第271話 私は夢を見ていたらしい(陽菜視点)

 夢を見ていた。とてもとても長い夢。

 その夢の中では私は性格の入れ替わっちゃったお母さんや友達と生活していて、追いかけてその世界に来てくれた恭介くんと恋人になって友達みんなと一緒に恭介くんとエッチなことまでしちゃっていた。


 恭介くんって何? なんで恭ちゃんのことを恭介くんって呼ぶんだろう……目が覚めると人口呼吸器を外された。喉から管を引き抜かれるものすごい違和感。まだ喉の中に何かあるみたい。

 ICU(集中治療室)の中で目覚めた私にお母さんが会いに来てくれてその後ろには恭ちゃんがいた。中学1年生の恭介くん……

 ん、「今より」ってなに? さっきまで見ていた夢のことは呼吸器を外される時に忘れちゃったみたい。


「陽菜、頑張ったね。これ……」

 そう言いながらちょっと不慣れな手つきで私にアメジストのペンダントを付けてくれる。恭ちゃんと約束したペンダント。お医者さんの許可を貰って特別につけることを許してもらった病気平癒のお守りだ。

「恭ちゃん、ありがとう。恭ちゃんがいるから頑張れたの……コホッ」

 まだ喉に違和感があって長く話すのは無理みたい。


「陽菜ちゃん、私たちはまたすぐに来るから……手術で疲れたでしょ。もうちょっと寝ていなさい。本当に頑張ったね」

 お母さんの声が優しい。今のお母さんも優しいけどの声……懐かしい、ん? 「本当のお母さん」? お母さんはお母さんだよね。

 そんなことを考えるが、まだ麻酔が効いているのか痛み止めのせいか眠くなって意識が遠のく。寝てていいんだよね。ああ、恭ちゃんがいてくれるって幸せだ。


 手術が終わった後、私は順調に回復した。お母さんに病室まで日記帳を持って来てもらって続きを書く。手術の前にペンダントを貰った話を書いた続きから目が覚めた私の日記が書き足されていく。


「陽菜ッ! シロツメクサと菜の花とレンゲがいっぱい咲いていたから持ってきたよ」

 恭ちゃんが毎日お見舞いに来てくれること。私を喜ばせようとして野の花をいっぱい摘んできて衛生の問題で恭ちゃんが看護師さんに怒られたこと。

 看護師さんと相談して私の病室の窓の外にいっぱい花を飾ってくれたこと。


 私の退院の日は金曜日だったので恭ちゃんが家に泊まりに来てくれた。今週1週間恭ちゃんは「絶対に風邪をひかないようにマスクをして過ごしてた」って笑っていた。

 私が免疫抑制剤を飲み始めて病気になりやすいって聞いてすぐにマスクをしてくれたんだって……恭ちゃんは本当に優しい。ちょっとエッチだけど他の男子と全然違う。

 病弱な私に優しくしてくれるせいで友達付き合いがちょっと悪くなっちゃってるのが本当に申し訳ない。


「陽菜、陽菜の手術が無事に終わって本当に良かった……俺、今回ほど自分が子供で何もできないって思ったことなかったよ」

 ううん、恭ちゃんが勇気をくれたから手術できたんだよ。それに恭ちゃんのことを想っていたから……あれ? 「耐える」ってそれに「こっちの世界」って何のことだろう。


 退院して普通に暮らし始めたら今までと違って自分がすごく元気になっていることが分かった。今まではちょっと走ったらすぐに息が切れていたけど体育の授業にも出られるようになった。

