第282話 メルヘンを感じる詩が私は好き(陽菜視点)

 恭介くんがタンポンの話題に異常に食いついたのでしずくちゃんとみおちゃんには注意しておいた方がいいかもしれない。いや、その話で言うとひよりちゃんも危険だ。

 ひよりちゃんって恭介くんがやって欲しいって言ったらどんなことでもしちゃいそうだもん。

 うう、恥ずかしいけど私が見せてあげた方が……いや、ダメだ。恭介くんを甘やかしすぎたらどんどんエッチなことをしちゃうエッチモンスターになるかもしれない。

 飴と鞭で厳しくしつけるのだ!


「とにかく、タンポンの話は終了! 次にタンポンの話をしたら恭介くんのお尻で実演するから」

 本気で怒ってるのにお尻って言葉になんだか反応して興奮してるから私の彼氏はもうダメかもしれない。


 孤島の海で2人きり。私の好きな推理小説に女の子と男の子が2人で夜の海にボートで漕ぎ出して詩について語り合うシーンがあってああいう風にロマンチックな雰囲気をつくりたいのに……なんで生理用品の話になっちゃうんだろう。あ、元々は私の体を心配してくれていたのか。変な方に話がズレちゃっただけで恭介くんは本当に優しいから。

 エッチなのが玉に瑕って言うか、私もエッチなことは気持ちよくって好きになってきちゃってるからあんまり強くは言えないけど。


 雰囲気を変えるために歌を歌ってみようかな。私は浮き輪の上で青空に向かって歌を歌う。

「う~み~はひろい~なおおきいな~

 つ~きが のぼる~し ひがしずむ~」

 私が歌い出すと恭介くんが声を合わせてくれる。

「「う~みはおおなみ~あおい なみ~

 ゆ~れて~ どこまでつづくやら~

 う~みに うきわを~うかばせて

 い~って みたいなよそのくに~」」

 お船のところだけ浮き輪に変えて歌わせて貰った。恭介くんも分かったみたいで一緒に浮き輪で歌ってくれる。


 うん、いい声で大きな声で歌えてる。恭介くんの歌ははっきり言うと音痴へただ。他のことはいろいろできるのに音感だけはないんだね。

 恭介くんの鼻歌とか聞いてて途中でちょっと歌詞を口ずさむのを聞いて「え!? 今のあの曲だったの?」って衝撃を受けることがある。そのことを言っちゃうと可愛い鼻歌が聞けなくなっちゃうから教えてあげないけど。


 一緒に唄を歌ったらなんとなく小学生の頃みたいになってエッチな雰囲気がなくなった恭介くんが可愛い。

「『孤島パズル』っていう推理小説があってね。その小説の中で恋人未満の2人が小舟の上で詩について話すシーンが綺麗で大好きで。だから恭介くんと海で詩の話とかしたかったんだ」

 正直に思っていたことを告白してしまう。


「ああ、陽菜は推理小説とか詩集とか好きだもんね」

 私は小さい頃から体が弱かったから読書が趣味だった。その上で体調が悪いときは続きを読むのがおっくうになるので長い小説に手が出せなくてよく詩集を読んでいた。意味が分かる詩も分からない詩もあったけど、心に刻まれている詩はいくつもある。

「恭介くん、サトウハチローっていう詩人は知ってる? 名前は知らなくても 灯火あかりをつけましょぼんぼりに~ とか 目~かくし鬼さん手のなる方へ とかは聞いたことがあるんじゃないかな?」

 恭介くんが頷いている。有名な歌だもんね。思い出しながら続ける。今から暗唱するのはその人の詩。


「泣きたくなるのは いいことだ

 すっきりするまで 泣きたまえ

 涙をふいたら 空でもながめ

 すまして口笛 吹くことだ

 ――若いから 若いから

   それがぴったりとしてるんだ


 のみたくなるのも わるくない

 えんりょはキンモツ のみたまえ

 ねむって起きたら あくびをひとつ

 ついでに唄でも うたおうか

 ――若いから 若いから

   それがぴったりとしてるんだ


 もやもやなんかは 何もない

 そこらへぽぽいと すてたまえ

 誰かにどこかで 出逢ったときは

 肩でもぽぽんと たたくんだ

 ――若いから 若いから

   それがぴったりとしてるんだ」


 私が暗唱している間、恭介くんはじっと私の顔を見つめて黙って聞いてくれて、ちゃぷちゃぷと浮き輪をうつ波の音だけが聞こえていた。


「なんだかね。ひよりちゃんが歌った『ああ人生に涙あり』を聞いたときこの詩を思い出したの。タイトルはそのままで『泣きたくなるのはいいことだ』って詩なんだけど、恭ちゃんがいなくて泣いてばかりいるときにこっちの世界でこの詩にあって、ああ、泣きたいだけ泣いていいんだなって思ってちょっとだけスッキリしたの。

