第276話 『ああ人生に涙あり』ならどうだろう

 光画部員4名、モデル5人、大人が3人の計12人の大所帯。極門島ごくもんとうにはヘリポートもあるという話だったが、緊急用とVIPが使う場合以外は基本的にヘリは飛ばさないらしいので今回は漁船に乗せてもらって運んでもらうことになっている。

 極門島自体が今は西園寺グループの福利厚生用の貸別荘みたいな使い方が主な無人島なので通常の定期便なんかはないんだって。


 集合時間までにはみんな三々五々集まって来てにぎやかになった。

 これだけたくさん人がいるのに男子は俺とゆうきだけ。俺がこの世界の普通の男子だったらさぞかし居心地が悪かっただろう。


 ゆうきがみんなの方から抜け出して俺のそばに駆け寄ってくる。子犬みたいで可愛い。

「きょーすけ、やっと約束の写真旅行に行けるんだね」

「ああ、ゆうきと一緒に写真旅行に行けるのをずっと楽しみにしていたから。約束を破らずに済んでよかったよ」

 元々は俺がした約束じゃないけど、多々良恭介が俺に最後に残したやり残し。それくらいは責任をもってしっかりやり遂げたい。


「は、恥ずかしいけどきょーすけに貰った水着……ちゃんと持って来てるから」

 真っ赤な顔をして恥ずかしそうに俺の耳元で囁くゆうきが可愛い。う~ん、今回の旅行は男子は2人だけどやっぱりゆうきはゆうきだから男子の枠に収まりきらないな。

「ちょっと、お兄ちゃん! 多々良先輩と距離が近すぎだよ。お兄ちゃんはモデルで私は部員なんだから多々良先輩の隣の席は私だから」


 夏休みの間に美容室に行ったのか俺の後輩の村上ゆうかがセミロングの髪を切ってショートカットになっていた。ゆうきによく似ててボーイッシュで可愛い。

「あ、村上髪切ったんだ。よく似合ってて可愛いよ」

 俺が言うとボンって音が出そうな勢いで村上の顔が真っ赤になる。

「な、な、なに言ってるんですか多々良先輩。多々良先輩は彼女持ちなんだから可愛い後輩相手でも可愛いなんて言っちゃダメなんですよ」

 陽菜にちゃんと気を使える真面目な後輩の頭を軽くなでる。よしよし。


「俺と村上の技術向上の合宿でもあるから頑張ろうな。ちゃんとさんご先輩とみお部長のいうことをしっかり聞けば絶対上達するから」

 今の光画部だとやっぱり俺と村上がちょっとレベルが低いから今回の合宿で底上げできればと思う。

「そのために僕が一肌脱ぐんだから、カメラマンさんはしっかり僕のことを撮ってくれればいいんだよ」

 そう言ってゆうきが俺の右腕を引っ張る。反対側から村上が引っ張り大岡裁きなら手を離した方が本当の母親認定されそうな状況になる。


 だけど大丈夫……まだあわてるような時間じゃない。陽菜なら何とかしてくれる。

「恭介くんは私のだから~! 兄妹だろうが部員もモデルも関係なく恭介くんの隣は私なんだから~!」

 はいっ。2人が諦めて手を放してくれました。俺と陽菜の公認カップルっぷりはもう学内全体に知れ渡っちゃってるからね。ゆうきは男子だし親友だから近くにいても大丈夫だけど、後輩と言えど適度な距離感は必要なのだ。


「恭介くんもメッ! 後輩さんだからって彼女以外の女の子の頭をなでなでしたらダメなんだからね」

 そういうと俺の手を取って陽菜の頭に載せられる。ナデナデ要求!? なにこの生き物? めちゃくちゃ可愛いんですけど? あ、俺の彼女の姫川陽菜です。可愛すぎて撫でまくりモフりまくる。髪がちょっとくちゃくちゃになったけど陽菜も俺も大満足です。


 車に乗る前からひと悶着あったけど、みんなで無事にハイエースに乗り込む。

 何故かショックを受けて車の運転が出来なくなっているちさと先生を尻目にみなもさんがハンドルを握ってくれた。

 1時間ほどの漁港までのドライブの間、みんなでハイエースに備え付けてあったカラオケで歌いながら過ごす。それにしても西園寺グループの福利厚生はすごいな。社員の移動用の車にカラオケつけるなんて。


 しょっぱなからゆうきと村上のデュオが兄妹で息ピッタリで流行りのアイドルソングを披露して一番盛り上がった。

 しずくがラブソング(ずっと俺の目を見ながら歌うのはあざとい)を完璧な美声で、みおがボカロ曲をギャルっぽくノリよく、陽菜とまるは小説が原作のアニメのオープニングを2人でそこそこ上手く、さんご先輩がJ-POPを歌うけど意外に音痴でオチがついてしまった。