 着替えの時に胸の傷が気になるからみんなに見られないようにコソコソ着替えないといけないけど……


 中学2年生になると急におっぱいが大きくなり始めた。心臓が元気になって体に栄養がたっぷり回るようになったからかもしれない。

 恭介くんは水泳を始めた。理由を聞いたら笑ってごまかされた。むぅ……なんで誤魔化すんだろう。

「陽菜、お待たせ。一緒に帰ろう」

「ううん、図書室で本を読んでるだけだから。一緒に帰ろ」

 恭ちゃんが水泳部に入ったので、私はいつも図書室で待っている。毎日一緒に登校して一緒に下校するけど付き合ってるわけじゃない。


 恭ちゃんは凄くカッコよくなってきたし、勉強もできるのですごくモテてきてる。

 私は幼馴染として恭ちゃんを独占している状態なのでちょっとやっかまれてる。

 小学生の頃、病弱で遊んでいる恭ちゃんにおんぶして帰って貰ったり独占していたけど、その頃は恭ちゃんがみんなにとりなしてくれた。


 でも中学生になった今回は直接的に何か言ってくることも嫌がらせされることもないから恭ちゃんは何も気付かない。

 そのせいで手術して元気になったのにあんまり友達が出来なくてちょっとしょんぼりした。


 2人とも成績は良かったので高校受験は県内で一番の進学校にした。家からはちょっと離れてるけど電車で通えばいい。

 しずくちゃんもみおちゃんも、まるちゃんも違う学校になっちゃったし。ってさっきからちょくちょく変な記憶が……そもそも「ひよりちゃん」って誰だろう。


「陽菜、好きだ。付き合って欲しい」

「うん、恭ちゃん。私もずっと恭ちゃんが好き。ずっと一緒にいよう」

 高校に入ってついに恭ちゃんに告白された。

 すごく幸せなはずなのに何かが違う気がする。

 いや、好きな人と結ばれて物足りないなんて感じちゃうのは自分がおかしくなっちゃったんじゃないかと思う。

 だって、物心ついたころからずっと好きだった恭ちゃんと付き合えるのに、多分このまま普通に結婚できるしずっと2人でいられるのに。


 中学校の頃までの知り合いも全然いない高校に来て、成績もよくてスポーツも出来ちゃう素敵な彼氏が出来たけど、そのせいか女子からは距離を置かれてる気がする。

 お話をする相手はいるけど友達かっていうとちょっと物足りない。友達ってもっとみたいな……あれ? しずくちゃんとそんなに親友みたいな関係だったっけ?


 気が強い女子からは私のおっぱいがすごく大きくなってきてちょっとおっとりした感じがやっかまれやすいみたい。男子からは体目的みたいなイヤらしい目で見られてたまに告白されるけどごめんなさいする日々。


 何かが違う。モヤモヤする。私は今より……「幸せだったはず」って……





「陽菜ちゃんが本当に欲しかったのはこういう関係なのかなって思っちゃって……」

 遠くで女の子の声が聞こえる。私が大好きな女の子の声。しずくちゃん?


「確かに元の世界で陽菜がそのまま目を覚ましていたらこうなっていたかもしれないな。でももうその可能性は失われてるから。入れ替わりが起きたから陽菜もヒナもそれぞれ入れ替わった世界で生き残れたんだし」

 恭ちゃんの声、今まで一緒にいて恋人になった高校生の恭ちゃんの声よりも少し苦労してきた大人な恭介くんの声だ……ああ、。恭介くんの声の方が好きかも……


世界でも私たちがいなくて恭介さんと陽菜ちゃんだけの二人っきりの方が幸せだからこういうマンガになったんじゃないのかな?

 今回の同人誌は恭介さんに言われた通り全然別人に書いちゃったけど、原稿を送った後でラフで保存していたところから恭介さんと陽菜ちゃんで実際に描いてみてたの。こっちが本当に陽菜ちゃんが見たい世界なんじゃないかと思って……」


「ああ、本当に俺と陽菜にそっくりだ。よく覚えてるね。

 これってこっちの世界の多々良恭介とヒナが小学生だった頃をモデルにして書いてるの? 髪型以外は本当に陽菜と俺そのままだ。

 でも、小学生のところまででいいと思うよ。そこから先は陽菜は多分創作物として割り切ってこの話を考えたと思うから」


 うん、そうだよ恭介くん……私はみんながいない人生なんて望んでないよ。他の人たちからなんて言われるかなんて関係ないから。

 恭介くんがいてみんながいて……それが私の幸せだから……


 寝ている私の頭を撫でてくれる恭介くんの優しい手……恭ちゃんだけど恭ちゃんよりも好きな恭介くんの手。たまにイジワルして私のことをいっぱい気持ちよくしてやめてくれないエッチだけど本当に本当に優しい手。


 思わず手が伸びて恭介くんの手を握っていた。

 目が覚めた……ここはしずくちゃんの部屋だ。

 私は夢を見ていたらしい。しずくちゃんと理央ちゃんと元の世界(貞操逆転世界)の同人誌をつくろうと思っていろんなことを考えたからその内容が夢になっちゃったみたい。


「私は今が一番幸せだからね。これからもっともっと幸せになるから……みんなのことも幸せにするから。だから私の夢はここにあるからね」

 恭介くんとしずくちゃんの目をしっかり見返して2人に自信をもって告げることが出来た。

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 元の世界で陽菜に夢みたいに幸せな世界をプレゼントしようとして筆をとったのに今より幸せな世界線に行きつかなかったです。

 夢の中で目覚めるところから始まる話はちょっと分かりにくいかも。作者の実力不足かもしれません。


 次話過去最長です。気合い入れてお読みください。


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 次回更新は9月8日です。

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