第312話 ⑥黒縁の眼鏡、長い黒髪
岩清水しずくが私を訪ねてきたのは来週から私が保健室登校を開始するという土曜日のことだった。
ピンポーン
家のチャイムが鳴らされて、お母さんがお客さんに対応している。その来客こそが岩清水しずくだった。
中学1年生の時に心臓の移植手術でこっちの世界に入れ替わってからは、優等生のしずくと劣等生で問題児の私という感じで繋がりがなかった。
元の世界では小学生の頃はよく遊んでいたし、なぜか私のことを尊敬していた節があった。
あっちの世界ではこちらの世界の逆で小学生の頃から男の子に積極的な私のような女子は早熟扱いされて憧れられていたのはあったんだろう。
「ヒナちゃん久しぶり。元気そうだね、来週から学校に来るって聞いてるよ」
この世界のしずくは私の知っている元の世界のしずくとあんまり変わっていなかった。
綺麗な顔なのに黒縁の眼鏡、長い黒髪を三つ編みにしてわざと自分の魅力を隠しているみたい。
「誰から聞いたの?」
すでに学校で噂になっているとかだと最悪だから一応確認しておく。
ちょっとつっけんどんになってしまったかもしれない。
「ああ、多々良くんのお母さんから。大丈夫、誰かに話したりしていないから。
私ね、四十九日の前まで何回か多々良くんのお家で後飾り祭壇に手を合わせに行っていたの……」
しずくがそこで言葉を切る。学校内で私の復帰が噂になっているとかじゃないのは少し安心だがしずくが恭の家で祭壇に手を合わせていたなんて。
そしてその話し方からしずくが恭のことをどう思っていたのかを私は理解した。
当然向こうも私に伝える気だったのだろう。しずくが言った。
「そうよ、私の初恋は多々良恭介くんだったのよ。
小学生の頃から陽菜ちゃんのことしか見ていない多々良くん、陽菜ちゃんを守るためなら私たちとの遊びも平気で打ち切って陽菜ちゃんを連れて家に帰る多々良くん、中学生になってヒナちゃんと疎遠になってもヒナちゃんと同じ道を歩んで一緒にいるために努力を続ける多々良くん、高校生になってヒナちゃんと付き合い始めて本当に幸せそうな多々良くん……ずっと多々良くんを見てきたの」
「……」
私には返せる言葉がない。その恭の命を奪ったのが私だからだ。
「こんな事言われてもヒナちゃんは困るだろうけど中学3年生のバレンタインデーに多々良くんにチョコを渡して告白したのよ。
でも、好きな人がいるからって断られちゃった。その時に進学先が今の高校って聞くことが出来たから今の高校にしたの。
近いからって言い訳しながら中学の先生からは何度ももっと上が目指せるんだから市外の進学校にしろって言われたわ。
それでもどんな環境でも自分で勉強して近くの学校でもトップをとって自分の夢は叶えるって話して……本当に自分でもバカだと思うわよ」
まさか優等生のしずくがそこまでレベルの高くないうちの高校に通っている理由に恭の存在があったなんて……今の私はなにを言っていいのかが分からない。
簡単に謝ってすむことでもないし、謝ることが恭の意に沿っているのかも分からない。何も言えずに青い顔で黙り込む私にしずくが言う。
「本当に別人みたいだね。もっと自信たっぷりで他の女子なんて全部見下してるみたいな顔していたくせに」
しずくは私に対して少し強い口調で詰めてくる。お母さんは離れたところで私たちを見守りながら何も言わない。
手術が終わったばかりで顔の右半分を包帯で覆われている私は左目だけでしずくを見つめ返す。
「今の私は誰にも顧みられない傷物だから……」
グッっと歯を食いしばったしずくが思わずといった感じで右手を振りかぶる。……来るっと思ったがビンタは来ない。
今まで何度かそういう場面に遭遇したことがあり、私は女相手にビンタしたこともされたこともあるので叩かれると思い身構えつぶっていた眼をひらく。
そこには振りかざした右手を左手で握りしめるしずくの姿があった。
「ひっぱたいてやりたかったけど怪我人相手じゃ叩けないよね」
しずくがつぶやく。相変わらず冷静で頭が良いために損するタイプだなって思う。
私のことなんてひっぱたけばいいのに。
「ヒナちゃん……いや、姫川ヒナ! しっかりしなさい! 日奈子さんから聞いてるから、あなたが学校に復帰しようと思った理由。
臓器移植コーディネーターになりたいんでしょ? だったら使えるものを何でも使って、周りの人を味方につけるの。
学校に通うのだって今の学力じゃ大学進学なんて絶対無理で確率0% のバカだからなんでしょ」
しずくのストレートな物言いに笑ってしまう。この娘ってこんなにはっきり言える娘だったんだ。
今まで全然正面から向きあってこなかったから気付きもしなかった。こんな娘だって知っていたらもっと早く友達になればよかったかも。
そしたら恭をめぐって恋のライバルになっていたかもね。もちろん私が勝つけど。
思わず笑っている私の顔を見て、ちょっと怪訝な顔をした後でしずくが笑う。
「久しぶりにヒナちゃんのそういう笑い方を見たよ。移植手術が終わった後は違う笑い方をしてたから。今の笑い方はまるで小学校の頃みたいで懐かしいかな」
そういうとしずくが右手を握っていた左手を開き、解放された右手が私の前に差し出される。
「全部を許したわけじゃないよ。でも握手。これからあなたの夢に協力するから、学校に来るようになったら勉強を教えてあげる。ちゃんとわからないことをリストを作って質問できるようにしておいて」
ビックリしておずおずと手を差し出す。
「あ、ありがとう。でもいいの? 私本当にバカだよ。迷惑かけちゃうかも」
「何そのキャラ? もう、ヒナちゃんってそんなに面白かったっけ? 大丈夫。覚えてるかな? 小学校の頃一緒だった丸川のどかちゃん。あの子にも勉強教えてるからアホの子に教えるのは慣れてるから」
しずくにがっちりと手を握られて握手する。なんだかさんざんな言われようだけど不思議と腹が立たない。
「多々良くんが守って、日奈子さんが応援してて、さちえさんにお願いされたからっていうのはあるけど……これからよろしくね。やりたいことのために努力することと、諦めないことを約束して欲しいんだけど出来る? 勉強って始めはなかなか伸びなくてつらいから覚悟してね」
「うん、分かった。よろしくお願い」
こうしてこちらの世界のしずくと友達になった。思えばこうやって何かに向かって努力するために友達付き合いするのは初めてだなって気付いた。
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ヒナアフター第6話となります。4話で予告したしずくの登場となりました。
あのまま、誰一人味方もなく復学していたらどうなっていたんでしょうね。
しずくが性格が違うように感じられるかもしれないですが、作者の中では女性っていろんな面を持っているからしずくも相手によってはこういう対応をするんだよって感じで見てあげて欲しいです。向こうの世界での理央との付き合い方に近いかな。
しずくの逆鱗に一番触れたのはせっかく恭介が助けたヒナが自虐して自分の価値を貶めることでした。
事故の直後に会っていたらまた違う所に怒りを覚えていた可能性がありますが、四十九日までの間にしずくもヒナも恭介の思い出と向き合っていろいろと考えた後での再会になりました。
評価で☆☆☆をいただけると助かります。☆が増えると多くの読者の目に触れます。
特にヒナアフターは魂込めて書いたので一人でも多くの読者に届いて欲しいです。
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