 ひよりはカラオケで歌えるような歌を知らないというので俺と一緒に滝廉太郎の「荒城の月」を歌った。

 この世界での初めてのカラオケで女の子とのデュエットが「荒城の月」なのはどうなんだろう。2人ともマイクを使わずに歌う。ひよりと俺の肺活量をしっかり生かした「荒城の月」が朗々と響き渡るバスの中は不思議な空間だった。


 パチパチパチパチ


 バスの中が拍手に包まれる。

「ひよりちゃんすごく歌が上手いんだね。恭ちゃんは……声はよく出てたよ。うん、私は恭ちゃんの声は好きだな」

 陽菜がひよりを褒めている。陽菜のことだから確実に皮肉でもなんでもなく素直な賞賛。

 俺に関しては慰めだね。恭ちゃん呼びになってるし、幼馴染として慰めてくれてる。ほら、体が変わってからカラオケなんて来てなかったから声の出し方が違うから。

 ……はい、白状します。元の世界でも歌は苦手でした。


 一緒に歌っていて俺もひよりの歌は上手いとは思ったけどね。でも女子高生の歌う歌なんだろうか……まあ、軍歌とか言い出さなかっただけよかったけど。あ、軍歌はよく知らないんだ。う~ん、難しい。

「みんなが知っている歌謡曲となると『ああ人生に涙あり』ならどうだろう。みんなで歌えると思うぞ」

 ん!? また古そうな歌だな? 昭和歌謡だろうか?

 ピンと来てそうな顔が一つもないのでしずくにお願いしてデンモクから入力して貰う。


 ちゃっちゃらららっちゃっ ちゃっ ちゃっららららっちゃ♪ 

 めちゃくちゃどこかで聞いたイントロが始まる。これってあの超国民的時代劇水戸の御老公のオープニングだよね!?

「じ~んせ~いら~く(以下略)~~~~♪」

 ひよりがマイクを握って朗々と歌い上げる。みんなもびっくりしてガヤガヤしている。


「あの曲ってタイトルあったんだ!? 恭介くん知ってた?」

「恭介さん、ひよりちゃんが時代劇好きって知ってたのに気付かなかったの?」

「あはははは……これって『ああ人生に涙あり』てタイトルなんだ。次からあーしもカラオケで持ち歌にするわ」

「まるもこの曲は知ってるんだよ。おばあちゃんがよく見てた時代劇の曲なんだよ。一緒に歌うんだよ」

 まるが歌い始めてみんなで合掌する。今まであんまり意識したことがない歌詞だけど、読みながら歌うとちょっとこみあげてくるものがある。


 まだたった17年の人生でこんなことを言うのもなんだけど本当に人生には涙も笑顔もあるんだ。

 一歩一歩あるいていこう。自分たちの夢を追いかけて生きていこうと思った。

 ちゃ~ららちゃ~ちゃ~


 伴奏が終わり、歌い終わった俺と陽菜が泣いてしまっていた。

 事情を知らないゆうきと村上には悪いけど人生は後には戻れないっていうことを本当の意味で知ってしまっているから許して欲しい。

 みんな一緒にいてくれるって約束してくれたから……これからも歩いていこう。誰がなんて言おうとこれが俺と陽菜の道だから。


「多々良先輩も陽菜先輩も大丈夫ですか? 陽菜先輩は最近新作の放送がなくて柘植つげの飛び猿の入浴シーンがなくて残念だとか?」

 え!? お銀役の女優さんの入浴シーンが飛び猿の入浴シーンになってたの? 確かに同じ忍者だけど……陽菜をツンツンってつついて確認すると本当にそうらしい。

 陽菜なんて間違いなく小学生の頃の水戸黄門なんてまともに記憶がないだろうから最近再放送で夕方に見たやつだろう。

 トラえもんのの〇太君のサービスシーンにもびっくりしたが柘植の飛び猿のサービスシーンにも驚いてしまった。貞操逆転世界おそるべしである。


 ひよりが一曲歌い切って満足した顔をしている。

というのは面白いものだな。夏休み中にもう一度くらいみんなで行きたいものだ」

 みんなで顔を見合わせて笑ってしまう。せっかくだからカラオケボックスで今の曲を熱唱して貰って録画を刀剣女士として配信してみようかと思う。


 ひよりの新たな魅力の一面として意外と受けるかもしれないぞ。

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 俳優の野村将希さん、ごめんなさい。

 いや、この小説を見られることなんて絶対ないのは分かってるんですが、貞操逆転世界なら確実にサービスになっちゃうキャスティングだなって思いました。


 毎日18時に最新話公開中

 次回更新は9月13日です。

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