第272話 二つの世界で一番幸せな女の子にしたいから

「私は今が一番幸せだからね。これからもっともっと幸せになるから……みんなのことも幸せにするから。だから私の夢はここにあるからね」

 俺としずくが陽菜のについて話していると目覚めた陽菜が俺たちを見ながら声をかけてきた。俺の手をギュッと握ってくれている。


 しずくのベッドの上で陽菜が上半身を起こす。

「陽菜、おはよう。もう夜だけどお腹は空いてない? 免疫抑制剤おくすりだけでも後でちゃんと飲もうね」

 陽菜に声をかける。こういう時に声をかけるのがついつい小さい子に声をかけるような感じになっちゃうのはなんでだろうね。


「うん、お腹は空いちゃった。本当は私がアイディアを出した後はメシスタント? っていうのだったんだけど最後の方はもう一台のパソコンで私もデジタル作業を同時進行してたから……それはそれとして私は元の世界で恭ちゃんと2人っきりよりも今の私の方が幸せなんじゃないかと思ってるよ」

「なんで? どうして? 陽菜ちゃんの手術が成功して元の世界にいたらそっちの方が絶対幸せなはずだよ?」

 今回の同人誌作りで陽菜の気持ちを理解したと思って不安になってしまったしずくが陽菜につめ寄る。


「今ね、夢を見ていたの……元の世界で恭介くんと一緒にずっと過ごしていく夢。でもなんだか物足りなかったの」

 それから陽菜は夢で見たという話をしてくれた。手術が無事に終わって俺からペンダントを受け取れた世界の物語。

 陽菜の目から見ると俺がモテモテだから陽菜がやっかまれてあんまり友達が出来なくてちょっと寂しい夢だったらしい。


「はぁ……」

 ちょっとため息をついてしまう。

 えいっ 陽菜の頭に軽くチョップする。コツンッ

「イタッ。恭介くん何するの!? いきなりチョップなんてひどいよ」

「いや、これは陽菜が悪い。勝手に思い込んで見た悪い夢の内容をそのまま受け止めちゃうから目を覚まさせようと思って」


 そういうとしずくの両肩を掴んで陽菜の目の前に突き出す。

「貞操逆転していようがなんだろうが、このお節介焼きが陽菜のことを一人にすると思うか?」

「え? えっ!? お節介焼きって私のこと? 恭介さんひどい」


「ひどくないよ、褒めてるんだよ。しずくがそばにいて陽菜が独りっきりで孤立できるわけないでしょ? それに俺がモテモテで陽菜がやっかまれるなんてありえないから。

 俺がモテてるのはこの世界では珍しい性欲が強い男だから目立ってるってだけで、元の世界ではモテたことなんてないから」

 自分のことをモテたことがないっていうのはちょっとつらいが事実だから仕方ない。告白されたことなんて……と思ったが1人だけ元の世界での告白という言葉で思い当たる相手がいてちょっと赤くなる。

 実はしずくだけは向こうの世界でも俺に告白してくれたんだよな……ヒナと疎遠だった中3のバレンタインにチョコもくれて……そのせいでしずくの顔がまともに見れない。


「恭介くんがモテないっていうのは絶対本人の勘違いだと思う。小学生の頃から凄く人気者だったし」

「そうよ、私たちが恭介さんのそういうちょっとエッチな所だけで好きになったわけじゃないんだから。それになんで私を見てちょっと顔を赤らめるの? 何か隠してるでしょ」

 陽菜としずくからステレオで責められるけどちゃんと断った話だしもう忘れていい世界の話だから。実際に何がどうなろうとむこうの世界で付き合ったことがあるのはヒナ1人っていうのは事実だし。


「だからもしむこうの世界にいても陽菜は幸せになってる。それに今と同じように世界で一番幸せな女の子に俺がするから。

 だいたい陽菜みたいに可愛くて性格のいい子に友達が出来ないわけがないでしょ?」

 そういうとさっきチョップした陽菜の頭をなでなでする。


「そうよ、陽菜ちゃんだったら一緒にいて面白いし、むこうの世界の私も絶対に離さないから。こっちの世界でだってクラスが離れちゃって距離が出来てただけでずっと友達だと思ってたからね」

