第313話 ⑦頼りになる友人

 その後はしずくとこれからどう勉強を進めるかという話をした。


 いきなり中学三年の問題集をやらされて何問か解けない問題があったのでしずくが中学のまとめ参考書を置いて帰っていた。

 しずくが前に使っていたものだけどもう二度と使うこともないから私にくれるということだった。

 準備が良すぎるというか今の実力まで見切られた上でここに来たのかと思うとちょっとびっくりする。


「まだ1年生なんだし、保健室登校と自宅学習で自分の勉強をする時間があるんだからとにかく分かるところまで戻ってそこから追いかけて勉強して。分からないまま進めても結局小手先の解き方だけになって実力にならないから」

 そう言われて、勉強の仕方に自信がない私は素直に従うことにした。私の夢を聞いた上で騙すようなことをするような人間には見えないし全面的に信用することにする。


「ありがとう。いつか恩返しするから」

 私が言うとしずくがまたちょっと笑って「ヒナちゃんは本当に面白いね」と言って帰っていった。



 翌日の日曜日には恭の親友だったゴリマッチョの村上が訪ねてきた。

 事故の直後に村上が病室に訪ねて来た時には、村上とまたこうやって話すことがあるとは思っていなかった。あの日の村上はそのぐらい憔悴していて生気がなかったから。

 久しぶりあった今日も昔のような明るさは影を潜めているが、体調的にはずいぶんと回復したようだ。


「すまなかった。俺が恭介に軽い気持ちで動画なんて見せたからあんなことになってしまって……結果として恭介が命を落として姫川が傷ついた。俺のせいだ」

 リビングのテーブルに頭を擦り付けんばかりにして頭を下げている。きっかけはそうかもしれないし全てのタイミングが最悪だったのは事実だが村上のせいだとは思わない。


「悪いのは恭と付き合っていたのに浮気した私だから……動画だって撮っているのを知りながら止めもしなかったのは私だし」

 正直言って自分の裸を見られることにそこまでの羞恥心を感じない私は中学時代から援助交際をしたオジサンにハメ撮りされてもなんとも思わなかったのでお金になるならと普通に撮らせていたし、西田先輩がそういうことをしたいというなら普通に撮らせてしまっていた。


 考えてみると私の体に下卑た視線を向けずにセックスしてくれたのは恭だけだった。


「あの日、俺があの動画を見せてから恭介が何を考えたかを伝えたくて今日はここに来た。

 姫川から見たら恭介が浮気を咎めるためだけにホテルに来たと思っているかもしれないけどそうじゃなかったって伝えたくて。伝えても何か変わるか分からないけど」

 あの恭が死んだ日、私は恭とホテルの前で会うまで恭がなにを考えなにをしていたかを知らなかった。


「恭介はあの動画が最初リベンジポルノなんじゃないかと思っていた。姫川が西田先輩と付き合っていた時に撮られたものが流出したんじゃないかって思ってそれをどうにか傷口を広げないように収拾をつけたいって思って姫川を探していたんだ」

「そんな……」


 私はてっきり動画を見た恭が浮気に怒って私をなじるために探していたのだと思っていた。私は愛してくれた恭のことを信じ切れないで、恭は私のことを見てくれてないと思いこんで西田先輩に逃げただけだったっていうのに。


「恭介はあの動画が前日に撮られたものって知った後も姫川がなんで浮気したのかを気にしていた。

 きっと恭介のことだからあの後、事故がなければ姫川とまたやり直したいと思っていたんだと思う。そういうやつだったから」

 私は両手で口を押さえて嗚咽をこらえる。もしも事故がなかったらなんて考えたこともなかった……ただ、周りを見もせずに快楽に溺れて人の気持ちを想像することも出来なかった私には言える言葉などなかった。


 ただ口から出てくるのは愛してくれた人の名前だけ……

「恭……」


 何分そうして泣いていただろうか。私の涙で顔の右半分に巻いている包帯がじっとりと湿り私の涙がおさまるのを村上は待っていた。

「俺が伝えたかったのはそれだけだから。恭介が最後に守りたかった姫川のことを傷つけたいわけじゃない。恭介の思いを知ってもらいたかったのと、姫川が困ったことがあったら俺も力になるって伝えたくて」

