第309話 ③リン酸カルシウムの塊

 チーーーーン


 多々良家の仏壇、事故から一ヵ月以上たってから初めて恭介の祭壇に手を合わせる。お線香をあげてりんを鳴らす。恭の家の中にはまだ小さな祭壇があってそこに恭の遺骨が置いてあった。

 もうすぐ行われる49日の法要で多々良家のお墓に入ることになるそうだけど私はその場にいてもいいのだろうか。


 もし日奈子さんに聞いたら、恭のそばにいてあげてって言って貰えると思うけど事故の原因でもある私の立場でその場にいていいのかどうか分からない。お母さんにも相談してから判断しようと思う。

 私があんまりにも長い間手を合わせていたから後ろで見ていた日奈子さんが私の肩にポンと手を置いてそのまま私が気が済むまで待ってくれた。


 その日からの数日間、私は恭の祭壇の前で手を合わせるのが習慣になった。骨壺の中にあるのはリン酸カルシウムの塊だということは分かっている。分かっていてもそれが恭だったリン酸カルシウムなら私にとって特別なリン酸カルシウムということだろう。

 恭の位牌の前で手を合わせていると罪悪感もあるけど何よりも落ち着く。今思い返してみれば私がそばにいて落ち着くのはいつでも恭の隣だった。




 自分でいうのはどうかと思うけど私は性欲がとても強い人間だ。言い訳というわけではなくこれは元の世界……そう、私は中身が入れ替わっているからこの世界の人間ではないのだが……元の世界の女子はとても性欲が強かった。

 この世界の女子が奥手でびっくりしたくらいだ。逆に男子が性欲がすごくて、ある意味では私にとっては好都合な世界だったというのはある。


 だから生まれ変わって健康になってからは色々な男と遊ぼうと考えた。

 恭にはそう伝えていたし恭自身も信じて私が西田先輩と付き合ってから処女を奪われたと思っていたみたいだけど、私は中学時代にはすでに男を知っていた。

 援交じみたことをしていたこともある。恭と疎遠だった時期にはかなり乱れた生活を送っていた。

 今考えるお母さんには心配をかけたけどお母さんは私がそこまでしているなんて知らなくて、手術後の私の混乱ぷりとその後の記憶の欠落による不満からの反抗期で遊び歩いていると思われていたようだった。


 高校に入ってからは声をかけてきた西田先輩がイケメンでセックスも上手かったからそのまま付き合った。正直イクということを覚えさせられたのは西田先輩にだった。


 それに私がイこうがなにしようがモノを扱うように体を使われるのは気持ちよかった。多分あの頃の私は体が気持ちよければそれで良かったのだ。

 だから西田先輩に隠れて高校の中でも何人かに抱かれたりしていた。そっちはあんまり気持ちよくなくて長続きはしなかったが。


 そんな関係も長く続くわけがなく西田先輩の二股相手が「私と別れなければこれ以上付きあわない」と言ったら私はあっさり捨てられた。

 それまでメイクも含めて自分が誰よりも人に愛されているという自信があった私にとって初めての敗北だった。私は選ぶ側と思っていたが選ばれる側だった。


 遊ばれ捨てられる側だった。この世界の一部の男にとっては遊べる女であれば誰でもいいのだ。今さらながらにそのことに気付いてショックを受けた私は雨の降る公園で呆然としていた。


 そこに現れたのが水泳部に入っていた恭だった。後で知ったが恭は成績がいいのに私と同じ高校を選んだらしい。市外にはもっとレベルの高い進学校もあってそっちにも行けるのに同じ学校に通ったらまた私と仲良くなれるかもしれない、私のそばにいたいと思っていたそうだ。