 だって『ぽぽいと捨てたまえ』だよ。なんだかモヤモヤ悩んでるのがバカらしくなっちゃうよね」

 恭介くんがちょっとだけ悲しそうな顔をする。違うよ。恭介くんがいなかったことで辛かったのは本当だけど今こんなに幸せだからそんな顔しないで。


「だからね、恭介くんが学校に戻ってくるって多々良くんとしてうちの家を訪ねてきてくれたあの日、肩をぽぽんってたたかれたみたいで、恭介くんの方から訪ねてきてくれて本当に嬉しかったの。あの日が私の2回目の初恋の始まりかな」

 私がそういうと肩まで海に浸かっている恭介くんの顔が真っ赤になる。ふふ、可愛いいなぁ。すぐに顔に出るんだから。嘘も隠し事も下手な恭介くんがよく何か月も自分の入れ替わりを誤魔化せたと思う。


 それから恭介くんと知っている詩人の話になって、恭介くんが中原中也なら分かるといって「汚れっちまった悲しみに……」を暗唱してくれた。

 なんでその詩を覚えたのかは分からないけど男の子は好きそうだなって思う。私も中原中也なら好きな詩がある。さっきの「孤島パズル」という小説でも話題に出てきた「月夜の浜辺」という詩だ。私もその詩を暗唱する。


 月夜の晩に波打ち際で拾ったボタンをなぜか捨てられないというだけの詩なのだけど、こういう詩情というかメルヘンを感じる詩が私は好きだ。

「いい詩だね。この島には流石にボタンはないかもしれないけど後で砂浜で宝探しをしてみようか」

 そういう風に言ってくれる恭介くんが好きだ。2人で見つけた何か漂着物ならこの旅行の思い出として一生忘れられない本当の宝物になりそう。


「そろそろ戻ろうか。他のみんなもしたいだろうし」

「うん、沢山お話し出来て嬉しかったよ。戻りながらもうちょっと詩の話をしてもいい?」

「もちろん。それにしても陽菜って本当に記憶力がいいよね。小学生の頃の日記もすごくしっかり複製コピーって言うか書き直していたし。あれのおかげで陽菜のことを陽菜って確認できたんだから」

「うん、恭ちゃんと一緒にしたことを忘れたりしないから。本当に、本当に私にとっては王子様だったから。たまたまご近所だったってだけの男の子幼馴染があんなに自分のことを守ってくれたら好きになっちゃうし、その人のしてくれたことを忘れられるはずなんてないよ」

 一生懸命浮き輪を引っ張ってくれる恭介くんの後ろからも見える耳が真っ赤だ。


「……。こっちだって……」

 恭介くんが珍しくボソボソと口ごもる。ちょっとだけイジワルしちゃおう。

「ゴメン、恭介くん。波の音で聞こえないよ」

「陽菜がすごく可愛かったから。俺の方だってお姫様が目の前に現れてその女の子を守りたいって思っていただけだから。陽菜と一緒だった時のことなら何だって覚えてるよ」

 恭介くんがヤケになったように大きな声で叫ぶ。誰にも聞かれずに波間に消えていくその叫び声は、だけど私の心臓をドキドキさせて浜辺に戻った時にも私は真っ赤なままでひよりちゃんやしずくちゃんから日焼けしたんじゃないかって心配されちゃった。


 その後、残った午前中の時間で恭介くんがしずくちゃんやみおちゃん、まるちゃんにゆうかちゃんにゆうきくん、最後にはヘロヘロになりながらちさと先生までうきわで運ばされて、疲れ切ってるからさんご先輩とひよりちゃんとの遠泳は明日って話になってた。


 恭介くんが頑張ってる間、しずくちゃんを中心に砂のお城を作った。ひよりちゃんがどんどん砂を運んでベースとなる形を作ってしずくちゃんとまるちゃんとみおちゃんで削ったり足したりしながらかなり大きくて見栄えのするお城になった。

「これは後でグラビア撮影のバックに使えるね」

 みおちゃんがご満悦だった。


 私は砂のお城を作りながらしずくちゃん相手にもう一人の好きな詩人である萩原朔太郎の詩を暗唱したら「それは恭介さんの前で暗唱しなくてきっと正解だったよ」って言われた。

 確かに「天上縊死」とか「殺人事件」「干からびた犯罪」、「殺せかし! 殺せかし!」を暗唱する女の子は恭介くんでもドン引きだったかもしれない。


 好きなんだけどなぁ、萩原朔太郎。

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 萩原朔太郎はガチで推理小説好きに刺さるヤベー詩が多いです。

 もちろんみんな知ってる「竹」みたいな素敵な詩もたくさんありますが。

 もう一篇、中原中也の「湖上」という詩も有栖川有栖の「孤島パズル」に出てくるのですが、そちらは作中でガッツリ使われすぎてて本作で使うと雰囲気が似すぎるだろうと判断し今回は見送りました。

 そちらは海や湖のボートので好きな人に諳んじるとめちゃくちゃ効きそうな詩です。


 問題は貞操逆転世界に同じ小説と詩があるかどうかだったりする。なかったら陽菜は小学生から中学1年生まででこの詩と小説を読んだことになりますね(笑)


 毎日18時に最新話公開中

 次回更新は9月19日です。

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