 そういうと村上が立ち上がろうとする。思わず村上の腕を掴んで引き留める。


「それだけじゃないよね。ちゃんと恨み言を……あんたが好きだった恭を奪った私に言いたかったことをぶつけて行きなさいよ」

 非力な私の腕なんてこの筋肉隆々の男にとっては振り払うなんてたやすいことだっただろう。

 しかし、村上は再びリビングのソファに腰を下ろした。


「いつから気付いてたんだ?」

「私がゴリマッチョって村上のことを呼び始めた頃から。

 それまではあんたは恭のことを悪友だと思って、ただの女好きの男友達として付き合っていたのにあの頃からあんたから恭への距離感がおかしくなっていたからけん制の意味でゴリマッチョって呼んでたから」


 下手をすると私以上に一緒にいて一つのスマホの動画を男二人で仲良くイヤホンを共有して見たりしていた二人。

 恭が村上の気持ちに気付いてないみたいだったからやぶ蛇を気にして特に何もしなかったが、村上が恭のことを好きなことは女子の間ではバレバレだったと思う。


「最初は恭介のことはずっとバカやってるのが楽しい男友達だと思っていたし、自分は普通に女好きだと思ってた。

 ただ、恭介が姫川を大事に思ってる姿や姫川だけを見つめるあの熱い視線を見ていると悔しいって思う自分に気付いた。

 俺はこんな風なガチガチのマッチョだし恭介もノーマルだからそういう風になれるとは思わなかったけどアイツのことを好きになったのは事実だよ。

 だから、恭介が死んで俺の世界から色が消えたみたいに感じたし、姫川のことも恨んだ」

 恭が生きていたとしてもが村上の気持ちは多分届くことはなかっただろう。

 実際に恭は村上のことをいつでも最高の親友と話していたし。ただ村上と恭が二人でいるとそういうのが好きな女子からキャアキャア騒がれるにはさすがの恭も気付いていたみたいだけどね。


「姫川の見舞いに行ったのは本当はお前のことをぶん殴ってでも恭介がお前のことを愛してたんだって伝えたかったからだったんだ。お前は恭介の気持ちをずっと疑っていたみたいだったから。

 でも病室で再会した姫川はもう全部分かっていたから。その上で世界一傷ついていたのがお前だって分かったからもう何も言う気が無くなった。恭介の葬式にクラスのみんなで参加してその後も何度も恭介の家で祭壇に手を合わせた。

 仏教って言うか、宗教ってすごいよな。愛する人を亡くして初めて宗教の意味を分かった気がしたよ。

 儀式とか形式って残された人のためにあるんだ。自分の心に向き合って亡き人を偲ぶための時間を作ってくれた。

 姫川のことを恨む気持ちがなくなったわけじゃない。俺の好きだった恭介に愛されてたのにその幸福に気付かなかったんだから。

 でも、恭介が最後に守りたかったのは他の誰でもないお前だからだったら俺に出来るのはお前を恨んだり傷つけることじゃなくて、恭介の思いを引き継いでお前を守ることだって思ったから」


 途中から村上が泣いていた。男ってこういう風に泣くのか……なんて変な感想を抱いた。そのぐらい村上は静かに涙を流していた。

「話しにくいことを話してくれてありがとう。私も恭のことをもっと理解してたら良かったって思う。

 そしたらあんたと恭と今でも教室でバカみたいに笑っていたんだろうね」


「そう言って貰えるなら話しに来た意味があったよ……それじゃあ、俺に出来ることがあるなら力になるからいつでも言えよ。同じ男を好きだった者同士遠慮はなしだ」

 そういうと村上はその大きな握りこぶしを私に向かって突き出した。私は自分の小さな手で握りこぶしを作るとそのこぶしにコツンと当てた。

 恭と村上がよくやっていたフィスト・バンプ……村上とはもう話すこともないんじゃないかって思っていたのに。


「またな」

 そういうと村上は立ち上がって帰っていた。

「またね」

 私も見送る。恭は頼りになる友人を遺してくれたんだなって素直にそう思えた。

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 サポートいただきありがとうございます。ヒナの物語をお届けします。

 ヒナアフター第7話となります。村上回です。

 残された村上のその後を気にされている読者さんもいるように思えたのと村上の気持ちに寄り添ってみようと思った結果こういう話になりました。


 人間の気持ちの形はいろいろとあり、村上が女好きというのも事実だし一方で恭介のことを心の底から好きだったのも事実です。

 この後、村上とヒナの間で何かしらの感情が生まれていく可能性もあると思いますし、男女の友情が続いていく可能性もあります。


 やっと次回から保健室ですが登校開始です。着々と前進している姿を見守って貰えればと思います。


 評価で☆☆☆をいただけると助かります。☆が増えると多くの読者の目に触れます。


 特にヒナアフターは魂込めて書いたので一人でも多くの読者に届いて欲しいです。

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