「う、うん、ゴメンね……こっちの世界でのしずくちゃん達とは私が距離を置いちゃった形だから」


「とにかく、陽菜はどこの世界にいようが陽菜だし、陽菜がいるんだったらそこが俺のいる場所だし、陽菜はみんなに好かれるから何も心配しなくていいんだから」

「そうよ、陽菜ちゃん。私たちみんな陽菜ちゃんが好きで恭介さんが好きだからこの関係を受け入れてるんだから。

 陽菜ちゃんがいなかったら私たちのグループはきっと恋のライバルとして競い合っちゃってもっとギスギスしてるからこんな風に仲良くなんてできてないから」


 しずくと2人で陽菜の見ていた夢みたいにはならないって分かってもらう。陽菜はどんな世界でも幸せになるから。


「最後に一つ聞かせて陽菜ちゃん。今回こうやって貞操逆転世界元の世界が舞台の同人誌をつくるためにむこうの話をいっぱいして貰ってそのせいで辛くなかった?

 恭介さんと2人っきりの方が良かったって改めて思わなかった? だって今回の旅行中に他の女の子とエッチしていいなんて言えないよね?」


「しずくちゃん……私が普通じゃないみたいに言うのはひどいよ。確かに私も恭介くんもこの世界の人間じゃないからそれは理由の一つかもしれないよ。

 でも、私だけが幸せなのは嬉しくないなって思っちゃダメ? それにしずくちゃんだけエッチ禁止とか言ったら困っちゃわない?」


「陽菜ちゃんがイジワル言うのって珍しいね。でも、今回の旅行については本当にそう思っちゃった。

 私だったら恭介さんに他の女の子と自由にエッチしてもイイよなんて絶対に言えないと思う。なんでそんなことが言えるの? 私には分からないよ……」


 陽菜は黙って優しく微笑んでいる。俺と陽菜だけのナイショの話だけどきっと陽菜は今自分の病気と寿命のことを考えている。少しだけ儚い微笑み。俺だけが見分けることが出来る陽菜の表情。


 これ以上2人のことを黙って見ていられなくて陽菜の肩にぽんっと手をのせる。

「陽菜、俺はしずくには話してもいいと思う。しずくは陽菜の一番の親友で隠し事なんてしたくないだろ? だったら陽菜がなんで俺とみんなが一緒にいることを許してるかも伝えて分かってもらった方がいいと思う」

 陽菜がベッドに座ったまま俺の顔を見上げている。


「そうなのかな……そうかもね。私のワガママというか身勝手な考え方にみんなを付き合わせちゃってるんだもんね」

 そういうと陽菜はしずくに自分の想いを語り始めた。

 心臓の移植をして免疫抑制剤を飲み続けないと生きていけない自分はきっとみんなよりも寿命が短いこと。

 俺のことを愛してるし家族になって幸せになるつもりだけどきっと残していってしまうこと。

 そうなった時にこの世界に俺一人で残されてしまうこと。子供が生まれていてもこの世界の常識に合わせて育てていかないといけないだろうこと。

 陽菜だって精一杯長生きするつもりだから、その頃にはしずくやひよりたちもいい年になってしまっているだろうこと。


 「だから、私はしずくちゃん達には恭介くんと家族になって欲しいの。世間の常識から考えたらどういう風に思われるかもわからない。

 しずくちゃんやひよりちゃんは家のこともあるし、それでもこの世界で一人っきりになっちゃう恭介くんのそばにいて欲しいの」

 陽菜がしずくの目をまっすぐに見つめて言葉を続ける。


「陽菜ちゃん、何言ってるの? 陽菜ちゃんはそんな風に寿命が短くなったりしないから」

「大丈夫、しずくちゃん。私は本当に冷静だから。それに日本の臓器移植後のアフターケアは世界基準だとすごくしっかりしてて生存率も高いの」

 自分の人生で……まだ17歳という年齢で自分の生存率を計算している女の子がどれだけいるだろう。俺は陽菜の想いを受け入れたからこそしずくにも理解して欲しいと思ってしまう。


