第289話 恭介くんもみんなからドン引きされて(陽菜視点)
「ぎゃぁぁぁぁぁっ! 引いてるっ! 引いてるからぁぁぁっ!? 助けて恭ちゃ~ん」
ヒロインにふさわしくない叫び声を上げながら恭介くんに助けを求める女の子がいた……私だった。
ビシッ
後ろから近寄ってきたしずくちゃんが竿を立てるのを助けてくれるんじゃなくて私の頭にチョップを入れてくる。うう、痛い。
「また、恭介さんが助けに駆けつけちゃうでしょ!? 大物が釣れるたびに大騒ぎするんじゃありません」
そうなのだ。ビギナーズラックというんだろうか? さっきから私ばかり大物が釣れてそのたびにお魚の引きに大騒ぎしてしまっているのだ。
うう、明日は絶対筋肉痛だよ。いくら竿を立ててもリールを巻きとってもお魚が引っ張り上げられる気がしない。
一番最初に大騒ぎしていたらどこからともなく恭介くんが駆けつけて一緒に竿を立ててお魚を引っ張り上げてくれた。
50㎝もあるマダイで2人でハイタッチしたんだけど、恭介くんに助けを求めた私も飛ぶように駆け付けてくれた恭介くんもみんなからドン引きされてた。
颯爽と駆けつけてヒーローみたいで凄くカッコよかったのに解せない。
恭介くんたちはたまたま近くの岩場で水着グラビアの撮影を始めたところだったんだって……釣り上げたのを恭介くんと一緒に持ち上げて(私一人じゃカッコよく持ち上げられなかった)記念撮影までして貰った。
そんなことを思い出しながら今かかっている魚を一生懸命引き上げる。しずくちゃんがタモですくいあげてくれたらチヌだった。30㎝くらいありそう。えっと、クロダイのことをチヌって呼ぶんだって。
はぁはぁと肩で息をしている私を尻目にしずくちゃんがチヌを締めて氷の入ったクーラーボックスに放り込んでいる。
今は極門島の北側の岸壁にから投げ釣りをしている。さっきからひよりちゃんをまるちゃんは釣りそっちのけで遠投競争をしている。最近ひよりちゃんがやたらとまるちゃんと勝負したがる。何かあったんだろうか。
挑まれるまるちゃんは嬉しそうだからいいけど。
極門島の北岸を島の方から見ると、右手側(東)に蝋燭岩、左手側(西)に針孔岩が見える。島に行くと聞いて準備した方位磁針を見るとほぼ正確に東西に並んで立っているみたい。猫の顔の形になっている極門島の両方の猫耳の辺りだ。
小さい頃に恭介くんに貰った「探偵7つ道具」にも方位磁針は入っていたんだけど、元の世界に残してきてるわけだから当然持ってくることはできなかった。
虫眼鏡とか方位磁針とか銀玉鉄砲とかどこからか手に入れてきてくれた水に溶ける紙とか、おもちゃの手錠とか警察手帳っぽい手帳とか……考えてみると探偵なんだかスパイなんだか警察なんだか分からないセットだけど小学生の私には宝物だった。むこうのヒナちゃんにはガラクタにしか見えないだろうから捨てられちゃってるかもしれないけど……
大きいのを何匹も釣っちゃったので私は今休憩中。水筒に入れてきたお茶をゆっくりと飲む。頭の中にあるのはエントランスにあった書のことだ。
じしゃうのはりあな
ろうそくとおし
やたのさきをのべてみよ
まるつきのよにたからあり
こうだったかな。もう覚えてしまったので何も見なくても暗唱できる。いくつかの言葉をインターネットと青猫館にあった図書室で確認した。
「じしゃう」は
「はい、陽菜ちゃん。ブツブツ言っていないで竿の準備が出来たからレッツ フィッシング! 夕食の分はもう十分に確保できたからここから先はお家へのお土産に出来るわよ」
うう……鬼がおる。今日は私が当たりを引くから釣って釣って釣りまくれってことらしい。
しずくちゃんの後ろを見ると壊れた2m四方くらいの石積みの土台が見えた。
「しずくちゃん、あの石で組んでる土台って何があったの?」
「ああ、私が生まれる前の話だけど小さなお社があって、ご神体は一尺三寸もある大きな鏡だったんだって。いつだったかの台風で大波が来て社ごとさらわれちゃったってお話だったよ」
そう言いながら釣り竿はしっかり渡される。私には分からないけど仕掛け? っていうのが違うらしくて餌と仕掛けによって釣れる魚が変わるらしい。素人の私には何も分からないからとにかく投げてリールをくるくる回すだけ。なのにお魚は私の竿に繋がっている餌ばっかり食べにくる。
嬉しいけど……嬉しいんだけど……助けて、恭ちゃん。
正午の太陽になる前にとっとと帰ることになった。移動用のカートが大活躍するくらい釣れてしまった。お昼ごはんからお刺身もいいなぁ……私は食べられないけど……グスン。
いいんだ。焼き魚だって美味しいんだから。
