第314話 ⑧真っ白いプラスチックのマスク

 翌日の月曜日が保健室登校の初日だった。

 これからはまずは月水金曜日の週3日間を保健室に通い、出席日としてカウントして貰いつつ学校に通うという習慣を取り戻していくことになる。


 保健室登校というがちゃんとパーティションで私が勉強するスペースが区切ってあって、本当に保健室に用がある体調不良や怪我をした生徒とは顔を合わさなくていいようになっているし、ちょっと安心した。


 それに保健室の橋口先生は20代の女性でちょっとふくよかだけど優しい既婚者の養護教諭で、私の心臓移植についてもしっかりと話をしたので風邪の生徒が来た時などはきちんと私に知らせた上で風邪の生徒さんにマスクの着用や移動範囲に注意してくれたりとものすごく便宜を図ってくれた。


 そんなこんなで1週間ほどがすぎて、今は授業合間の午前中の休憩時間。橋口先生がポットから温かい紅茶を入れてくれて二人で向き合ってティータイムだ。


「橋口先生はどうして保健室の先生になろうと思ったんですか?」

 せっかくなので橋口先生に質問する。私の目標としている臓器移植コーディネーターとは違うけど、資格を得て仕事をするという点においては共通点がある。


「う~ん、私ね。実は高校生の頃に一時期不登校になって1年ほど保健室登校をしていたことがあったの。

 うん、イジメにあってね。あ、そんな顔しないで姫川さん。辛かったけどちゃんと乗り越えられたから。

 その時に本当に信用できる保健室の先生に出会ってね。ああ、人に安心できる場所を与えられる人なんているんだって」


「私は橋口先生のそばにいると安心できます。本当にありがとうございます。保健室登校も不安だったから、これなら毎日出てきてもいいかなって母と相談しているんです」


 本当に嘘でなくそう思える人がそばにいるというのは私にとってはありがたいことだった。

 保健室登校なんて学校の先生たちには面倒くさいだけでメリットなんて何もないからもっと面等臭がられるかと思っていた。


 そういう意味ではもう一人、担任の高田先生への感謝を忘れてはならないと思う。

 高田先生は私が保健室登校をするにあたり、各教科ごとの担任の先生に頭を下げて回ってくれて週に一度でも二度でもいいので保健室に私の勉強を見に行ってやってくれとお願いしてくれていた。

 私はまだ中学校の参考書を勉強中なので少し恥ずかしかったが、どの先生も私の登校日には必ず一度は顔を出してくれて、私の勉強に関する質問や疑問に答えてくれた。


 中学の勉強をしていることをバカにすることもなく、分かるように丁寧に教えてくれる。

 ちゃんと質問して理解しようとすること、これだけのことが出来ずに学校の勉強なんて役に立たないからと言って学ぶこと自体を放棄していた私が……いや、私の周りにいたような生徒が結果として先生たちを困らせるだけだったことが分かった。




「姫川さんみたいにやる気がある生徒に教えるのは嬉しいからみんな張り切っちゃってるのよ」

 いま私に国語を教えてくれているのは産休を取られた先生の代わりに来られた臨時教員の谷垣ちさと先生だ。

 このままいけば来年は臨時採用でなくちゃんと正式に教員として雇ってもらえるらしい。


「でも、中学の参考書の質問なんですよ? 高校の先生から見たらバカバカしくないですか?」


「あら、それは今たまたま中学校の問題をやっているってだけよ。大学生が高校生の問題をバカバカしいと思うかっていったらそういうことじゃないの。学ぶべき時に学ぶべきことを学んできたから大学生の勉強についていけるの。だから私は中学生の問題に戻って勉強してるあなたに感心しちゃった」

 そう言って微笑まれるとすごく綺麗な人で自分で考えついたことじゃないので挙動不審になっていまう。


「こ、これはしずくが基礎からしろって言ったからで……」

 慌てて言い募るとさらに笑われてしまった。


「羨ましいわ、本当にいい友達を持っているのね。高校時代の友達も一生の友達になる場合もあるから大切にしないとね。私にも高校から友達の水元みなもっていう子がいるんだけどこの子が刑事になりたいって言って……」


 それからなぜか一緒に飲んで騒いでギャンブルするという警察官の悪友の話に脱線してしまったが、教師も一人の人間なんだなって思って今まで教師を教師というカテゴリでしか捉えてなかった自分の視野の狭さを知ることになった。


 しずくは私が登校している日は毎日お弁当を持って保健室に来て「保健室昼休みだね」と笑っているし、村上も数回顔を出した。


 ある時村上からベネツィアの仮面舞踏会で使われるような右顔上部を覆う真っ白いプラスチックのマスクを貰った。

「こんなの見つけたから。傷跡気になるのは分かるけどそのまま片目を包帯で隠し続けたら視力に影響が出るから」


 傷自体は皮膚移植のおかげでもうふさがっており、皮膚の色の違いが気になるくらいだ。

 まだ移植したての皮膚のため化粧水やローションで肌ケアをしているだけだったため、包帯で隠していた。


 村上がくれた仮面というかマスクをすると傷がしっかり隠せた上で右目もちゃんと見えるのでちょうど良さそうだった。

 思わず橋口先生の方を振り向いて自慢するように見せてしまう。


「似合ってるわよ姫川さん。一応学校には医療目的っていうことで説明してそのマスクをつけて保健室登校していいか確認しておくから。多分大丈夫でしょうけど」

 村上を顔を見合わせて思わず村上に向かって右手をグーにして突き出してしまう。私の意図を察してコツンッとぶつけてフィスト・バンプしてくれた。


 翌日の昼休みに「ファントムだ! オペラ座のファントムがいる」としずくが大喜びしているのでとりあえず両側のほっぺたを摘まんでつねっておいた。

「もしも恭介さんが見たら絶対カッコよくて可愛いって大騒ぎしてたと思うわよ」

 つねられながらしずくが言うので真っ赤になってしまう。確かに恭ならそんな台詞を恥ずかしげもなく言っていただろう。

 保健室で騒ぐ私たちを本来なら注意するべき立場だろうけど、橋口先生は優しく見守りながら見て見ぬふりをするという器用なことをしてくれた。


 そんな平和な日々が薄氷の上に乗っていたのだと思い知らされたのは翌週の授業中のことだった。

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 ヒナアフター第8話となります。やっと学校に復帰することができました。

 ここから学校って素直で真面目に学ぼうとする意識を持つと全然違う場所に代わるんですよね。自分の授業を真面目に聞いた上で分からない疑問点を質問する生徒を面倒くさいって思う教師なんていないんで。

 教師は文字通り人にものを教えるためにその職業に就いた人なので、学ぶ意思があるところとにレベルは関係ないんです。


 最後ちょっと不穏ですけど、ヒナがしてきたことは消えてなくなったわけではありません。

 何事もないということはやはりないですが、ヒナを無意味に不幸にするつもりはないので見守っていただければと思います。

 こそっと頼りになるちさと先生とみなも刑事も登場していますし。


 評価で☆☆☆をいただけると助かります。☆が増えると多くの読者の目に触れます。


 特にヒナアフターは魂込めて書いたので一人でも多くの読者に届いて欲しいです。

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