「だって……それじゃあ陽菜ちゃんは自分がいなくなった後のことを考えて恭介さんと私たちがエッチすることまで受け入れてるってこと」

「だけじゃないけどね……恭介くんエッチだしこの世界だと色んな誘惑があるから。でも私の大好きなみんなとなら私もちょっと嫉妬するだけで済むから」

 う~ん、陽菜がイヤっていうなら誘惑されても絶対に流されないよ。バカみたいな話だけど性欲処理のためならエッチ出来なくても前までみたいにオナニーすればいいんだし。


「そっか……そういう理由だったんだ。陽菜ちゃんって独占欲強そうなのにいくら恭介さんが不安定になってて世界に愛されてるって分からせるためだからってエッチまでさせるなんておかしいと思ってたのよ」


「うん、ゴメンね。心臓移植の15年後生存率は80%、年齢が絡んじゃうから正確に病気のせいかは分からないけど15年後には20%の確率で私はもういないの。

 20年生きる可能性になったら50%だから……もちろん確率なんて確率でしかないから全力で生きるよ。しずくちゃん達が結婚したいって言っても恭介くんのお嫁さんの席は私が生きてる間は絶対譲ってあげない。

 それでいいなら私たちと家族になって……お願いしずくちゃん」


 陽菜がしずくの手を握る。日々その事実と向き合って来た陽菜の目に涙はない。強い意志だけが感じられる陽菜の目。

 陽菜の欲しいもの、そのためなら俺もしずくに一緒にお願いする。


「しずく、しずくの気持ちを利用するみたいで本当に申し訳ない。でも俺は陽菜のことを一番好きで、陽菜が望むことを……みんなで家族になる夢を一緒に叶えたい。

 何年かしたら陽菜と結婚して、その時にしずくとは結婚もしないのにそばにいて欲しいっていうのは俺がいた貞操逆転世界の男としては本当に最低だと思う。

 それでも俺はしずくにそばにいて欲しい。俺と陽菜がこの世界で幸せになるのに協力して欲しい」


「何よ……もう、2人とももっと早く言ってよ。陽菜ちゃん公認で恭介さんとエッチできるって喜んじゃった私たちがカッコ悪すぎるでしょ」

しずくが泣きながら笑う。ゴメン、ある意味では俺たちから見たら貞操逆転してるしずくたちの純情を弄んじゃったのかもしれない。でも分かって欲しい。


「陽菜はみんなで家族になりたいんだよ。それだけみんなのことが好きってことだけは分かってあげて欲しい」

 陽菜の口からは言えないだろうから陽菜の想いを分かりやすい言葉に直して俺の口から伝える。震えているしずくの肩を後ろから抱きしめるようにしながら耳元で囁く。


「もちろん俺もみんなと一緒にいたいから。陽菜と俺のそばにずっといて欲しい。しずくにそばにいて欲しい。

 だけどよく考えて結論を出してくれればいいから。俺も陽菜もしずくの決断を尊重するよ」


 陽菜もうなずいている。しずくは数日間ほとんど寝ていなかったうえに陽菜の話にショックを受けているだろうから今はゆっくり休んで貰うのが一番だと思う。

 俺たちから見たら貞操逆転世界の女の子だけど、普通に生きてきた女子高生に異世界での入れ替わりの話だけでも大変なのに親友陽菜の寿命に限りがある将来の話なんてしてしまって申し訳ない。

