第311話 ⑤傷ついたスマートフォン
私の顔の皮膚移植の手術は恭の四十九日の法要が済んだ直後に行うことになった。
お母さんが病院にお願いしてくれて恭の四十九日の法要直後に入院できるように調整して貰えた。
日奈子さんは私が参列することを許してくれて、そんな風に私に配慮する必要なんて全然ないのに私に骨壺を……恭のお骨を運ぶという大役を与えてくれた。
恭の家に作られていた祭壇(後飾り祭壇というそうだ)で最後のお経があげられてその後、制服姿の私が恭のお骨を抱えて墓地まで運んだ。
私の顔の右半分は包帯に覆われていたので恭の親戚たちが驚いていたが日奈子さんが私に付き添ってくれたので誰にも何も言われなかった。
生前は私のことを軽々と抱きかかえられるくらい逞しかった(実際にお姫様だっこされたこともある)恭の全部がこの箱の中に入った骨壺に入っているかと思うと不思議な気分がした。女の私でも軽々と抱えられてしまう小さな箱、3㎏もあるだろうか。
「恭介はね、生まれた時に3,800gもあって大きくて本当に大変だったの。もう、なんでこんなに産まれてくれないのなんて思いながら一生懸命産んだのよ」
日奈子さんがお墓までお骨を運ぶ間に思い出話で語ってくれた。だからこの箱の中身は生まれた時よりも軽くなっているのだと思う。
これはただのリン酸カルシウムの塊かもしれないけど、恭だったリン酸カルシウムで私にとって特別なものだから、車での移動中もずっと膝にのせてずっと大事に抱きかかえていた。
本当は日奈子さんが息子のお骨を持っていたかっただろうと気付いたのは納骨と墓前での読経が済んでからで、そんなことにも気付けない自分が子供すぎて嫌になって泣いてしまった。
その後、
「ヒナちゃんの分は持って帰れるように包みましょうね。ヒナちゃん今日は本当に来てくれてありがとう。恭介も喜んだと思うわ」
日奈子さんはそういうと食事会の会場になっているお寺の一室の天井を見上げてスゥっと目を細めた。
私は元の世界でもこちらの世界に来てからも宗教には関心がなかったから詳しく知らなかったのだけど、仏教では四十九日で成仏すると言われているらしい。
もし本当にそうだとするならまさに今日、恭は天国にむけて旅だったのだといえる。
「恭がこの世界から本当にいなくなっちゃったんですね……」
私はなんだか力が抜けたような気がして呟く。
「ううん、恭介はここにいるのよ。だからヒナちゃん、恭介の分までなんて言わないから悔いのないように生きて欲しいの」
そう言いながら日奈子さんは私の胸に手を置いた。それは私の心の中という意味と移植されて誰かの胸の中で恭の心臓が、ある意味では私の胸の中で生きているということを思い出させてくれる言葉だった。
その後入院してまずは太ももの内側から移植用の皮膚が採取された。皮膚移植は自家移植なので免疫の心配はないのだが、私の場合はさらにもともと免疫抑制剤を飲んでいる。そういった面での心配はないのだ。
太ももの皮膚には採取した跡が傷跡になって残ることになるのだが私はもう誰かとそういったことをしたいとは思わない。内ももに傷ができることは気にならなかった。
皮膚移植は無事に成功し、顔の傷は今までよりずっと目立たなくなるそうだ。現状では日焼けしてしまっている顔の他の部分と移植した部分で色の違いが激しいし、今後も同じ色になって落ち着くかどうかはそうなってみるまで分からないそうだけど皮膚の質感が近くなるのでメイクなどで隠すのは楽になるそうだ。
これであと一週間もすれば退院して保健室登校とはいえ学校に通う生活が始まる。
「はい、ヒナちゃん。これ新しい携帯電話。
番号とメールアドレスは変わっていないけど前の携帯の中に入っていたお友達の番号とか写真のデータは無くなっちゃってるから」
少し傷ついたスマートフォン。赤いiPhoneSE……見覚えのある機種。
手に取って電源ボタンを長押しする。そこに出てきたのはほっぺたをくっつけ合って笑顔を浮かべている幸せそうな恭と私?
手に取ってお母さんに教えられたパスコード1321を打ち込む。そこにある写真フォルダを震える手でタップする。
そこに収められていたのは私、私、私……笑顔だったり機嫌の悪そうな仏頂面だったり梅雨の雨の時期から冬の寒くなるまでの間、付き合っていた私たちのメモリーが恭の目線で記録されていた。
「こ、これって……恭の?」
「そう、日奈子さんがヒナちゃんへの形見分けだって、パスコードは恭介くんが残してくれてたメモを見つけて解除できたって。ヒナちゃんと恭介くんの誕生日を足してひっくりかえすんですって。
もう、笑っちゃうくらい恭介くんって感じよね。最新機種じゃなくてゴメンなさいって日奈子さんに言われたけど多分これ以上に素敵な形見分けはないと思うから」
「うん、うんっ、絶対これがいい。これじゃなきゃイヤだ」
小さな子供がおもちゃを取り上げられたら嫌だと言わんばかりに胸元でギュっと握りしめる。気付くと私は涙を流しながら恭の撮った写真と動画を見続けていた。
本当に私は分かっていなかったのだ……恭がどれだけ私のことを見てくれていたのかということを。これほど愛されていたのに自分は愛されてないだなんて、自分はこの世界からいなくなった元の姫川陽菜の代わりとしてしか見られないなんて思いこんで……
幸せの青い鳥はすぐそばにいるなんて陳腐な話だと思っていたのに……一番大切なものは目に見えない……心で見てれば一番大事なものなんていつでも目の前にあったのに。
「恭……ずっとありがとう」
四十九日の日に天に上った恭に素直な感謝の言葉がこぼれた。
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ヒナアフター第5話となります。すみません。作者の計算ミスでしずくの登場まで話が進みませんでした。この作者の計算はよくズレます。申し訳ありません。
今回のラストには登場予定だったのですが入りませんでした。
評価で☆☆☆をいただけると助かります。☆が増えると多くの読者の目に触れます。
特にヒナアフターは魂込めて書いたので一人でも多くの読者に届いて欲しいです。
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