お昼には恭介くんたちも帰って来て、みんなでお刺身や海鮮丼を作って食べたんだけど、大絶賛だった。あ、私の分は切り身を焼きました。
「魚を捌くのは任せてくれ、まるちゃんとの遠投勝負は決着がつかなかったが刺身を引くのは任せて欲しい。包丁を研ぐところから始めてよいだろうか」
釣りでは役立たずだった(あれだけ何百回も投げたら逆に釣れそうなものなのに)ひよりちゃんが大活躍してくれた。
「なんで最近まるちゃんとひよりちゃんが競い合ってることが多いの? 恭介くんは知ってる?」
一緒にご飯を食べている恭介くんに聞いてみる。恭介くんは海鮮丼を涙を流さんばかりに感動しながら食べていた(そんなに泣くほど美味しいんだろうか?)けど箸を止めて少し難しい顔を教えてくれた。
「俺とひよりがインターハイで行った北海道で
だけどまるって俺たちは知らなかったけど家庭の事情で高校を卒業したら働くつもりだったって聞いて。それでひよりはまるの気持ちを変えるためにいろいろと絡んで剣道に誘っているんだ」
そうか、無駄に突っかかっていたわけじゃないんだ。あれはあの2人のコミュニケーションなんだね。それにしても剣道をまだ1か月ちょっとしかやってなかったのに剣道始めたら推薦できるかもって……まるちゃんってどれだけ
「もしみんなで剣道部に推薦で大学に行く場合は隣の県に行くってことだよね?」
「そういうことになるけど……陽菜は大学ってどうするつもりなの?
まだ進路ってそこまで真剣に考える時期じゃないと思っていたけど考えてみたら来年には進路を見据えて勉強を進めないとだよな。陽菜は成績もいいし国立を目指すの?」
恭介くんと進路についてあんまり話してこなかったなって今になって気付く。どっちかっていうとこの貞操逆転世界で生きていくことに必死っていうのが今までの私たちだったから。
「恭介くん、私ね、短大の家政科で栄養士の資格を取ろうかと思っているの……就職して頑張るよりも、恭介くんのお嫁さんになって早く私たち2人の赤ちゃんを産みたいって思ってる。ダメかな?」
しずくちゃんは本当に私の主治医になって私が長生きするのに全力を尽くしてくれるって信じてる。でも赤ちゃんを産むのは全身が健康な若いうちじゃないとリスクが高くなっちゃうと思うから。
恭介くんにもなんとなく私の思っていることが伝わったんだと思う。優しい顔をして頭を撫でてくれる。
「そうか、陽菜の気持ちは分かったよ。俺も一緒に考えるから一番イイ進路を考よう」
恭介くんとみんなと一緒に歩ける未来を真剣に考えたいと思う。
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ちょっとしたこぼれ話。
ドンッ!
ひよりちゃんが旅行のバッグからお醤油の瓶を出して机に置く。ひよりちゃんお醤油をわざわざ持ってきたの!?
「何を不思議そうな顔をしているのだ陽菜ちゃん。お刺身には刺身醤油が必要だろう。こちらの別荘に刺身醤油があるかどうか心配だったのでな。小烏道場の近くにある醤油醸造所の醤油を持ってきたのだ」
「持ってきたのだって……凄いこだわりだね。普通のお醤油と何か違うの?」
「よく聞いてくれた、陽菜ちゃん。このお醤油は再仕込醤油と呼ばれるお醤油で、普通は塩水から作るお醤油の醸造工程を、醤油から作ることによってこくと風味を出すのだ。我が家は普段使いの醤油もこの醤油だ」
「へぇ、お醤油を2回仕込んじゃうんだ。凄く濃くなりそうだね」
「そう、濃くなって甘味があるお醤油だから釣りたての魚を食べる場合には最高なのだ。釣った魚を寝かせてから食べるという食文化もあるが、この辺では釣りたて捌きたてのプリプリの触感を楽しむのが基本だからな。熟成してあみの酸を増やさない分醤油に甘みとうま味を求めるのだ」
「ひよりちゃんって意外と食いしん坊だよね。『武士は食わねど高楊枝』ってやせ我慢のことわざだから、剣士のひよりちゃんが食いしん坊でも全然問題ないと思うけど」
「陽菜ちゃんにだけは言われたくないな……魚の切り身を全種類焼いて食べ比べてる食欲魔人みたいな女の子に食いしん坊と言われるのは心外だ」
「まあ、美味しいものがいっぱいあるから仕方ないよね」
「そうだな、仕方ない。美味しいんだから」
みんなと一緒に2人も美味しくお魚をいただいたとかいただいたとか。
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次回更新は9月26日です。
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