありがとう。これからずっと一緒だから。まずはがんに立ち向かいましょう」

 その夜はお父さんとお母さんの部屋で3人で川になって寝た。元の世界でもお父さんとお母さんと一緒に寝たのなんていつが最後だったか覚えてないけど、こうやって誰かの隣で安らいで寝られたのは恭と一緒に抱き合って寝ていたころ以来だった。


 幸い1か月後のゴールデンウイーク後に子宮の摘出手術をして貰えることになった。その間も私は普通に学校に通い勉強や生徒会、部活にいそしんだ。体の中に存在してるからって私の行動を変えることなんてがんにはできないのだ。


 ゴールデンウイークにはしずくたちに泊まりに来てもらった。お泊りでのパジャマパーティー、心臓の移植手術の前までこんなことしたことなかったし手術後は荒れていたからこうやって一緒にお泊りして貰うのは初めてだった。


 しずくとひよりとみおとまるの4人、この4人にだけは私の秘密を2つとも知って欲しくてがんのことも別の世界との入れ替わりのことも全部話した。

「しずく、ひより、みお、まる・・・・・・みんながいてくれたから私の高校生活はすごく楽しかった。ううん、これからもずっと楽しいと思う。みんなだからだって告白できた。こんな私だけどこれからも友達でいてくれる?」


「なにバカなことを聞いてるの、ここにいるみんなは一生友達だから。ヒナちゃん……今の私は無力だけど私はお医者さんになるから。今まで何をしても張り合いがないって思っていたけどそれは私に目標がなかったから……

 これから私は医学部受験を目指す。ヒナちゃんの主治医になるから。ガンなんかで死なせてあげないから覚悟してよね」

「「「ヒナ(ヒナっち)(ヒナちん)なら大丈夫だから! 私たちもついてるから」」」


 私はなんて恵まれているのだろう。

 一つだけ思うのは私がもう少しバカじゃなかったなら、もっと早く恭の愛情に気付けていれば、家族の愛に気付けていれば、友達のすばらしさを知っていれば、先生たちの想いを知っていれば……全ては遅すぎた。

 でも、私は生きている。子宮頸がんの5年後生存率は多分ステージIの私の場合90%、臓器移植の生存率と変わりはしない。


 しずくもついてくれているんだから、手術してしぶとく生き抜いて私の使命であり夢である臓器移植コーディネーターとして一人でも多くのレシピエントとドナーを結びつけるんだ。

 そのためにやれることをしていこうと思う。

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 ヒナアフター第15話となります。

 8話でも書きましたがヒナがしてきたことは無くなったわけではありません。自分の行いがもとで引き起こされること、後悔と絶望しかないかもしれないようなこの状況をそれでもヒナは乗り越えて前に進みます。

 前に進めるのは今周りにいるみんなの想い、そしてヒナの心の中でずっと灯り続ける暖かな光の道しるべがあるからではないかと思います。



 評価で☆☆☆をいただけると助かります。☆が増えると多くの読者の目に触れます。

 特にここから先のヒナアフターは魂込めて書いたので一人でも多くの読者に届いて欲しいです。

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