 しずくが最終的に俺たちから離れてしまっても俺も陽菜も何も言う気はない。これは俺たちのワガママだから。


「ふざけないで! 私の恭介さんへの想いも陽菜ちゃんへの気持ちもそんな簡単に揺らいだりしないから。

 15年後生存率が80%、20年後は50%!? 知った事じゃないから。

 決めた! 私これから勉強して陽菜ちゃんの主治医になるから。20年経とうが30年経とうが死なせてなんてあげないから陽菜ちゃんも覚悟してよね。

 恭介さんもだよ、陽菜ちゃんとだけじゃ味わえないくらい幸せにしちゃうから。

 その代わり、この世界の女の子たちを恭介さん1人で満足させることの大変さと幸せを同時に味わわせちゃうから覚悟してよね」


 俺と陽菜はしずくの返答にあっけに取られてしまう。しずくってこんなに強い子だったんだ。俺たちは2人とも覚悟させられてしまうらしい。

 !?……俺には考え付きもしなかった方法を考えてそれを実現できそうなそんな最高の女の子。それがしずくだった。




「写真旅行の出発が明後日だから、明日しか時間がないから。

 明日は私たち4人で話し合うから今からみんなに連絡取らなくちゃいけないから、今日はここまでで帰って貰っていい?」

 そう言ってしずくの家から追い出されてしまった。夜もだいぶ更けてきたから北海道帰りのひよりがそろそろ寝ちゃう時間だしね。急いで連絡しないとって気持ちは分かる。


 しずくの両親はまだ帰っていなかったので陽菜と一緒にしずくの家を後にする。

 陽菜はお泊りセットを持って来てこの数日間泊まり込みしていたので俺たちが空港に行った朝にここにさちえさんの車で送られてきたままだ。

 手を繋いで歩いて帰ろうかとも思ったけど俺の希望でおんぶさせて貰う。


 陽菜の着替えが入ったリュック(陽菜は荷物を運ぶときは両手が空くリュックを好む)は陽菜に背負って貰い、その陽菜に屈んだ俺の背中にえいっと乗ってもらう。

「えへへ。恭介くんにおんぶして貰うとあの桜祭りを思い出すね」

 あの時はまだ陽菜がこっちの世界の女の子だと思っていたし、別人だと思っていたからなぁ。陽菜だけど陽菜じゃないと思っておっぱいにすごくドキドキした記憶がある。


「あの時、俺は平気な振りをしてたけどめちゃくちゃドキドキしてたんだよ」

「体重の話ばっかりしてたのは照れ隠し?」

「うん……あの時にはもう陽菜のことを本当に好きになっていたから。幼馴染の陽菜としてじゃなくて目の前にいる陽菜のことを好きになってたんだよな」

「そう思うったら私たちって初恋の相手にもう一回恋し直して……遠回りしたけどなんだかすごく得したような気がしちゃうね」

「そうそう、陽菜はそうやっていい方に考えるのが似合ってるよ。俺も毎日陽菜相手にドキドキしてた。幼馴染の陽菜とそのまま一緒にいたら出来ない幸せなドキドキだったよ」




「しずくちゃんってすごいね……私って恭介くんと同じ世界から来たっていう……恭ちゃんと幼馴染ってアドバンテージがなかったら勝てなかったのかな?」

 俺の背中で陽菜が聞いてくる。

「どうだろうな。幼馴染とか関係なしにこの世界の陽菜を……今目の前にいる陽菜のことを好きになったのは事実だから。誰よりも好きだし愛してるよ」

 ただの幼馴染とも高校生で出会った男女とも違う俺たちだけの距離感。こうしておんぶしてても小学生の頃とも桜祭りの頃とも違う幸せな気持ち。


「ありがとう。でもいつもしずくちゃんには大変な役を引き受けて貰っちゃうね」

 今回は本当は俺たち2人からみんなに説明するべきだったことをしずくは引き受けてくれるという。


「ああ、だけど陽菜がいてみんながいる。そんな風に幸せな未来をつくって二つの世界で一番幸せな女の子にしたいから。しずくのことを信じよう」


 ぎゅぅっ。陽菜がおんぶされたまま思いっきり抱きしめてくれる。陽菜の家まであと5分くらい。

「北海道のお土産は明日こっちに届くから楽しみにしててね」

「やったー。楽しみにしてたんだよ、北海道は美味しいものがいっぱいあるからすごく幸せ。写真旅行にも持っていてしずくちゃんとまるちゃんにも食べて貰おうね」


 俺と陽菜の頭上は夏の星空が瞬いていた。

 -----------------------------------------------

 納得いかなくて書き換えました。って言っても公開前にですけど。

 そしたらしずくが本当に凄かったです。

 もう完全に作者の手を離れちゃってますね。作品が暴走しっぱなしです。

 めちゃくちゃ長くなってすみません。でも途中で分割できませんでした。

 (改稿で2000字くらい増えてます)


 毎日18時に最新話公開中

 次回更新は9月9日です。

☆で評価していただける方はこちらへ

https://kakuyomu.jp/works/16817330657862919436#reviews

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る