 中学時代の恭との関係は複雑な関係で元の世界で私の疎遠になった幼馴染貞操逆転世界の多々良恭介とは違い、恭はずっと姫川陽菜のことを気にかけていた。


 ただし、それはこの世界からいなくなった入れ替わって多分私の体に入っている姫川陽菜のことで、この世界の今のヒナである私を気にかけているんじゃなかった。


 ただ、高校生になって雨の中再会した恭はそれまでと違った。

 それまでは会えば昔の記憶を思い出してくれとか陽菜はそんなことを言わないと私に注意していたのに雨の中で私にただ寄り添って慰めてくれた。

 今にして思えば高校生になった恭は少し大人になっていて、ヒナである私を受け入れて私との付き合い方を変えようとしてくれていたんだろう。


 そんなことに気付きもしなかった私は恭を自分に都合のいい男として扱おうとした。今思い出してもあの頃の私はクズだと思う。そうして私と恭は付き合うようになった。


 恭との付き合いはすごく居心地が良かった。生まれて初めて男から本当に愛されているという気持ちを感じることが出来た。

 意外に思われるかもしれないが恭とのセックスは結構気持ちよかった。時にはイクことも出来たし。


 ただ、いつでも気遣われるのがイヤだった。免疫抑制剤を飲んでいる私の体を気遣ってことだからちゃんと考えれば感謝するべきなんだけど耐えがたかった。

 例えば恭はキス一つするのでも本当に軽い口づけ以外はすごく気を使ってきた。

 自分の熱を測っていちいち歯磨きをし、イソジンで口を洗って少しでも菌やウイルスの不安がない状態にならないと舌も絡めてくれなかった。


 エッチの前には徹底的に手や体を洗って私が安全日だって言っても絶対にコンドームをつけてのセックスしかしてくれなかった。

 すごく居心地が良かった恭のそばだったのに、お姫様のように優しくされるのに嫌気がさして、自分は恭のお姫様の姫川陽菜じゃないからと思い込んであんなことになってしまった。


 本当は恭はとっくに命を懸けて助けてくれるほどヒナである私自身を愛してくれていたのに。




 恭のそばにいる居心地の良さで満足して陽だまりのネコみたいにのんびり生きられるような自分だったら今でも……今日もきっと恭が幸せな一日にしてくれたはずなのにバカな私は自らその陽だまりから出てしまった。


 そして恭という私にとっての太陽は二度と昇らない。永遠に失われてしまった。

 だから、この光のない世界で私は自分の足で歩いて生きていかなくてはならないのだ。恭が私の心臓になったのだと思って、この胸の暖かさと痛みを感じながら。


 家に帰って私は手紙を書いた。担任の高田先生に復学したいという手紙。どうやって学校に復帰したらいいのかという質問をまとめた。

 怪我をしてからすぐに冬休みに入ったから休学期間はまだ一ヵ月にもならないはずだ。今からでも頑張れば留年しないで済むかもしれない。

 こんな傷のある顔で、私のような男を裏切るようなことをした人間に他の生徒たちがどんな目を向けてくるかは容易に想像できてしまい不安になる。


 でもこんな私でもやりたいことが出来たから。いろいろと調べた結果、将来の目標のためには大学に進学するのが一番早道だと思った。

 今の私にはコツコツ勉強して自力で高卒認定試験を受かれるようになる基礎があるとは思えない。

 今からでも大学進学のために学力の遅れを取り戻すには高校に通いながら分からないことを先生たちに聞きながら勉強するほうが絶対に早い。


 私が将来やりたいこと、それは臓器移植コーディネーターの仕事について移植が必要な人と移植したいと思ってくれた人の意思や遺志を繋ぐこと。

 その夢のためだったら頑張れる。恭みたいな遺志を持って体を遺してくれる人がいるのならその人と私みたいに移植を待つ人を繋ぐ仕事をしてみたかった。

 もう繋がることのない私と恭を繋げるたった一つの仕事を……


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 ヒナアフター第3話となります。ちょっと気分が悪い部分もあるかと思いますが貞操逆転世界の住人が現実世界とこれからの折り合いをつけていくための描写として必要と判断して入れております。


 評価で☆☆☆をいただけると助かります。☆が増えると多くの読者の目に触れます。


 特にヒナアフターは魂込めて書いたので一人でも多くの読者に届いて欲しいです。


 この話の後で新作の宣伝をするのは気が引けますが、本日17:45に「サレ妻、サレ女の華麗なる復讐」コンテスト用の新作を公開いたしました。

 タイトルは「タイムリープが常識の世界でNTRてタイムリープした黒猫好きのサレ妻の話」です。

 不倫とかNTRとか書いてありますが、本篇と同じような若干のドタバタコメディなのでコンテストを応援していただけると幸いです。

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